トモイキクラス(共に生きる~オアシス有田~)

トモイキクラス(共に生きる~オアシス有田~)

このブログは、青年・学生センターで毎週火曜日の18:30~20:00まで行なっている
『共に生きる』クラスの紹介をしています。
脳性麻痺という障碍を持っている有田憲一郎が担当し、様々なテーマでワークショップをし
たり話をしながら学びのときを持っています。

毎週火曜日 18:30~20:00

              元気いっぱいのトモイキ


 トモイキクラス・今後のワークショップ内容予定


『トモイキ(共に生きる~オアシス有田~)』は、2014年10月7日(火)をもって休会となりました。

今まで多くの参加してくださった方。支えてくださった方。応援してくださった方。

全ての方々に深く感謝申し上げます。

本当にありがとうございました。



     (内容を変更する場合があります。予めご了承ください。)


毎週火曜日は、楽しいトモイキ。

遊びにきてネ・・・ドキドキ

           《トモイキとは・・・》

 『トモイキ』は、2010年4月から毎週火曜日に青年学生センターで脳性麻痺という障碍(しょうがい)を持っている僕・有田憲一郎が担当しているクラス『共に生きる~オアシス有田~』のことです。

 「どんなことをしているか・・・。」と言うと、有田オリジナルのワークショップや話をしながら障碍者のことや弱い立場の人たちのこと・自分・相手・仲間・信頼・思いやり・命・コミュニケーション・・・など様々ことを楽しく学び考えていきます。

 言葉や文章で読むと、「硬くて難しいことをしているなぁ~。」なんて感じてしまうかもしれない。でも、覗いてみれば全く違う楽しい世界があります。「こういうことだったんだ。」ここでしか経験できないようなこと。そして、ここにしかない新たな自分との出会いが待っているかもしれないクラス。

 アットホームな雰囲気で、笑顔と笑いあふれる時間(とき)。

是非、あなたも気楽に参加してみませんか。

詳しい内容は、こちら

また、トモイキクラス・僕のサポート(お手伝い)をしてくださる方を求めています。

詳しくは、こちら

                    トモイキ担当:有田 憲一郎


トモイキで大切にしていること:信頼・コミュニケーション・思い合う心

            互いを尊重し合うこと・分かち合い・・・など。


活動場所:青年・学生センター (仙台市青葉区錦町1-13-6)
  電 話:022-222-0992
 クラス日:毎週水曜日

  時 間:18:30~20:00(途中参加も大歓迎!)

クラス担当:有田 憲一郎
  メール:ariken@lemon.plala.or.jp (有田)


トモイキクラスのお手伝い(サポート)くださる方を募集しています。

詳しくは、『サポートくださる方・募集 』をご覧ください。

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皆さん、こんにちは。
季節は冬到来。
数日前、仙台にも初雪が降りました。
もう、すっかりと冬の足音が聞こえているようです。

《有田の話》
このブログを更新するのも久々のような気がします。
約1ヶ月半ぶりになるでしょうかぁ・・・。
その間、
「トモイキは、ちゃんとやってるのか。」
などと心配してくださっていた方。
メールをくださった方もいらっしゃり、
「本当にありがたいことだなぁ・・・。」
と感謝の思いいっぱいです。
実は、このトモイキクラス。
9月いっぱいで、休会となってしまいました。
参加してくださった皆さん。
応援して支えてくださった皆さん。
「もっと早くお知らせしよう。」
と思いつつ
「何とか継続できないだろうか・・・。」
と話し合いを重ねてきましたが、苦渋の選択をせざる負えなく・・・。
トモイキクラスの休会という決断に至ってしまいました。
今まで4年半。
回数にすると、150回程度になると思います。
オリジナルに考えたワークショップと話。
「今日は何をするんだろうね。」
と、楽しみにして参加してくれた仲間。
そこには、笑顔と笑いがありました。
「僕にしか伝えられない。他ではやらないことをしよう。」
多くの仲間とともに、多くの学びと体験をしてきました。
休会になってしまい残念ですが、多くの方に参加してくださり・・・。
多くの方に活動を支えていただいたことに深く感謝申し上げます。
ありがとうございました。
皆さん、こんにちは。
季節は、もう秋。
だんだんと涼しく。
そして、寒くなってきましたね。

