自己紹介の続編
といってはなんですが
「自分」
という存在について。

自分は
女性として生まれてきて
30年ほど女性として生きてきました。

初めての違和感は
幼少期
誕生日にお人形をもらった時でした。

「お人形より消防車のミニカーが欲しかった」

思い返せばきっとこれが
最初に自分が覚えた
性別への違和感だったのではないかと
思います。

スカートも好きじゃなかったし
幼稚園の制服も正直嫌で
登園したがらなかったのを覚えてます。
制服のスカートが嫌
そしてもう一つは幼稚園に行くと遊ぶことを強要される
これが苦痛でした。

自分の子供の頃は
兎に角本と勉強が好きな変な子でした。
そんな自分を
母を含め周りの大人は
「気持ち悪い」「頭がおかしい」
とものすごい勢いで
蔑んできたのは今でも記憶にあります。

私立の幼稚園に入り
先生から言われた言葉は
幼心かなりの衝撃があったのでしょう
未だに心の傷になっているような気がします。
「ハチちゃんは人とは違うので
一度発達障害や知的障害者
等の検査を受けた方がいい」
確か4歳の時だったと思います。

そんな小さな頃に言われた
この言葉の意味をハッキリと
理解したのは勿論大人になってからでした。

うちは祖母と母が
発達障害や知的障害者を
持つ方への偏見が凄かったので
母が
「なんであんたはそんなにおかしいの!」
と喚きながら自分をぶったことは
未だに覚えてます。

結局あらゆる検査をして
何一つ引っかからず
終わりましたが
幼稚園では常に浮いていて
休み時間や自由時間に
お友達が園庭で遊んだり
お絵描きしてる横で
一人本を読んでいるそれが自分でした。

私立のカトリック幼稚園だったので
勿論お受験組も多く
自分も親に
「お受験したい、お勉強させてほしい」
と強く頼みましたが
母から出た答えは
「却下」でした。

理由としては
幼稚園の担任の先生が
「ハチちゃんは変わっている
頭もいいので逆にお勉強をさることで
道を違えてしまうかも知れないので
お受験は勧めません」
ということが一番大きかったと思います。

大人になって思い返せば
この意味はなんとなく理解ができます

親の中には
「この子に勉強を出来る環境を与えてしまうと
赤軍派やオウムのようになるんじゃ」
という不安があったのでしょう。
ゆーほど自分は頭良くないんですけどね。笑

結局入った小学校でも
浮きまくりいじめにあいました
それも主犯は教師という。
理由
子供らしくない
勉強が好きすぎる
本ばっかり読んでる
女の子らしくない
周りとは違う

大人になった今となれば
鼻で笑いたくなるほど
くだらない理由ですね。

そして中学進学前に
親に二度目の受験を頼みましたが
あえなく却下。

受験したかった理由は
志望校が私服校だったので
スカートの制服に縛られなくていい
唯一仲良かった
教務主任から
「キミの成績なら余裕だ」
と言われた学校は進学校だったので
好きなだけ勉強が出来ると思ったから。

尽く願いは叶わず。
もうお気づきの方もいらっしゃるとは思いますが
高校も同じ理由で
志望校は却下されました。


母は自分に
進学校に行って欲しくなかった
大学にも行かせないと宣言していて
その分私をいかに女の子らしくするか
キラキラ女子にするかを
ずっと押し付けてきてたように思います。

習い事といえば
ピアノ、バレエ、フルート
水泳、お料理教室、お花、お茶

どれも好きになれず
唯一私が最後まで極めたのは
祖父がやらせてくれた格闘技と
母がどうしてもダンスをさせたいとの思いから
始めることになった
ヒップホップのダンスのみでした。