自分を愛するってなんかブームのような、幸せになるための手段のような。


私は完全に自分を見失っていたなぁとおもう。


全てが頭の理解で、わかったようになって頭だけ安心して身体は置き去りで。


頭の理解は大事なんだけど、身体がなにを感じているのか、その不安や恐れを直視できずにいたなぁ。


そんな事何回も繰り返して、ずっと同じ位置にいるわけじゃなく、亀の歩みだけど螺旋階段を昇るように、自分を愛するという事を体験を通し学び成長している。
ホントに亀の歩みでちょっとしんどい。笑


私は多分ちょっと異常なレベルで人の感情やその場のエネルギーをとりこんじゃう。その大きな感覚に振り回されてしまい、長らく苦しんできた。


世界との境界線が曖昧で、まだその線引きの仕方がわからないでいる。
ニュースを見ては本気で悲しくなり、大きな声がずっと苦手で、自分が悲しい時は世界も色のない灰色の世界に見える。


ちょっと暗すぎてごめんなさい。笑
そんな暮らしの中でも、子供たちが心底可愛くて涙がでそうになるのをこらえる日もあったり。
なんか感情が大きすぎてカオスな日々。


だから自分に集中するということがとっても難しくて、どうやったら自分がご機嫌でいられるのか、ホントにホントに途方に暮れるレベルで。


大きな事が起きて心底今の生き方を変えたいと思った。
もう自分にこんな思いをさせたくないと思った。


どんなに小さな私が不安や恐れに襲われても、そこに飲み込まれ自分まで引っ張られるのじゃなく、毅然と「絶対大丈夫」って抱き締めてあげられる私になると決める。


何回も飲み込まれて今度こそもう戻れないかもって思ったけど、どうにかまた自分を取り戻して今ここでこのブログを書いている。


自分を変えようとするんじゃなくて、ただひたすら自分を許して、一生かわらないかもしれない自分に寄り添いつづけるって、多分それが神様の愛なんだね。

無条件の愛。
自分から湧き出る全てに愛を送る。


過去の痛みや恐れや不安に最高の感謝を
送る。
できるができないかじゃなく。
やるかやらないか。

自分を愛する私と、自分からの愛を受けとる私。
もっと自分を丁寧に愛し、もっと丁寧に自分からの愛を受けとっていこう。

自分に集中。自分に集中。笑














とってもお久しぶり、約三年ブログをお休みしてました。
日々に翻弄されまくって余裕がなかっただけですが。


あれから三年弱、下の子が産まれ今二歳半になり、やっと少し自分の時間がとれるようになり、今の私にはなにが出来るのか向き合いはじめたとこです。


いやぁこの三年も濃厚すぎてちょっと記憶がない。笑
みなさん三年なにしてました?笑


とにかく動きながら、模索しながら自分に出来ること、今私が気づけたこと、なんでもいいので私から見えてる視点から
自分を表現していく事をまたあらためてはじめていこうとおもいます。


40歳の主婦が今からでも自分らしく輝けるんだよって記録に残せたら嬉しい。
正直今までの40年辛いことのほうが多くて修行のような時間だった。
もう修行は終わり。



やっと次のステージを宇宙が用意してくれたので、これを逃す手はない‼️笑
日々の事また色々発信はじめます。



一人でも見てくれている人の心に届くといいな。



なんか久々すぎてまとまりませんが、決意表明で今日のところは終わりたいとおもいます。笑








お久しぶりです(*^^*)
とてつもなくお久しぶりです…。笑




前回の記事からまったくブログがかけなくなり、なんでかなぁと自分でもわからなかったのですが。




自分の中でかなり過去の事が昇華されていることに気づきました。
自分でもびっくり。




過去の記憶に心痛まない。
被害者意識にまみれていた私がいなくなった。笑





被害者意識な自分さえ直視できなくて、受け入れた気になって超こじらせ女子だったのに。




いまでも十分こじらせてるかもだけど。
(↑こう囁くもう1人の私がいる。笑)





毎日が、ネガティブなこともポジティブな事も自分にとってハッとすることの連続で
日々を過ごすことと、その感じている自分を観ていく事に追われ怒涛の日々を過ごしていました。





外側の現実を観て、内側を観てで気付きが起きて。
気付きにシンクロするように、必要な情報が目に入ってきたり、ありえないような奇跡がありましま。
あまりにもずっとその連続で、本当に見えない存在に守られているんだという事を実感せざる追えない日々が続きました。