《有田の話》
久々のトモイキ。
今日は、ちょっと
「説明するのは難しいけれど、伝えたいことだからやってみよう。」
と言ったような感じのことを話してみたい。
そして、ワークショップをしてみたいと思います。
僕たちは普段、自由に動くことができます。
歩くことができます。
また、見ることができる。
自分の興味や関心が関心があるもの。
見たいものや知りたいことがあったりすると、自然に足が動き近くまで近づく。
「近くでじっくり、この目で見たい。」
気になれば気になるほど・・・。
関心があればなおさら、じっくりと近づいて見てみたくなるもの。
これが、人間の心理です。
身体が不自由で、一人では動くことができない。
車イスを一人で漕ぐことができない。
今、僕は電動車イスに乗っています。
電動車イスに乗っていれば、自分一人で行きたいところにいくことができる。
見たいところに行って、自由に見ることができる。
そして、こうしてクラスをしているときでも自由に動いて説明することができる。
あまり気づかないかもしれませんが、これはとても素晴らしいことだと思います。
自分で自由に動ける喜び。
「動けることが当たり前。」
と思っている方が多いのかもしれません。
しかし、ちょっと考えてみてください。
自分で動けることができるということ。
それは
「本当は実は素晴らしいことなんだ。」
僕はそう感じていて、
「感謝をしないと罰が当たる。」
なんて思ったりします。
なかなか動くことができないからこそ、そう思いいろいろと感じることが強くあるのかもしれません。
僕自身電動車イスに乗ってもらえれば一人で動くことができますが、手動車イスでは全く動くことができません。
自分で漕いで動くことができない。
そこに一つのもどかしさを感じます。
一人で自由に動けないもどかしさ。
誰かに押してもらって、行きたい場所に連れていってもらう。
見たいところに連れていってもらったりしています。
車イスに乗っていると、いろんなことを感じます。
特に自分では動かすことができない手動の車イスでは・・・。
例えば
「ちょっと見えないなぁ・・・。」
とか
「もっと近くに行ってみたいなぁ・・・。」
とか・・・。
お願いをして連れていってもらったり、分かっている方や仲間だったりすると
「もっと見える場所に行こうか。」
などと言って見やすい位置や見やすい場所に連れていってくれたりします。
例えば、博物館や水族館。
あるいは、動物園やイベント会場。
どこでもいいのですが・・・。
皆さん、楽しみにして来るわけですね。
そして
「とにかく、見たい。」
と、我ぞ我ぞと前に流れていく。
前に出ていく人たちも多くいます。
これが、現実です。
これこそ、あっという間の出来事かもしれません。
僕の目の前は、人だらけ。
僕には、人にお尻しか見えません。
悲しいながら、そんな状況になってしまうことも少なくはないのです。
車イスの僕は、こうして見たいものも見れなくなってしまうこともあります。
また、こんなこともあります。
例えば、書類や提出物。
僕のところには、多くの申請書類が届きます。
提出物ですから、書いて出さないといけません。
しかし、僕は自分で書くことができません。
そこで代筆してもらいます。
このときに自分の横で、自分が言った内容を書いてもらいます。
そして、一つ一つ確認しながら書いていってもらいます。
これが基本。
僕のことですから、僕がお願いをした相手と一緒に書く。
「当たり前。」
と言ってしまえば、当たり前。
基本的なことだと思います。
しかし、たまに
「後で書いておきますよ。」
なんて言ったようなことなどがあります。
時間に余裕がなかったり、忙しかったりとか・・・。
いろんな状況が考えられ、想定されたりします。
本人の意志で確認しながら記入する。
まれに本人のいないところで記入してしまう。
そして、
「これで大丈夫ですか。」
なんていうようなケースもあったりします。
それぞれの考え方や、その人。
障碍によっても違いますが、僕は本人と一緒に本人と確認しながら記入してもらいたい。
どんなに時間がかかろうとも・・・。
僕は両親から、そのように教えられてきました。
今日はちょっと、離れた位置から伝える。
そして、本人が見えないもの。
「観たい。」
という思い。
その内にあるものを少し考えてみたいと思います。

