これ以上記憶が薄れてくる前に、備忘録としてアメリカの主治医探しを記載していきたいと思います。
そういえば、2025年の3月を持って、再発から 9年が経過しました。1度でも再発してしまった患者は、何年経とうと根治とは言い切れないと言う認識でいますが、自分の中で10年を大きなマイルストーンとして考えています。
30歳でがんと診断され、この10年間は本当にいろんなことがありました。まだ自分の中でも咀嚼できていない状態です。ただ、これからは自分にできることを愚直にこなしていき、いつかいつか世の中に還元できればと考えています。
さて、2024年に仕事でアメリカに引っ越しました。しかし、いわゆる海外駐在の業務ではなく、もともとアメリカ外資系の企業の日本のオフィスで勤務していた私は、勤務区分変更と言う扱いで、アメリカのポジションに異動になりました。何が言いたいかと言うと、いわゆるリッチな駐在ライフではなく、家も車も医療も保険も、会社からは何のサポートもなく、裸一貫でアメリカでの生活を構築しなければいけないということです。
これが想像以上に難易度が高く、渡米後3ヶ月ぐらいはアパートを探したり、仮住まいから引っ越したり、銀行口座を作ったり、車を買おうとディーラーに行ったら、渡米直後だとクレジットスコアが低すぎて車のローンは組めないと断られ、慌ててFacebookで型落ちのマツダを売っている近所のおじさんから安く譲ってもらったりしました(車がないと通勤すらできない)。
正直、仕事でパフォーマンスを出すところではない忙しさで、なかなか大変でした。
医療において、再発した場合でもがん治療にアクセスができるように、婦人科癌の専門医にコネクションを作る事は第一優先事項でした。まずは会社から、近隣のがん治療拠点の情報をもらいましたが、初診申し込みのフォームを送っても普通に何のフィードバックもなく無視される日々。また意を決して電話をしたところ、初診は受け付けてもらえず、途方に暮れました。
基本アメリカではまずかかりつけ医を設定して、そこのかかりつけ医からネットワークを広げてもらうことが多いのですが、かかりつけ医を見つけることがまず大変で、どこの病院も初診を申し込み受付しているところはほとんどありませんでした。
そして、かかりつけ医と言う翻訳がもはや適切なのかが分かりませんが、実際、かかりつけ医をようやく確保しても、医学部卒業のいわゆる本当のお医者様がかかりつけ医になってもらえる可能性は、非常に低く、ナースプラクティショナーと呼ばれるいわゆる看護師の方や、医師助手(PA)と呼ばれる、お医者様ではないのですが、専門なトレーニングを受けた方が担当になることの方が多いです。
そして、そういった看護師の方や助手の方との初診予約をしようとも、それすらも3-4ヶ月待ちというのがざらです。
正直そんなに待ってられないので、オンラインでお医者さんの予約を取れるサイトを使って、自分が住んでいるアパートの近くにある婦人科の専門医の先生の予約を取りました。がんの経過観察はできませんが、経膣エコーや更年期障害の対策に処方してもらっているディビゲルの処方などをお願いするためです。
こちらの初診予約と診察は予想外にスムーズに行き、とんとん拍子で婦人科の先生からがんの専門医の先生への紹介をして頂きました。
はじめてのお医者様とのアポイントメントは、なんだかんだで渡米から3ヶ月が経過していました。
また、環境が変わったせいかどうかわかりませんが、腎臓を摘出したはずなのに、尿路感染症が再発したか、何かで、尿が通常より臭い症状が発現。
婦人科で尿の検査をしてもらったところ、大腸菌が検出されたことから、こちらも、尿専門の泌尿器のお医者様を紹介していただきました。
日本語では散々上手に説明できるようになってきた私の治療遍歴ですが、英語だとなかなか難易度は高いものです。普段使わない言葉で全く馴染みがなく、どうしたものかと初診の直前に思い悩んでいたのですが、日本語で完璧に作り上げた病歴書(スマイルステーション、ありがとう!)をChatGPTにぶち込み、ファイルのまま完璧に英訳してもらいました。アメリカの病院は、オンラインでの問診や文書のアップロード等ができるシステムの整備が日本と比べて比較的進んでいますので、それらを印刷する必要もなく、診察前にアップロードして完了です。慣れない言語で説明したり、誤解を生じさせるリスクも減りますし、本当にこの時代に生きていて良かったなと思いました。
と、今日はここぐらいにして。
次回へ続きます。
診察台の写真!
顔を隠すカーテンは日本独自のものなのかな。