ブログ書く余裕一ミリもなし。
なんだか記憶があまりありません。笑





それでも私のブログにいいねしてくださった方や見てくださる方がいるというだけで、とても励まされていました。
何度ブログを消そうと思ったことか。笑
(自分の文章後から読み返したら超ハズい)





それでもあの時悶絶しながらやっとブログを書きはじめて、必死に自分と向き合いながら、手探りでも前に進もうと自己表現を始めた自分を否定したくないので、ブログは絶対やめないと決めていました。





今思えば田舎に住んでて子供も旦那もいるのに顔出しして結構なダークな記事書いてとか、超勇気だしたなと自分を誉めてやりたい。笑



今でも顔写真は猛烈に消したくなりますが消しません。笑





そして、やっとまたブログを書きたいと思ったきっかけは…。





もうインプットしすぎて頭パンパンMAXになったからです。
きっかけは頭パンパンMAXです。笑





もう今の時点ではなんにも入りません。
脳ミソが拒否してます。爆





なので、また色々思うこと、自分からわきでることツラツラ書いて行きたいとおもいます♪





意識しないと隠れる癖があるのですが、
意地でもブログはやめないと決めたので、(過去の私のために♪)また更新は一年とかあいてもまた自分の記録として残していこうとおもいます。




今この記事を読んでくださっている方へ。
あなたのおかげでブログが続けられています。
本当にありがとう。




生きていく事は日々緩んでいく事。




緩んでいく事は愛を受け取りつづけるという事。




そんな日々をまた丁寧に残していきたいな。












前の記事から間があいてしまいました。


続き書いてみたいとおもいます。




その後、一年に数回しか実家に帰ることはなくなってしまいましたが、電話での連絡は頻繁にありました。




私が家をでて10年たった頃父が病気で他界しました。



本当にその10年の間にここには書けないような悲しい出来事がたくさんありました。



もう、この記憶があるかぎり私は心の底から幸せだと笑える日はないのではないかとおもうほどに。



父が亡くなってからは、兄もなんとか仕事も継続して勤めており、母も毎日デイケアなどに行き少し生活が落ち着きはじめました。



私は17歳から30歳まで仕事に没頭し、24で結婚をしたのですが、子供を産む決意が出来ず、30までがむしゃらに仕事だけにのめりこみ、頑張りすぎて先が見えなくなりかけた時に、息子を身籠りました。


自分の幼少期が辛い記憶しかなかったので、子供を産む事は不安でしたが、子供が出来たタイミングが私にとってとても奇跡的で、神様が産みなさいと言ってくれているかのように感じ、不安よりも喜びの方が大きかったのを覚えています。




その後仕事を辞め、子育てに専念したのですが、そこからが本当の私に出会うはじまりでした。




はじめての育児がはじまり、主人は仕事で朝早くから夜遅くまで仕事で、ほぼ一人での家事育児に、私はどんどん追い込まれていきました。



自分のストレスや気持ちの発散する場所がなくなり、更に30年間抑圧してきた気持ちが溢れだしたのです。



今までは、頑張って頑張って努力をして
できないことも私なりに克服して生きてきました。



そんな今までの私の生き方は、育児という正解のない、ましてや家族の暖かさ、母に守られた感覚を知らない私には、通用しないものになっていました。



頑張れば頑張るほど、どつぼにはまり、報われない悲しみと、誰にも助けてと言えない孤独感と、そして30年分の悲しみがあふれだし、どんなに苦しくても逃げられない育児にいつもイライラし、怒りを押さえ込むことにエネルギーを消耗し、1日1日をやり過ごすことでやっとの毎日でした。