《離れた位置から伝える》
・人数:3人。
・準備物:ジェンガ・布。
・ルール:
①3人は、それぞれ遠く離れた場所に座る。
②1人は障碍者役となり、自分で動くことができない。
③もう1人は介助者役となり、3人目の人は課題を作る役となる。
④課題を作る役になった人は、介助者役になった人が見えないように課題を作り布で隠す。
⑤障碍者役になった人は、言葉(もしくはジェスチャー)だけで介助者役になった人に伝え課題を作る。

《観たい絵》
・人数:3人。
・準備物:紙・ペン。
・ルール:
①1人は障碍者役となり、自分で動くことができない。
②障碍者役になった人は、遠く離れた場所に座る。
③もう1人は絵を描く役となり、紙に絵を描く。
④3人目の人は絵を描く役になった人の絵を観て、いろいろと話をする。
⑤障碍者役になった人は、書かれた絵を観ることができない。

皆さん、こんにちは。
関東地方が梅雨明けしたようで・・・。
「東北は、もう少しかなぁ・・・。」
と、東北の梅雨明けが待ち遠しいです。

「こんにちは。ありがとう。今日もよろしくね。」
「今日は映画会ですね。」
「うん。」
「DVD、借りてきたので・・・。」
「ありがとう。あった?」

「ありました。」

「良かった。じゃあ、上行って準備ししようか。」

「はい。」
 
「今日は、この形か。」
「配置、どうします?」
「長イスに座ってもらう感じで、長テーブルが2脚、長い方でつなげて並んであるし、 このままでいいよ。」
「(イス)足りなかったら、持ってくればいいね。」
「うん。」
「パソコンとスピーカー、どこに置こうか?」
「テーブルの真ん中辺りに置いてくれる。」
「ここでいい?」
「うん。電源取れそう?延長コード、ステレオのとこにあるよ。」
「ちょうど真下に(コンセプト)あるから、大丈夫。全部つなぐね。」
「うん。」
「じゃあ、試しに流すね。音、出すよ。」
「うん。」
「聞こえるね。音、大きい?」
「大丈夫。」
 
「目隠し(バンダナ)出すね。」
「うん。」
「今日は、何人ぐらい来るかな? みんな、来てくれるといいけど・・・。 楽し いのにね。」
「とりあえず、5・6人分、出しとこうか。」
「OK。」
「(僕のリュックから)カメラとノート出してくれる。」
「そうだった。準備はOKかな。」

「うん。」

 

「打ち合わせしようか。」
「はい。」
「今日は予定通り、目隠し映画鑑賞会をします。いつものように僕が話をして、話が終わったら、みんなに目隠ししてもらいます。全員に目隠ししたら、映画を始めてください。」
「有田さんにも目隠しして、映画を流しますね。」
「っで、DVDは通常の設定で流してください。」
「分かりました。」
「今回は音声ガイドなしで普通に観て(聞いて)もらって、みんなにいろいろ感じて考えてもらいたいと思っているから。」
「なるほど・・・。通常の設定で流します。」

「お願いします。」

「DVD(映画)をセットしたら、私も目隠ししますね。」

「うん。そして映画が終わったら、いつものように分かち合いをしましょう。」

「分かち合いのときも、みんな目隠しのままでやる?」
「それも考えたんだけど・・・。」

「やっぱり。」

「今回は目隠し外して、いつものようにやろうか。」
「分かった。」
「そんな感じでお願いします。」
「はい。」

 

「実は私、目隠ししての映画、一度体験しておきたいと思ってたんだ。」

「ホント?。ちょうどよかったじゃん。」

「ホント、楽しみ。」

「これから、福祉の道に進むにしろ、違う道に進むにもしろ、経験したことはきっと何かの役に立つと思うよ。」

 

「そろそろ、みんな来ますね。有田さん、ハチマキする?」

「今日は、大丈夫。」


《有田の話》
先週、『言葉の力』というワークショップをしました。

その振り替えりで
「普段の生活の中で、言葉でちゃんと相手に伝えられているだろうか・・・。」
という話や疑問が出ました。
そして
「視覚じゃなくて言葉だけを頼りに映画を観たら、どんな感じなんだろう。目隠しして映画を観たら。どこまで伝わって、どこまで理解できるのだろうか・・・。」
それは視覚からの情報をなくし、音声のみだけで・・・。
というもの。
「体験してみたい?来週、やってみようか?」
ということで、今日は『目隠し映画会』というワークショップをします。

