色ガラスの街 尾形亀之助 詩

 

尾形 亀之助「色ガラスの街」より「昼の部屋/昼 床にゐる/無題詩/四月の原に私はきている/馬/月を見て坂を登る/ハンカチから卵を出します/商いに就いての答/無題詩/無題詩/黄色の夢の話/うす曇る日」を朗読しました
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🎤後半/音楽なし
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🍋テキスト/青空文庫(青空文庫、耕作員の皆様に心より感謝し使用させていただきます)
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🍋作曲/watson
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#尾形亀之助  #詩

🍋尾形 亀之助(おがた かめのすけ1900年 - 1942年)日本の詩人。
🍋宮城県柴田郡大河原町出身。東北学院普通部中退。
近代に活躍した詩人で、「歴程」の創刊同人。大河原町の繁昌院に墓がある。
石原純、原阿佐緒らの歌誌「玄土」に参加して短歌を発表しながら上京して画家を目指す。
1923年に詩に転向し、『月曜』などいくつかの詩誌を主催。
その『月曜』には宮沢賢治が童話『オツベルと象』『ざしき童子のはなし』『猫の事務所』を寄稿している。
素封家に生まれるも生涯にわたってほぼ定職を持たず実家からの仕送りで生活し、詩に没頭するという無頼の人生を送った。
晩年は実家の没落により窮乏。貧困と病苦、妻との不和に悩まされ失意の日々を過ごした。
1942年12月2日、手押しの寝台車で宮城県仙台市の尾形家の持家である空き家に運ばれた後、全身衰弱のため死去。
日頃から餓死自殺願望を口にしており、自殺であったという説もある。
辻まこと(辻潤の子)は北支の戦地でも限定70部の尾形の詩集を肌身離さず持ち歩き、日本に持ち帰ったという。


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「昼の部屋」

テーブルの上の皿に
りんごとみかんとばなな――と

昼の
部屋の中は
ガラス窓の中にゼリーのやうにかたまつてゐる

一人――部屋の隅に
人がゐる

「昼 床にゐる」

今日は少し熱があります
ちよつと風邪きみなのでせう

明るい二階に
昼すぎまで寝て居りました

少女の頬のぬくみは
この床のぬくみに似てゐるのかしら
私は やはらかいぬくみの中に体をよこたへて
魚のよ[#「よ」に「ママ」注記]うに夢を見てゐました

「化粧には松の花粉がよい
百合の花のをしべ[#「をしべ」に傍点]を少し唇にぬつてごらんなさい」 と

そして
私はちかく坐る少女を夢みてぼんやりしてゐる
ぬるい昼の部屋は窓から明りをすすつて
私のかるい頭痛は静かに額に手をのせる


「無題詩」

夜になると訪ねてくるものがある

気づいて見ると
なるほど毎夜訪ねてくる変ん[#「ん」に「ママ」の注記]なものがある

それは ごく細い髪の毛か
さもなければ遠くの方で土を堀り[#「堀」に「ママ」注記]かへす指だ

さびしいのだ
さびしいから訪ねて来るのだ

訪ねて来てもそのまま消えてしまつて
いつも私の部屋にゐる私一人だ


「四月の原に私は来てゐる」

過去は首のない立像だ

或る年
ていねいに
恋は 青草ののびた土手に埋められた

それからは
毎年そこへ萠へ[#「へ」に「ママ」注記]出づる毒草があるのです

青い四月の空の下に
南風がそこの土手を通るときゆらゆらゆれながら
人を喰ふやうな形をして咲いてゐる花がそれなのです


「馬」

三十になれば――
そんなことを思ひつづけて暮らしてしまつた
一日

ずつと年下の弟にわけもなくうらぎられて
あとは 口ひとつきかずに白靴を赤く染めかへるのに半日もかかつて
何を考へるではなしいつしんに靴をみがいてゐたんだ

そして夜は雨降りだ


「月を見て坂を登る」

はやり眼のやうな
月が
ぼんやりと街の上に登りかけた

若い娘をそとへ出しては
みにくくなります

今夜は「青い夜」です


「ハンカチから卵を出します」

私は魔術を見てゐた

魔術師は
赤と青の大きいだんだらの服を着てゐた

そして
魔術師は何かごまかさうとしてゐたが

とうとう
又 ハンカチの中から卵を一つ出してしまつた


「商に就いての答」

もしも私が商(あきなひ)をするとすれば
午前中は下駄屋をやります
そして
美しい娘に卵形の下駄に赤い緒をたててやります

午後の甘ま[#「ま」に「ママ」注記]つたるい退屈な時間を
夕方まで化粧店を開きます
そして
ねんいりに美しい顔に化粧をしてやります
うまいところにほくろを入れて 紅もさします
それでも夕方までにはしあげをして
あとは腕をくんで一時間か二時間を一緒に散歩に出かけます

夜は
花や星で飾つた恋文の夜店を出して
恋をする美しい女に高く売りつけます


「無題詩」

懶い手は
六月の草原だ

もの怯えした――人の形をした草原だ

×

寂び[#「び」に「ママ」注記]しげに連なつた五本の指――は
魂を売つてゐた


「無題詩」

昨夜 私はなかなか眠れなかつた

そして
湿つた蚊帳の中に雨の匂ひをかいでゐた
夜はラシヤのやうに厚く
私は自分の寝てゐるのを見てゐた

それからよほど夜る[#「る」に「ママ」注記]おそくなつてから
夢で さびしい男に追はれてゐた


「黄色の夢の話」

私の前に立つてゐる人はいつたい誰でせう

チヨツキ[#「チヨツキ」に傍点]に黄色のボタンをつけてゐるからあなたの友人でせうか
それとも
何年か前の私のチヨツキ[#「チヨツキ」に傍点]を着てゐる人でせうか
それが
影ばかりになつて佇んでゐるのですが


「うす曇る日」

私は今日は
私のそばを通る人にはそつと気もちだけのおじぎをします
丁度その人が通りすぎるとき
その人の踵のところを見るやうに

静かに
本のページを握つたままかるく眼をつぶつて
首をたれます

うす曇る日は
私は早く窓をしめてしまひます

底本:「尾形亀之助詩集」現代詩文庫、思潮社
   1975(昭和50)年6月10日初版第1刷
   1980(昭和55)年10月1日第3刷
入力:高柳典子
校正:泉井小太郎
ファイル作成:野口英司