ランニングアドバイザー 小椋 優空

ランニングアドバイザー 小椋 優空

うつ病、離婚、子供との生き別れを経験
人生のどん底からの復活をサポートする
マインドリセットランニング。

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こんにちは。

 

本当に気まぐれな感じで更新しておりますが、

 

覗いて下さってありがとうございます。

 

ここ最近はブログを開く機会がめっきりと減りました。

 

自分の体験や気づきを書き記したい気持ちはあるものの

 

本業の菓子作りが意外と忙しくて

 

毎日やるべきことをこなすだけで精一杯の時間を

 

過ごしておりました。

 

そうやって知らず知らずのうちに

 

自分の気持ちを無視して身体を酷使していたら、

 

そら見たことか

 

ギックリ腰ならぬギックリ背中になってしまい

 

激痛で動くことすらままならなくなってしまいまして…

 

もうこれは、書きなさい、という神からの一声だろうと

 

諦めてパソコンに向かった次第でございます。

 

ということで、ここからは取り留めもなく

 

最近の私の中での気づきを書きたいと思いますので

 

興味のある方は最後までお付き合いくださいませ。

 

**********************

 

最近、改めて強く感じているのが、

 

人生の筋書きは魂(ハイヤーセルフ)が

 

生まれてくる前にある程度

 

描いてくるんだろうということ。

 

それは

 

全く自我の自由意思が効かない

 

がんじがらめの筋書きではなく

 

大まかな人生のテーマ(学び・体験・目的等)のようなものを

 

誕生前の魂の時点で既に決めていて

 

そのテーマに沿った肉体意識(才能やビリーフを含めて)や環境を

 

選んでこの世に降り立ってきている感じ。

 


 

だから

 

細かい部分では

 

自我の意識で道を選べたとしても

 

ある地点まで行くと

 

見えない大きな力で

 

元の道へと引き戻されてしまう…

 

 

 

私の人生は結構その繰り返しで

 

人に伝えるのには

 

分かりやすい事例になるかもしれないと思い

 

少しシェアしてみようと思い立ちました。

 

 

 

最近の事例を挙げるとすれば、

 

この10年の間に大きな軌道修正が2回

 

立て続けに起きました。

 

 

 

一つ目は離婚と子供を手放すという体験。

 

今から振り返ると

 

そもそも結婚したいと思ったのは

 

社会の常識や周りからの期待

 

自分自身の力への自信のなさ

 

孤独感を埋めてくれる存在への切望

 

そんな理由だった気がします。

 

まあ何よりも

 

平均的な人生を人並みに送れていること

 

この安心感を得られるのが結婚だと

 

当時の私は信じて疑わなかった。

 

 

 

結婚して数年間は穏やかな日々でした。

 

安定した収入のあるパートナーと

 

二人の子供にも恵まれて

 

新築の分譲マンションに住み

 

車二台を所有し

 

何不自由なく過ごしているつもりでした。

 

でも数年経った頃から

 

なぜかスムーズにはいかなくなる出来事が

 

連続して起きてきました。

 

子供には障害があると言われ

 

子育ては不安と葛藤ばかりに。

 

嫁姑の仲は年々険悪となり

 

夫婦関係にも暗い影を落としていました。

 

幼稚園でのママ友付き合いもトラブルばかりで

 

私自身のメンタルも崩壊寸前。

 

心が悲鳴を上げて、

 

ついにはシャットダウン。

 

鬱状態で家事も育児も全く出来ない状態に。

 

 

そして2011年の10月に

 

私はひとつの大きな決断をしました。

 

それは家族と離れて

 

私ひとりだけが実家に帰り

 

鬱の療養に専念すること。

 

それ以外の選択肢は無かったんですね。

 

もちろん鬱が回復したら家族の元に戻るつもりでしたが…

 

でも残念ながら、その願いは叶いませんでした。

 

半年後には夫や姑から一方的に離婚を言い渡され

 

子供との接点も強制的に絶たれることになります。

 

 

離婚直後は

 

恨みつらみや寂しさ、孤独、将来への不安といった

 

負の感情を嫌というほど味わいましたが、

 

ある時を境に自らその執着心(主に子供への)を手放す決心をすると

 

私の世界から離婚にまつわる負の感情が薄らいでいきました。

 

 

二つ目の大きな軌道修正は

 

生き甲斐だったマラソンを止めざる得ない体験。

 

 

離婚後子供への執着心を手放す上で

 

また鬱からのリハビリの過程で

 

私にとって一番の原動力となったのが

 

走ることへの情熱でした。

 

 

 

最初は純粋に

 

走るって気持ちいい、

 

身体を動かすとご飯が美味しい、

 

外をランニングして自然に触れると癒される・・・

 

そんな些細なことがキッカケでした。

 