皆さんには、今から目隠しをして1本の映画を観てもらいます。

映画を目で観ることはできません。

言葉と音だけで映画を楽しんでもらいます。

視覚からの情報を得ることはできません。

声や周りの空気や音なども、いつもより敏感に感じるかもしれません。
そしてそれは、初めて経験する感覚になると思います。

普段、僕たちは視覚や聴覚などをフルに活用して情報を得ています。
その情報の8割は、視覚から得ていると言われています。
今日は、視覚からの情報をなくした状態で音声だけで1本の映画を観たいと思います。
今から耳だけで映画を観て、何かを感じてください。

今日、観る映画は『ブタがいた教室』にしました。

最近では、視覚障碍者の方も映画を楽しめるよう音声ガイド付きのDVDや映画鑑賞会というものも行われるようになってきていますが、今日は音声ガイドは付けません。
通常の映画バージョンで流します。

今から映画を観て、聞いて描かれている内容。
音声だけで、いろんなことを感じ考え、そして想像してみてください。
それでは、映画会を始めます。

 

「それでは今から目隠し映画会を始めます。皆さん、好きなバンダナを選んで、目隠ししてください。」
「は~い。」
「見えたら(体験する)意味がないので、見えないようにしっかりと締めてくださいね。」
 
《目隠し映画鑑賞⦆
・人数:1人以上(今回:4人)。
・準備物:ノートパソコン・スピーカー・DVD・バンダナ(目隠し用)。
・ルール:
①全員、目隠しをする。
②DVDを流す(今回は、『ブタがいた教室』を観ました。)
③途中で目隠しを外して観てはいけない。
 
「有田さんも目隠ししましょう。」
「お願いします。」
「バンダナは、何色にする?」
「迷彩にしようかな。」
「迷彩ね。」
 
「その前に、もう少しお茶、飲んでおいたら。目隠ししたら飲めないと思うし、長丁場だから。水分補給して。」
「うん。」
 
「私たちは1枚で見えないけれど、有田さんの場合、(障碍の関係で)見えちゃうかも・・・。見えないように、目と目隠しの間にハンカチ1枚挟んでおくね。」
「うん。」
「こうして重ねて厚くして、きつく縛れば、大丈夫でしょう。緊張が強くなったとしても、見えないと思う。」
 
「お茶は、もう大丈夫です?」
「うん。」
「じゃあ、目隠ししますね。」
「はい。」
 
「見えてない?」
「見えない。」
「透けて見えてないよね?」
「うん。真っ暗。結構、きつくいくね。」

「(不随意運動で)顔とか首とか頭とか動いて、緩んだり取れたりして見えちゃうと意味ないから、いつもよりきつめに締めるよ。」

「うん。」
 
「ちょっとでも見えたら意味がないから、最後まで絶対に見せないようにしないと・・・。よし、これでどうだ。痛くない?」
「うん、大丈夫。」
「かなりきつくしたから、動いても手が当たっても大丈夫。」
「うん。」
 
目隠しされました。
 
「これだけ締めとけば動いても大丈夫でしょう。取れる心配はないと思うけど、もし緩んできたり、観えそうになってきたら言ってね。締め直すから。」
「ありがとう。」
 

「始める前に記録写真、撮ってね。」

「そうだった。」
 

「それでは始めます。映画が終わるまで、観てはいけません。私も目隠ししました。」
 
 《映画終了後》
「皆さん、目隠し外していいですよ。」
「眩し~。」
 
「有田さんも、目隠し取りますよ。」
「うん。」
「かなり締めちゃったから、きつかったでしょう?」
「大丈夫。」

「でも最後まで観えなかったでしょう?」

「うん。ちゃんと最後まで、しっかり体験できてよかったよ。」
「途中で(ズレたり取れたり)観えなくてよかった。」
 
「少し分かち合いをしましょう。感想とか感じたことがあれば、自由に・・・。」
 
《感想の一部》
「静かなシーンで何をしているか分からなかった。」
「途中で、観たくなった。」
「目隠しを取りたかった。」
「いろんなことを想像する。」
「四季の移り変わりは分かったよね。」
「セルフの中の表現やその言葉の思いを考えた。」
「私たちは普段見えているからいろんな場面や背景などを想像することができるけど、先天性の視覚障碍者の方が観たらどこまで想像することができるんだろう・・・などと感じた。」