今息子は6歳なのですが、3歳ぐらいまでは本当に毎日毎日苦しさでいっぱいでした。



私は母としての自信がまったくなくて、こんな私が母でごめんなさいという気持ちでいっぱいでした。



そんな中で、心理学やスピリチュアルに興味をもち、自分と向き合う日々がはじまりました。



今息子は6歳で、だいぶ手もかからなくなり、私自身も少しずつですが過去と向き合い、すごく楽になりました。



息子を産んでから私はこの六年で本当に大切な事にきづけたとおもいます。
これは息子を産んでいなかったら絶対に気づけなかった事です。




私が私の家族を選んで産まれてきた意味。



私の魂のテーマは罪悪感です。



私はたくさんの罪悪感を感じるために私の家族を選んだのです。




罪悪感って愛の反対語です。




私は愛じゃないものを知る必要があった。
愛じゃないものなんてないけど、
愛じゃないように見える事を体験したかったんだ。



この六年の気付きと、そしてこれからの私のこと、私なりのペースで書いてみたいとおもいます。



だいぶハショリましたが、また機会があれば色々思い出しながら、書ければとおもいます。




前の記事につづきます。




中学は部活、高卒ではバイトに明け暮れ
ほぼ家にはおらず、自分なりに学校生活を楽しんでいました。



無意識に家を避けていたのだとおもいます。私は外の世界で正常な人間関係のコミュニケーションやルールを学んだようにおもいます。



問題だらけで常にぐちゃぐちゃでしたが、母は明るかったし、父も私の事はかわいがってくれたので当時は両親の事は好きでしたし、逆に問題だらけの家だからこそ、私は自立した人間になれたのだと感謝までしていました。



高校を卒業したあと私は就職し独り暮らしをはじめました。



高校までの17年、私は両親や兄が周りの人たちにけなされたり、悪口を言われたりする姿をずっと見てきました。


母は家事やお金のことなどきちんとできないことを父の兄弟にいつも悪く言われていました。



父はお酒を飲むと人がかわって、人とすぐ喧嘩したり、飲酒運転で何度も事故をおこしたりして、親戚の人たちはいつも呆れていました。



兄のことも父の兄弟を巻き込むようなトラブルがいくつもあったので、親戚の人たちには沢山迷惑をかけていたとおもいます。



それでも今思えば父の兄弟たちは父を心配し助けたかったのだとおもいます。
本当にお世話になりっぱなしでした。



たまに母の変わりに、料理や掃除を手伝いにきてもらったり、兄や私はとても可愛がってもらいました。



父の親戚の人たちは私にはとても優しくてきちんとした立派な人たちに見えていました。




反対に私は私の家族はものすごくちゃんとした人間じゃないように見えて、家族に対してコンプレックスの塊でした。




そんな家族と共にいた私は、私だけは人に迷惑をかけたり、嫌われるような事をしてはいけないんだと、物心がついた時から
人に迷惑をかけないように、嫌われないように生きてきました。



17年の間ずっと家族が嫌われ続けたことは
私本人が誰かに嫌われ悪く言われたことと同じような心の痛みでした。



苦しんでいる家族の顔を見ることは、自分の苦しいのなんて比べものにならないぐらい、何倍も心が痛みました。


この17年の間に沢山の悲しかった想いと
その中でも父や母の優しい笑顔があり、、苦しい現実の中でも、必死に働いてくれた父の後ろ姿と、たくさんの想いがあったけれど、17年誰にも頼れなかった私は本当に強い子に育ったのだとおもいます。



私は高校を卒業したあと、就職しましたが、私は私一人が食べていけるくらいなら、どこでも生きていける自信がありました。


その自信は両親のおかげだとおもっていました。



今思えばどんだけポジティブなんだろっておもいますが、当時は本気でそうおもっていました。



私が高校を卒業し、家をでたとたん、父はリストラにあい職を失い、
それから父はどんどん生きる気力を失っていきました。



私が実家にいた頃は父も母もまだ苦しい現実の中にいながらも、仕事をしていたので
なんとなく、覇気があったし、父が私に頼ってきたりすることは絶対になかったのですが、父が家にいるようになり、母も同時に仕事を失い、すべてが狂いだし、父もお酒を飲んでは、今から死ぬと夜中に私に電話をしてきたりするようになりました。


兄も人に騙されたり、人間関係やお金の面でもトラブルだらけでした。



その中で一緒に生活していた母は本当に地獄だったのではないかと思います。



兄だけは仕事をしていましたが、仕事のストレスと父のやり場のないストレスがぶつかり、いつも家の中では怒鳴りあい、その間で母はどうしていいかわからず、私に電話をいつもしてくるようになりました。



それからは10年近く実家でのいざこざがずっとつづきました。
その度に私に電話がかかってきて話を聞きました。



その10年で私は心底自分の家族に嫌悪感を抱き、軽蔑するようになりました。


10年の間で実家に帰ったのは本当に数回で、昔の父と母とは別人になっていたし、それはそのくらいどうにもできない苦しい現実にうちのめされたて心がすさんでしまったのだとおもいます。


家族を軽蔑し嫌う自分と、家族を助けたいのに、どうすることも出来なかった自分と。



とにかくもう家族から逃げたい気持ちでいっぱいでした。



長くなったので、またつづきます。