それが数年後には

 

マラソン大会にエントリーし

 

そこそこ良い記録が出せることに気づくと

 

少しでも速くゴールして上位に入り

 

表彰台に乗ることが目標になっていきました。

 

ついには地元のハーフマラソン大会で

 

部門別優勝をするまでになったものの

 

記録は伸び悩むようになり

 

何とか順位をキープする為に

 

心を無視して身体に鞭をうって

 

オーバートレーニングになっていても

 

立ち止まれない状態に追い込まれていきました。

 

 


そこで二度目の強制終了が待っていました。

 

そう今度は身体がシャットダウンしてしまったんです。

 

気持ちはまだまだ走らなきゃと思っているのに

 

身体がバランスを崩して

 

まともに歩くことすら出来ない…

 

そしてついに治療院の先生に

 

ランニング禁止を言い渡されてしまいます。

 

 

そこからは身体のリハビリの毎日が始まりました。

 

こんなはずじゃなかった

 

もっと私は速く走れるのに

 

ウォーキングなんて恥ずかしいし惨め

 

このような心の葛藤をこれまた嫌というほど味わい

 

そして2年半経過した今は

 

走ることへの執着心を手放し

 

自分の今の現状をようやく受け止めて

 

こんな身体でも出来ることをやっていくしかないのだと

 

思い始めています。

 

 

その結果が

 

重い荷物を運ぶ重労働だった仕事を辞めて

 

喫茶店とネットで焼き菓子を製造販売をする

 

という道でした。

 

 

その仕事も今回のように

 

自分のキャパシティーを無視して

 

売り上げの為に頑張り過ぎると

 

強制的に休まざるを得ない状況が

 

すぐに訪れるので

 

何て分かりやすい流れだろうと笑ってしまいますが…

 

 

 

ここまでお話した2度の人生の軌道修正のポイントが

 

お分かりになられますでしょうか?

 

どちらも一見すると

 

「最悪のどん底体験」なんです。

 

一度目は鬱病という心の病

 

二度目は骨盤機能不全(正式な病名は不明)という身体の病

 

そして

 

そこから這い上がるのに絶対に必要なのが「手放し」でした。

 

一度目は結婚生活、主に子供への執着心

 

二度目はマラソンで他人に認められたいという承認欲求

 

この二つを手放すことなしには

 

次のステップには進ませてもらえず

 

心の苦しみは増すばかりでした。

 

つまりは人生の方向を見直すという一大仕事です。

 

 

でもこの大きな手放しを決断し

 

人生の方向を軌道修正した途端に

 

あらゆることが

 

スムーズに流れだした実感があります。

 

 

そうすると日常的な小さなストレスはあるものの

 

なんでこんなに立て続けに不幸が襲ってくるの?

 

という事態は無くなります。

 

 

ということはやはり

 

魂の筋書きから相当逸脱してしまった時点で

 

私たちはどうやら強制的に

 

元の道に引き戻される力が働くようなんですね。

 

 

最初は自我の自由が許されている範囲内で

 

人生の道を選ぶことができる。

 

でもその道が明らかに

 

当初の予定とは遠く離れた場所に向かった瞬間に

 

魂は「苦痛」「不遇な出来事」「嫌な感情」などといった

 

自我が最も道を変えざるを得ない状況を生み出すことで

 

予定していた進路へ導いてくれるのだと思います。

 

 

これこそ目には見えない「魂(ハイヤーセルフ)の進路指導」

 

 

俗にいうブループリント(人生の青写真)というものは

 

それぞれの人に独自のテーマがあって

 

そのテーマを学ぶ上で一番最適な道が用意されている。

 

だからこそ

 

世間で言うところの平均的な幸せな人生が

 

魂世界にとっての正解には当てはまらない

 

むしろ

 

それに固執し続ければし続けるほど

 

苦しみは大きくなり

 

不幸な出来事の規模も大きくなり

 

嫌な気持ちも増幅されてくる。

 

極限までいくと「手放し」を受け入れざるを得ないということを

 

魂(ハイヤーセルフ)は最初から分かっているから

 

どん底の体験を与えてくるんだというのが真実。

 

どっぷりと目に見える出来事に浸かっている限りは

 

なかなか気づきにくいけれども

 

目に見えない世界の作用の存在を知ることで

 

物事や出来事を俯瞰する視点が持てるようになり

 

ただ単に嘆き悲しむのではなく

 

魂の導きに愛を感じる瞬間が芽生えてくるのかもしれません。



久しぶりに書いたので

 

長めの文章になってしまいました。

 

私の体験とそこからの気づきのシェアが

 

誰かのお役に立てば幸いです。

 

 

また、気が向いたら文章にしていきたいと思います。

 

最後までお付き合いいただきありがとうございました。