また、やりましょう。

皆さん、こんにちは。
台風が過ぎ去り、暑い日が続いています。
「いよいよ、夏本番。」
そんな感じも近づいているのでしょうか。

 

《有田の話》
今回のトモイキ。
久しぶりにワークショップをします。
ちょっと大がかりで、長めのワークショップ。
1時間程度かかる新作を準備しました。
今日は『言葉の力』というワークショップをしました。
普段僕たちは、目と目。
顔と顔を見ながら、お互いにコミュニケーションを図っています。
会話。
話す言葉と同士に僕たちは、表情やしぐさ。
動きなどを加えながら、相手に分かるように伝えようといています。
聞く相手も必死で思いを受け取ろうとしています。
「思いを伝えよう。」
と必死なのでしょう。
無意識のうちに手や身体などが動いている。
言葉と同士に自然とジェスチャーなどが加わっている。
そんな経験はないでしょうか。
今日は、コミュニケーションの難しさと大切さを考えていきます。
視覚に頼らず言葉だけで全て伝えて受け取る。
その中で、普段僕たちが行なっているコミュニケーションのありがたさ。
便利さ。
大切さを感じて、それぞれコミュニケーションについて考える時間にしたいと思います。
長めのワークショップなので僕の話はここまで。
今日は、行う内容の説明やルールの説明もしません。
実際にやりながら意図や内容など感じてください。
そして、本当に大切なコミュニケーションというものを考えてみてください。
それでは、始めます。


「○○さん(カメラマン)、僕にハチマキして。」

「は~い。今日は、何色にします?」

「黒でお願いします。後で、目隠しにも使うから。」

「じゃあ、見えないようにするね。」

「うん。」


「何が始まるんだろう・・・?」
「楽しみだ。」
「今日の有田さん、久しぶりに本気モードだよ。本気になると、怖いからね~。」
「ホント。」


「それでは、始めます。××さんは、この椅子に座ってください。」
「はい。」
お互い、背中合わせに座らせられました。

「今から××さんに僕の指示で、ある課題をしてもらいます。」
「はい。」
「その課題が出来たら、今度は同じように○○さんに伝えてください。」
「はい。」

「○○さん。課題ある程度記録を撮ったら、課題が分からないように、そこの椅子に座って目隠しして待っててください。」
「分かりました。耳栓もしようか?。」
「そうね。」
「は~い。」

 

「普段、会話するときなんかはお互いに目と目を合わせてコミュニケーションをとっていると思いますが、今から××さんと僕は顔も目も合わせることはできません。僕たちのコミュニケーションは言葉。お互いの会話だけになります。」
「はい。」
「では、××さん、目隠ししてください。」
「はい。」


××さんが目隠しされてしまいました。
しばらくして、次の指示が・・・。

《言葉の力》
人数:2人以上。
準備物:机、イス、ホワイトボード、ジェンガ、バンダナ(目隠し用)、手ぬぐい(覆い隠し用)。
ルール:様々なパターンで行なえます。
①1人は伝える役となり、手などを使ってはいけない。
②もう1人は、指示に従って動く役となる。
③2人のコミュニケーションは全て言葉のみで行ない、全行程の9割はお互いに目を合わせること・表情を見ることができない。
④2人は背中合わせでイスに座りる。
⑤しばらくして、指示に従って動く役になった人は目隠しをする。
⑥数分間、静かなときを持つ。
⑦伝える役になった人は、指示に従って動く役になった人を言葉だけで第1ステージの場所まで誘導していく。
⑧伝える役になった人は、ジェンガで作りたい形を考える。
⑨指示に従って動く役になった人は、伝える役になった人の指示に従いジェンガで形を作っていく。
⑲第1ステージと第2ステージの間には、ホワイトボードで壁が作られている。
⑪伝える役になった人は、指示に従って動く役になった人を言葉だけで第2ステージの場所まで誘導していく。
⑫伝える役になった人は目隠しをし、指示に従って動く役になった人は目隠しを外す。
⑬指示に従って動く役になった人は、伝える役になった人の指示に従いジェンガで形を作っていく。
⑭ジェンガで形を作り終えたら、布で作品を覆い隠す。
⑮指示に従って動く役になった人は、伝える役になった人を言葉だけで第3ステージの場所まで誘導していく。
⑯伝える役になった人は、目隠しを外す。
⑰指示に従って動く役になった人は、伝える役になった人の指示に従いジェンガで形を作っていく。
⑱ジェンガで形を作り終えたら、布で作品を覆い隠す。
⑲伝える役になった人は、目隠しをする。
⑳指示に従って動く役になった人は、伝える役になった人を言葉だけで第4ステージの場所まで誘導していく。
㉑伝える役になった人は、指示に従って動く役になった人の指示に従いジェンガで形を作っていく。
㉒ジェンガで形を作り終えたら、布で作品を覆い隠す。
㉓指示に従って動く役になった人は、伝える役になった人を言葉だけでゴールのイスの場所まで誘導していく。
㉔伝える役になった人は、目隠しを外す。


