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ちょうど2年前のこの頃。
お母さんがベッドの上から私と妹を呼んで10万円ずつ渡した。
「何かあった時に・・」
そのお金を握りしめて私たちの向かったところ・・
そう、買ったものは喪服。
お母さんのお葬式で着るための喪服を買った。
お母さんはまだそこにいるのに。
隠しながら家に持ち帰った。
その時はもうお母さんが亡くなる準備をしないといけなかった。
隠れて写真も探した。
母が亡くなることを前提に、まだそこにいる母のお葬式の喪服を
買いに行く私たちにニコニコ話し掛ける店員さん。
話もしたくなかった。
サイズがなくてお取り寄せ。。
そんな時間はありません。。
それがお母さんが買ってくれた最後のものになった。
お母さんはそれを知らないまま。
もちろんそれを見ることもなかった。
でもきっとそれを買いなさいってことだと思ったから。
2年前は確かにお母さんがいた。
2年前の今頃は、お母さんが亡き人になるのをどこかで感じながら
必要以上に何度も何度も「お母さん」と呼ぶようになっていた。
「お母さん、おはよう」
「お母さん、行ってくるね。」
「お母さん、おやすみ」
「お母さん、ありがとう」
もう呼べなくなることをきっとどこかで意識していた。
家族全員が「お母さん」を連呼した。
家の外から大きい声でも呼んでみた。
たくさんたくさん呼んだ。
この時期になると日を追うように記憶が蘇る。
記憶が褪せないうちに、思い出せるうちにやっぱり残しておくことにした。
お母さんが最後に買ってくれたもの。。
「何かあった時」の為のものになった。
週末に控えた母の3回忌でも使わせて頂きます。
9月に入ってなんとなく秋らしくなった。
いつもよりちょっと早いかな。
少しだけ不安定が隠せない今日この頃。。
でもちゃんと元気で頑張っています☆
お母さんがベッドの上から私と妹を呼んで10万円ずつ渡した。
「何かあった時に・・」
そのお金を握りしめて私たちの向かったところ・・
そう、買ったものは喪服。
お母さんのお葬式で着るための喪服を買った。
お母さんはまだそこにいるのに。
隠しながら家に持ち帰った。
その時はもうお母さんが亡くなる準備をしないといけなかった。
隠れて写真も探した。
母が亡くなることを前提に、まだそこにいる母のお葬式の喪服を
買いに行く私たちにニコニコ話し掛ける店員さん。
話もしたくなかった。
サイズがなくてお取り寄せ。。
そんな時間はありません。。
それがお母さんが買ってくれた最後のものになった。
お母さんはそれを知らないまま。
もちろんそれを見ることもなかった。
でもきっとそれを買いなさいってことだと思ったから。
2年前は確かにお母さんがいた。
2年前の今頃は、お母さんが亡き人になるのをどこかで感じながら
必要以上に何度も何度も「お母さん」と呼ぶようになっていた。
「お母さん、おはよう」
「お母さん、行ってくるね。」
「お母さん、おやすみ」
「お母さん、ありがとう」
もう呼べなくなることをきっとどこかで意識していた。
家族全員が「お母さん」を連呼した。
家の外から大きい声でも呼んでみた。
たくさんたくさん呼んだ。
この時期になると日を追うように記憶が蘇る。
記憶が褪せないうちに、思い出せるうちにやっぱり残しておくことにした。
お母さんが最後に買ってくれたもの。。
「何かあった時」の為のものになった。
週末に控えた母の3回忌でも使わせて頂きます。
9月に入ってなんとなく秋らしくなった。
いつもよりちょっと早いかな。
少しだけ不安定が隠せない今日この頃。。
でもちゃんと元気で頑張っています☆
久しぶりに開いたらなんだかやっぱりちゃんと残しておかないといけない気になった。残しておきたくなった。
この時期になると思い出す。
あの時から2年経ってる。
あれから2回目の夏。
私は今やっと社会復帰した。
妹はオーストラリアに旅立った。
お母さんがいなくなることで一回リセットを掛けた私たち。
これからの未来を見付ける為に。
父は今入院中。
手術の為3週間のわりと長い入院。
初めて実家で一人暮らしをした。
入院手続き。家族が私一人になってた。
現実と向き合うも心細くてなぜか不安で久しぶりに一人で子供みたいにたくさん泣いた。
手術の時、立会いの為一人で病院に向かった。
何も言ってないのにお母さんの兄弟たちが揃ってた。
ものすごく救われた。
もっと頼っていいんだと思った。
手術中、こんな時にってぐらい話続ける叔母と私の横で黙ってずっと座ってる伯父。
笑っちゃったけど、こんな家族に意外と支えられてるんだなってすごく感謝した。
3日前は鹿児島の大きい花火大会。
2年前はお母さんが救急車で運ばれ入院したのにも関わらずどうしても行きたいと言われ、病院から家族4人で車椅子と酸素ボンベとお母さんを押しながら花火を見た。
あれから2回目の夏。
今年はお父さんは病院から花火が見えるって喜んでいた。
私も仕事を抜け出してちょっとだけ見に行った。
やっぱり花火好き。。
思い出の花火大会、今年はそれぞれの環境でそれぞれの想いを寄せたんだろうな。。
今年の夏ももうすぐ終わります…
iPhoneからの投稿
この時期になると思い出す。
あの時から2年経ってる。
あれから2回目の夏。
私は今やっと社会復帰した。
妹はオーストラリアに旅立った。
お母さんがいなくなることで一回リセットを掛けた私たち。
これからの未来を見付ける為に。
父は今入院中。
手術の為3週間のわりと長い入院。
初めて実家で一人暮らしをした。
入院手続き。家族が私一人になってた。
現実と向き合うも心細くてなぜか不安で久しぶりに一人で子供みたいにたくさん泣いた。
手術の時、立会いの為一人で病院に向かった。
何も言ってないのにお母さんの兄弟たちが揃ってた。
ものすごく救われた。
もっと頼っていいんだと思った。
手術中、こんな時にってぐらい話続ける叔母と私の横で黙ってずっと座ってる伯父。
笑っちゃったけど、こんな家族に意外と支えられてるんだなってすごく感謝した。
3日前は鹿児島の大きい花火大会。
2年前はお母さんが救急車で運ばれ入院したのにも関わらずどうしても行きたいと言われ、病院から家族4人で車椅子と酸素ボンベとお母さんを押しながら花火を見た。
あれから2回目の夏。
今年はお父さんは病院から花火が見えるって喜んでいた。
私も仕事を抜け出してちょっとだけ見に行った。
やっぱり花火好き。。
思い出の花火大会、今年はそれぞれの環境でそれぞれの想いを寄せたんだろうな。。
今年の夏ももうすぐ終わります…
iPhoneからの投稿
