小1の終わりから2年間続けた公文を辞めることにした。

始めた理由…学童に持って行く勉強教材を準備するのが面倒。とりあえず何かやらせておけば親は安心。
たまたま保育園からのお友だちの女の子がやっていて公文に興味を持ち、やってみると言ったのがきっかけ。

途中紆余曲折…

辞めたいのオンパレード

やりたいって言わなきゃ良かったと本人後悔の嵐

3年になってからは、教室の雰囲気がやだと言い、通うのを拒否。
なかなかやんちゃな子が沢山いる教室で、雇われ先生がかなり恐いらしく、他の子が怒られているのを聞くのがストレスだったらしい。

ちょうどコロナの影響で、教室には通わずに宿題だけのやり取りが可能になったので、週に2回旦那が宿題を届け、新しい教材を貰ってくるということを続け、今日に至った。

正直フルタイムで働いていると子供の勉強なんてみてられない。
気がつけば放置放置…
そんな中、公文の宿題を、やらせないといけないというプレッシャーは我が家には必要だったわけで、めんどくセーという気持ちと戦いながら宿題をやらせていた。

時間書かないから、最後にまとめて書かせたり、教材が行方不明になったり、抜けてるページがないか確認したり。

親もかなり大変だった…

4年生を目の前にして、学童もやめ、塾に通うことを視野に入れ、辞めるという決断に至った。

公文の先生は、丸つけしかしてないぼったくり?と感じることもあったけど、ちゃんと子供の理解に合わせた進度を考えてくれている。

息子を出来るお子さんと言ってくれ、親を勇気づけてくれた。

息子の計算は親より数倍早い。

色々あったけど、やらせて良かったわ。




楽勝に感じられた日常生活は近所のポストに書類を投函するというだけで目眩がしてきて、やっぱり自分は病人だったのだと痛感させられた。
昨日、退院後家のなかで過ごす限りは楽勝に感じたのだけど。

それでも頑張ってスーパーYまで行った。
かなりゆっくりの歩みで、帰りは何度か座りながら。
町中にベンチがもっとあれば良いのにと思いながら。
帰宅後は横になる。
入院中は寝てばかりで退屈な姿勢だったけど、臥床がなんと楽な姿勢か。

少しずつ回復してくかな。


ママが入院した夜、ひさくんがパパに「また赤ちゃん来るの?」と聞いてきたみたいな笑い泣き