断捨離しました!という話をしようと思えば何十回となく出来る、というほど度々断捨離をしている。 

おそらく、断捨離後のスッキリとした状態をキープするためには年に数回のプチ断捨離が必要不可欠なのだと思う。

 

我が家の場合、私自身のモノと家族共通のモノに関してはかなり少なめの状態を保っている。しかし、私以外の3人の私物は放っておくと増える一方でなので、定期的な見直しをしなければ、あっという間に収納の許容範囲を超えてしまうのだ。

 

ちなみに、私の断捨離方法はこんな感じ。

 

片付けコンサルタントのこんまりさんによると、家族とはいえ人のモノを勝手に捨ててはいけないそう。なので、日々家族とモノの関わりに注視しながら、頃合いを見計らって処分を提案し、私からみて絶対いらないでしょー、と感じるモノでも、本人が処分を拒否すればそのまま引き下がり次のチャンスを待つ!

あとは家中の棚という棚を全てチェックし、不要なモノはないかと探すのみ。

 

断捨離方法なんていうほどでもなかったかな(汗)

 

でも、今回の断捨離はいつもと少し違ったのだ。

それは、何度プチ断捨離を決行しても触れることのなかった、まるで家の一部になっていたようなモノを処分したこと!

 

棚を開けて不要品のチェックをする度、そこだけはずっと自分の視界に入ってこないというか、不要品チェックのセンサーが働かないような場所が、かれこれ15年ほどあった。中身は「趣味」のもの。ミシンと、お裁縫に関する細々とかわいいものたち。

 

上の子が幼稚園に入園した際、スモックやお弁当袋、ハサミケースに靴入れなど、様々な手作り品を用意しなければならず、ミシンを購入して慣れないながらも一通り作ってみた。その作業が思いの外楽しくて、娘のワンピースを作ってみたり、クロスステッチ刺繍にハマってみたり。一枚の布が立体的な作品に仕上がっていく工程がおもしろく感じたし、白い布に刺繍を施してカラフルな絵が浮かび上がってくるのを見てワクワクした。

一時はハンドメイド作家になりたい、と本気で思ったのだ。

 

しかし、その情熱は次第に冷めてしまった…老眼のせいである。

 

元々視力の良かった私は、老眼がくるのが早かった。あっという間に手元が見えにくくなり、老眼鏡をかけて作業を続けても目の奥は痛いし頭も痛いし肩も背中も痛い。

こんな状態で作品作りをするのは、もはや楽しみではなく、意地になってる感じ?

そんなわけで、ミシンはコロナの自粛期間にマスクを作って以来、一度も触ってない…

 

それでもこれらのモノを処分出来なかったのは、ハンドメイド作家を目指そうと思うほどハマっていた自分の心変わりを受け入れられなかったのかな、と思う。

意気揚々とハンドメイドの楽しさを語っていたのに、飽きちゃった?みたいに思われるのが嫌だな、とか、よくわからないプライドみたいな。

 

でも、人はその時の生活や状況に応じて変化していくものだと、心変わりして当然だと、そんな風に思うことが出来たので、ついについに全て処分してしまった。

 

そうそう、もう一つ捨てられなかった大きな理由。それは息子が「クロスステッチ作るママが好き」と言ってくれてたから。そんな息子もすっかり成長し、この会話も覚えてないかもしれないな。

 

断捨離して数週間が経つが、後悔もないし、空いたスペースを有効活用できている。

断捨離、成功しました。