ベネズエラ事件とすべきか、
ベネズエラ問題とすべきか。
まあ、マドゥロ大統領の拿捕についてと
言いましょうか。
私は米国を支持し、国際法学者の姿勢に批判的な
立場であることを明にします。
まず、判断の根拠として、私の認識を示しておきます。
国際法は戦前と戦後、二次大戦を境に解釈が変容していると
私は理解しています。
国際法の本質は、国際社会には警察機関がないので、
国家が自己の権利を侵害された場合、自己の権利を
主張し、それを回復することを行ったものが守られる
という国際政治の本質に近いものがあるといえると思います。
これを自力救済といういうらしいのですが、戦後は禁止
され、国際法は国家の権利の回復に制限をかけるもの
として、帝国主義を禁止する目的の解釈に置き換わったようです。
私は、これはあくまでも方便であり、二国間問題を自力救済に
よって行きすぎた場合に、国際社会が正当性を測り、自己の
主権の回復を越えた時に、越えた側に制裁を加える戦前の
国際法が形式的にも実質的も文明的と思っています。
いわば、宣戦布告のある戦争や、軍事行動が自制的と
思うのです。
戦後の解釈による国際法は、国際法によって本来は守られる
国家の主権の回復を否定されるので、仮に戦後の国際法下で
軍事的手段に打って出た場合、その明示がされることがなく、
宗教戦争のようにおぞましいものになると思うのです。
今回のベネズエラ問題については、米国がベネズエラから
流入される薬物等によって、自己の国家主権を侵害された
たため、それを回復する目的で、マドゥロ大統領を拘束
しました。また、それを行うまでに、米国は再三ベネズエラ側に
是正を勧告し、トランプ大統領も大統領就任前からベネズエラ
に対して強硬的な意思表示を行っていたと思います。
現行の国際法の解釈による秩序を崩した点で、米国は
現状の国際秩序についての責任をとる義務が生じますが、
本来の国際法の解釈によって、限定的な目的の達成のために
動いて、やり過ぎなかった点では、十分な評価ができると
思うので、私は米国を支持する立場であると明らかにしました。
今回、国際法学者は、学問的な解釈が固定的であると
啓蒙しており、米国が行った国際法の解釈を正しく
評価していない点において、学問的な中立性をもって
評価していない点において、私は憤りを持っています。
無論、国際法学者の立場もわかりますが、法解釈を固定化
させる、戦前の法解釈が完全な過去の遺物になっていない
ことをなぜ、直視しないのかという疑問があるのです。
端的にいうと、国際社会が変動し、戦前の国際法の解釈が
変わったように、現在の国際法の解釈が変わらないという
認識であるのは、非常に危ういと感じたので。
まあ、というのが今回の件についての私の認識となります。
誤りもあるかもしれないので、そこはご愛嬌でお願いします。
ああ、そうだ。
今回のベネズエラの件は、ロシアのウクライナ侵攻とは
全くもって性質が違うので、そこは見誤りがないように。
また、中国が台湾に侵攻するのは、一つの中国の原則を
自ら瓦解させる行為になるので、その論理矛盾を思考
してから、物事を見るように。自国民の制圧のために
巨大な軍事力を使う時点で論理破綻してるでしょ?
なので、台湾侵攻って、台湾を中国領ではないって
認めることといえるからね、と。そういう点で、
一つの中国の原則を掲げる限り、台湾侵攻はないと
みています。
今回はそんな感じです。