芦屋小雁師匠が令和7年3月28日91歳にて旅立たれた、

私はあるきっかけから芦屋雁之助師匠との出会いがあり、私が芦屋凡凡(2代目)として昭和41年4月名古屋名鉄ホール劇団喜劇座公演からの長いご縁となりました、

芦屋小雁師匠、何でこの人が4回も結婚.同棲出来たのか私は未だに分かりませんが言えることは優しい方では有りました、
時代の流れは早く一時代を築いた先輩たちも亡くなられたらすぐに忘れ去られるがかって芦屋凡凡と名乗っていた私は微力ながらもこうして文字で残す事が恩返しになると思い投稿しています、

関西での阿呆役者、阿呆役を演じると最高に面白かった人は3人居てました、
一人は松竹新喜劇座長だった藤山寛美先生、二人目は吉本新喜劇のアホの坂田.こと坂田利夫師匠、そして芦屋小雁師匠でした、
それぞれ違う阿呆でしたが劇団喜劇座が早くに解散してしまい我が師匠芦屋雁之助も東京へ活躍の場を移した為、最近の人たちは全く知らない舞台、芦屋雁之助作演出のどんごな子.と云う地方出身の失敗ばかりするが何故か憎めない子役の演技は素晴らしく今でも思い出す度に笑います、
せめて当時の舞台チラシや小雁師匠との思い出の写真を供養として投稿させて頂きます、

小雁師匠・・・長い患い大変でしたね〜
小雁師匠と何度も行った万博がまた始まりますよ〜 あの頃は楽しかったですね、 
  お疲れさまでした。



記事ランキングに掲載されるには?|Ameba公式ジャンル

https://content.ameba.jp/bloggenre/howto_populararticle/sp/