YOSITTO!
『別に命までとられるわけじゃない』
昔から言い古された言葉
でもそうだよね
何があっても全然平気![]()
オレと君は
一生にただ一人の人に出逢えたんだ
ただ前を向いて
進んでいけばいいんだ
失敗したら
また成功するまでやればいいんだ
オレはひとりじゃないんだから![]()
ZUDO~NTTO!
自分は結構気ぃ使いだと思う
性分なんだね・・・
高校の時
部活で仲間同士
ケンカしそうになったり
言い合いになったりすると
必ず間に入って仲裁役になってた
20代前半の時
自分より5歳も年上の人に
人生相談をされて
「黙ってきちんと話を聞いてくれて的確なアドバイスをくれそうだからあなたに相談しようと思って」
などと言われたり![]()
もちろん後輩にもいろいろ相談されたりしてた
人と話す時
なるべくいいタイミングで
相手のことをきちんと聞いたうえで自分がしゃべる
誰もしゃべらなかったら
自分がなるべくいろいろ話題を振る
そんなことが自分の日常になってる
気の使い方
間違っていたのかな・・・
ただ衝突を恐れ
なるべく穏便に事を運びたいだけだったのかな・・・
先日
見逃し三振をした
何もせずにアウトになること
悔しい
相手の出方を見すぎて
結局何もしていないのと同じことになる
もうこれからは
見逃し三振はしない
同じ三振するにしても
空振り三振する
きっとオレの心のどこかで
戦わずして
上手くいきたいという思いがあるのだ
なんでみんな
人を試すようなことをするのだろう
聞きたいことがあれば聞けばいい
もし
相手が上手くきっかけが掴めないのなら
こちらが話しやすいようにしてやればいい
それは甘えなのか?
弱さなのか?
その他の事がすべて否定されてしまうくらい
大きな欠陥なのか?
多分どこを探しても
何を考えても
結論が出ないのだろう
だから
いま自分の心の中で確実なこと
ぜったに変わらないことだけを信じているしかないんだ
別に
人と上手くなんかやらなくていい
人なんか気にするな
自分の気持ちに正直に
まっすぐ歩いていけばいい
誰の許しもいらない
ただまっすぐな想いだけが
大事なのだ
それが
やさしさなんだ

(そりゃそうだ)







