正論って時に毒になると思う。
時にっていうか多くの場合。
言った側は正義欲を満たすことや、優越感を感じたりすることができて、すっきりする。
でも、言われた側としては「んなこと知ってるわ!」っていうことが大半なんだよな。
分かってて、でもできないから困ってるのに、そんな誰でも思いつくような正論言われても、そりゃ私も思いついてるよって思うことがあるのよね。
だから、こういうときに必要なのは共感なんだなってこの頃実感している。
あー本当の意味で共感されると、こんなに気持ちが晴れるんだって。
自分は正論振りかざしがちなような気がするから、ほんとうに気を付けなきゃ。
あれは、人を追い詰める。
自分がされたらいやなくせに。
正論を「ありがとうございます!」って聞ける人は、きっとエネルギーに満ち溢れている人なんだろうな。
それはそれで心配だが。エネルギーは気付かぬうちに減って、ある日突然エネルギー切れになるから。
いや、本人が納得できる正論なら大丈夫なのか。そうかもしれない。
正論ってある意味、人のことを真剣に考えているようで、考えていないように思える。
なぜって、そこには相手の心情とか背景とかの視点がないから。
正論、あるいは正論っぽいことって、案外脳死でも言えるのさ。
自分の価値観だけ考えればいいのだから。「自分だったらこうする」とか、「一般的に…」とか考えてればいいんだから。
正論をかざす全ての人がそうとは思わないよ、もちろん。
真剣に考えて、正論を言うべきと判断する人もいるだろうさ。
ま、その正論に対して納得できる、受け入れられるかどうかは、お互いの相性や関係性かもしれんね。
同じような考え方、価値観であれば、受け入れられる確率も高くなるような気がする。気がするだけだけど。
重点置いてるところが違う人同士で正論言い合っても、一生分かり合えないだろう。
それでも心に余裕があれば、理解することは可能だと思うけれど。
んーでも共感も難しいよな。人間経験したことでしか語れないし。
やっぱ想像には限界がある。ほんとうに。
私もそれを認識したほうがいい、いい加減。
大した人生経験も無いくせに何が語れるんだよ。何を語ってるんだよ。
共感の言葉は発してるけど、本当に共感できてるのかよ。
してるつもり。つもりだけど、相手にとってはどうなんだ。
それは相手しかわからないだろ。そこは気にしてもしょうがない((
それこそ、何か欲を満たしてるだけなのでは????
恥ずかしいやつ。恥ずかしい。
だめだ。人生経験が豊富とか乏しいとか共感とか正論とか全部わからなくなった。