「ちゃんと誘導してね。」
「もう少し、右向いて。」
「こっち・・・?」
「そのまま、ゆっくり真っ直ぐ。」


「何を作るの・・・?」
「それを右に持っていって。ゆっくりね。」
「ここ・・・?」

「角度を変えたいんだ。」
「・・・?」
「そう。」


「私(○○さん)、目隠しと耳栓します。」

「はい。」

「××さん、ちゃんと私に伝えられるように頑張ってね。」

楽しかった。
奥が深いね~。
いろいろ考えたよ。

皆さん、こんにちは。
猛烈な強さの台風。
日本各地に大きな被害が出てしまいました。
何とも言葉になりません。

《有田の話》
今回のトモイキは、前回の続きのような・・・。
でも、ちょっと違う内容の話のような・・・。
繋がっているようで、繋がっていない。
先に進んだ話のような・・・。
そんな話題で、トモイキが進みました。
久しぶりの仲間に前回の内容を話すことから始まりました。
なぜ、僕が
「福祉。」
という自分の生活自体にまさに密着していることなのに嫌いになってしまったのか・・・。
書いてしまうと問題になってしまいそう。
そこには、現実に起こった家族。
ボランディアという意味を考えるものかもしれません。
仕事をし、生活が安定し・・・。
暮らしていける。
それは自分の中で
「豊かさ。」
というか、心や時間などに余裕とゆとりができたとき
「何かボランティアでも初めてみようか・・・。」
そう思い仕事や生活に影響が出ない範囲で好きな分野でやってみる。
本来のボランティアというのは、そんな考えがある上で行なっていくものだろうと思います。
生活が基本にあって、
「ボランティア。」
という根本的な理念が成り立っていく。
それが、ボランティアの考え方でしょう。
ところが、僕の父親は真逆の考え方だったんでしょうね。
あまり詳しく書けませんが、表と裏。
全く違う家族の現実があります。
「ウチの息子を使っていいよ。」
と、やりたくなかった福祉用具の開発モデルにさせられたり・・・。
障碍教育のモデルにさせられたり・・・。
「いやだなぁ・・・。」
そう思いながらも、仕方なくいうことを聞いていた生活。
怖かったのでしょう。
そんな現実が僕を福祉嫌いにさせてしまったのだと思います。
話は、支援センターの活動に移りました。
僕自身、支援センターへの思いは強く持っています。
震災が起きてから、その思いは変わりません。
「毎日、関わりたい。」
そんな思いが強くある中で、なかなか関わることが難しい僕。
自分の中で、いろんな葛藤もあります。
障碍というものと、
「関わりたい。」
という思い。
毎月やっている子供プログラム。
ささっこクラブ。
仲間の協力で、参加させてもらっています。
参加させてもらうること。
本当に嬉しい。
これから、本当の復興に向けて大変になってくると思います。
内容も変わってくる。
その中で、
「どういう関わり方が求められてくるのか・・・。」
考えていかなければいけません。
そんな話をしました。

「最近、ワークショップやってないんじゃないの・・・?」
「そうね~。なかなかやれていないんだね。」
「そろそろ、やりたいなぁ~。」
「来週、ワークショップやろうか。」
「いいね。楽しみだ。」