アナタの人生1区間伴走プロ
CleverでCharmingを目指す
 
たなかともこです。

過去記事です。
でもちょうど 尋ねられたこともあったので
一般論だけど知ってて欲しいこと、再アップです。




さて、予防接種の時期ですね。
ええ、インフルエンザの。


(そうそう、医療従事者だって予防接種はキライです。
 私も 自分が針を刺されるところは見ていられない)

いろんな投稿や情報(?)が飛び交っているので
予防接種に関して
「これだけは誤解せず理解してて」っていうことだけ 
医者のはしくれとしてつぶやきます。


予防と治療は スタートが違う


・・・といわれると
「あ、そうだよね」って思いますよね。

予防は「もしも病気になると○○、××、△△のリスクがあるから」やるけど
治療は「今の”病的状態”がいやで 何とかしたい=元気になりたい」から
やるんですよね。

元気になるための予防接種じゃないのです。
まず、それは再度確認を。


予防にも 視点が違うものがある


でもね、上の「予防」って言葉は個人個人に対してのことば。
インフルエンザの予防接種というときの「予防」には
社会全体としての予防」の意味合いが大きいのです。
公衆衛生、ってやつです。
(一方で日本脳炎とかHPVとかに対しては 個々 に対しているところが大きい。
日本脳炎は 一度発症すると何にも治療の手立てがないから。
HPVは子宮頸癌を抑える目的、頸癌って組織型からもかなり悪性なんです。)



家計でお金の使い道を考える視点と 
政治的に公共料金をどう使うかの視点が

全くちがうのと同じコトです。




ひとりひとりが病気になるかならないかは
個人の体力(免疫力とか疲れとかストレスとか)、
病気の種類にもよるし
その環境にもよりますよね。



予防接種の大事な もう一つの意義は 
この「環境」をととのえるため。

ある部屋のなかに100人のひとがいて
50人 咳をしていたときと
1人 咳をしていたときとで
あなたは「うわ、私にもうつりそう・・・・」って思うのは前者でしょう?



予防接種が推奨される理由は
完全に封じ込めることができなくても
上記の「部屋のなかに 100人中一人が咳をしている」
そういう状態を目指す ということです。
結果 咳をする人が極力抑えられるだろう ということ。



一方で「注射は嫌だ」「100%かからない保証がないならやだ」
「副作用が出たら嫌だから打たない」って言うかたに
無理矢理させるわけにはいかない というものですね。




あ、理論上は予防接種後はかかりにくいですよ。
でもいつだって、例外があるのが自然科学。


人間と 病気との闘いの歴史は
人間と 感染症の歴史。

万策講じても 感染症って絶えない訳です。


であれば
感染症の広がりにくい社会を、というのが
上下水道をととのえた社会であり
基礎的な清潔という概念を教えた社会であり
咳やくしゃみを ひとにむけてしないという 礼儀であり
医学的には
「極力 免疫を高めた状態で
 そうそう感染症にかからない人が大多数の状態」に
したいわけです。
ひいては各個人のリスクが減るから。



先に全ありき、が
インフルエンザのようなものへの予防接種という考え方。



インフルエンザの予防接種、ほとんどのひとがやってないじゃない?


それが問題ですよね。
「全」を考えるなら ほぼ漏れなくやってほしい。
でもこれ、あくまで「予防」で受けるか受けないかは
上に書いたように皆さんの判断ですから
強要できないんですよ。治療じゃないから。


だけど新型インフルエンザみたいに
一度猛威をふるうと 手のつけようもなくばたばた死亡者がでるだなんて
それに関してはちょっと強気で言えますけどね
予防接種してくださいって(このときは個人のため、& 社会のため)


それでも
少しでも多くの人が予防接種をしたほうが 感染の拡大速度や率は下がる、と
きちんとわかっているので
個々人が「いやだ、うけない」と言い続けても
政策として予防接種は全部うちきり、にはならない訳です。



とりあえず 今日はここまで。
知っていて頂きたいことは
「私さえよければ」では押さえきれない悪い状態を押さえることこそ
インフルエンザ予防接種はねらっている、ということ
です。
一番守られるべきは 幼い子供とお年寄り
あるいは 易感染性宿主(病気になりやすい免疫や体の状態)といわれるひとたち



こういう季節性のものに関しては
「予防接種はみんなのためなんだ」というのを
常識として知っていてほしいなぁ 
と思うのですよ。