これは私がよく口にしている話なのですが。

医療と介護は似て非なるものだと考えています。
医療はあくまでも治療がメイン。介護はそうではなく、あくまでも生活がメインでありますので、如何にその人らしく心豊かに生きて頂くか。
例えば糖尿病が持病にあるお方。医療と申しますか、多くの病院ではそうだと思うのですが、治療目的であるので糖分制限は必須であると思います。生活の場においてはそうではなく、その人が糖分を摂ることによって、ささやかな楽しみを持てるのであれば、摂って頂いた方が良い様に思います。もちろん制限は必要で、最近はシュガーレス商品が沢山出ていますので、それで代用出来れば良いと思いますが、私がここで述べているのはあくまでも感覚や考え方の話となります。

これは私の死生観でもありますが、人は何故生まれて来るのか。行き着く所、ただの本能だと思うのですが、ではその本能のどの部分が作用しているのか。私はマズローの欲求に当てはめて考えるのが好きなのですが、身体が気持ち良くなる欲求か、心穏やかになる欲求か、役に立つ存在になりたい欲求か、他者から賛辞を受けたい欲求か、自己の悦楽欲求か。やや表現に偏りがあるかも知れませんが。
全ての欲求を総じて考えますと結局の所、人は『楽しみたい』の一言に尽きるのではないかと思います。人は『楽しみたい』ために生まれて来たのです。その為に苦労や困難を経ていくのですね。そんなもの無く楽しみだけで生きていきたいものですが、逆に苦労や困難を楽しめたら人生ハッピーですね。

やや本題から話が逸れましたが。
介護の現場において数多く眼にして来ましたが、人間(だけでもないですが)と言うものは生き甲斐を失くすと急激に死に向かいます。
意外に思うお方が多いかも知れませんが、生き甲斐とは割りと単純なもので、日々のちょこっとした楽しみが命を繋いでいたりするものです。愛する人と過ごしたり、他者と会話を楽しんだり、豪華な食事に舌鼓を打ったり等と言う事が生き甲斐になるのは当然ではありますが、毎日昼食後に甘いおやつを食べている、或いは夜にラジオを聴きながら眠っている、お風呂は月に一回だけ入っている、3日に一回は24時間睡眠に充てる等々、他者に合わせる事なく出来るだけ自由にそのお人らしく過ごす事が出来る、それだけでも生き甲斐の一つとなるものなのだと思うのです。

それらの自由を失くした時、人は自己の存在に疑問を覚え、生きようとしなくなる。つまりは希望を失くして一切の欲が無くなるのです。
失望。欲を失くすと死に向かう。

介護とは、人の生活を補助するお仕事。介するお相手には、いつまでも大いに欲を持ってお元気に生きていって頂きたいものですね。