只今、平成23年4月2日AM3:20。めっちゃ久々の更新や。大学を卒業して、社会人1年目はそれなりにブログを更新していたけど、いつのまにか書かなくなってしまったなぁ。

 理由その1。新しい環境になり、『余裕』が一切持てなかったから。
 理由その2。引っ越しをして、自分のパソコンで2日前までインターネットができなかったから。

 公私共に波乱な一年だったからなぁ。いやいや、これを波乱と言っているうちはまだまだやな。たくさん勉強させていただきました。

 1年前の4月1日。午前中、市内某所で教育長を前に辞令を読み上げた後、勤務校へ初出勤。そのときの昼食会はお寿司だった。ガチガチに緊張してた自分は、そのときのお寿司の味なんて一切覚えていない。覚えているのはたまたま隣の席だった新任職員に「そんな緊張せんでも(笑)とりあえずお茶でも飲みん!」と言われ、オレの黄金の左足にお茶をこぼされたことくらいだ。まさかその先生とここまで深い関係になるとは……(注:ヤバい関係ではないです。いい意味でね。)

 ま、言い出したらキリがない。ただ、なぜブログを書く気になったか。インターネットを自分のパソコンで使えるようになったからというのもあるが、やはり、今の自分の気持ちを残しておきたいから。これに尽きる。
 この一年間は何もできず、恐れ、いろいろと見失っていた(正直今も答えは見つかっていないが……)。しかし、新年度になり、エンジンがかかった。

 「恩返しがしたい」
 「オレががんばらなくちゃいけない!オレがやらなきゃいけないときだ!」

 本当は1年目だろうが何年目だろうが関係なく、こんな気持ちを持っていなくてはいけなかったのだろう。昨年の自分は『守破離』の一文字目「守」ことさえできなかった。ビビってた。というより、モチベーションが上がらないと言うのか、何を目標にすればいいのか分からなかった。個人的にも「夢」や「目標」も何もない一年間だった。
 「夢」や「目標」を見失うことがこんなにも息苦しいこととは知らなかった。物心ついて初めての経験だった。

「教師」
「結婚」

 この2つの夢を同時に手に入れることができた自分は、もちろん幸せだったと思う。問題はその後だ。

 中学生の頃からだ。高校入試の面接で「将来は何になりたいか」という質問の答えとして「父が教員をしているので、自分も教員になりたいです」ととりあえず言うようになった。高校時代、正直将来何になりたいかなんて決まっていなかったが、何となく周囲に「将来は?」と聞かれたら「教員」と答えていた。しかし、表現は悪いが、ワケあってその夢が正夢となってしまった。自分の中で「教員にならなくては」という気持ちに変わった。
 大学時代、サッカーもバンドもアルバイトもいろいろやった。何をやっても理由付けは「教師になってから子ども達に語れるように」だった。何事も経験。
 やはり周囲と同じ「教員になりたい」という気持ちでも、根底が違うせいか、1回目の採用試験は失敗した。しかし、2回目は奇跡的に合格した。夢が叶った。そのときは本当に嬉しかった。

 そして夢が一つ無くなった。

 人生に「勢い」というのは本当にあって、プラベートも一気に進展した。正教員になったことを機に、若干23歳で「結婚」までしてしまった。また夢が叶った。

 そして夢を失った。

 自分はこの「2大目標」を常に持って生きてきた。だから、小さな目標(ハードル)を一つずつ乗り越えてとか、そういうのが正直分からない。だからと言って大それた野望も今はない。この一年間はなるようになれという感じで淡々と生きてしまった。周囲に迷惑を掛けて、幸せにすることもできず、苦しかった。でも自分を奮い立たせることもできず、また周囲に迷惑を掛けて、幸せにできず、苦しんで……どんだけ悪循環やねん。

 しかし、(ここで本題へ戻る!)4月1日に自分の中で何かが変わった。いろいろあるが、一つは「(勝手ながら)使命感」を持ったことだ。
 新年度の新しい体制が発表された。昨年とは仕事の量が当然ながら違う。しかし、奮い立たせる材料になった。できるかどうかは分からない。とりあえず、今、モチベーションを上げるきっかけになった。
 もう一つは後輩ができた。講師時代も含め、この2年間は常に「学校で一番若い先生」だった。そうなると「一番下らしく演じてしまう自分」がいる。昔からそうだ(いいことでもあり悪いことでもあると自分の中では思っている)。後輩ができたということは、先輩らしくしなくてはいけないということだ。先輩を演じないといけない。カッコ悪い先輩は見せたくない(←きっとこういう考えもオレのいいところであり悪いところなんだろうな……)。だからがんばらなくては!
 そして、一年間お世話になった方への恩返しは、自分が仕事ができるようになることだ。昨年、同じ“島”で働いた多くの人とは離れてしまったが、それもある意味いいきっかけだったかもしれない。

最初は自分のためにがんばる。
それでいいと思う。
ただ極まってくると、
自分のためだけにがんばろうとしても、
人間なかなかがんばれない。

仲間のため、
応援してくれる誰かのため…
何かのためなら、
人はがんばれる。

だから、
極まってくるほど、
レベルが上がってくるほど、
人は自分を支えてくれる仲間を再確認して、
感謝の気持ちを呼びおこし、
一踏ん張りをする。

 今までももちろん感謝の気持ちは持っていた。しかし、3月31日と4月1日で感謝の気持ちの“重さ”が変わった。

 やっぱり人間、感謝の気持ちを持つことが大切だよな。

 目標は見つかった。これで当分は生きられる。これからは夢を探しに行こう。

(只今の時刻、AM4:35)仕事しろって言わないで(笑)

ウルフルズ『笑えれば』