1人で迎える2度目のお正月。
二世帯住宅で1階に住んでいる義父母は、喪があけた今年、お正月の飾りをしなかった。
8年一緒の家でお正月を迎えて初めてのこと。
まだそんな気分にはなれないって気持ちが、痛いほど伝わる。
去年は、主人が亡くなったと知らずに、主人宛の年賀状が数枚届いていることが虚しかったけど、
今年は1通も来てなくて、それはそれで主人がこの世に存在しない現実を突きつけられてるようで寂しい。
そして、当然のことながら、私宛てに来る年賀状は、子供の写真つき、夫婦連盟のもので、
主人がいたころは何も感じなかったけれど、今は幸せ家族オーラを猛烈に感じ、
それを微笑ましく思う心のゆとりはまだない。
(これは単に、私の性格の悪さかのせいもあるかもしれないけど。)
それでも、1年経った今は、確実に泣く回数は減り、笑う回数は増えている。
そんな自分に、ちょっぴり罪悪感を感じるけれど、これが正常な反応なんだとも思う。
久々に主人の携帯番号に電話をしたら、「現在使われておりません」ではなく、呼び出し音が鳴って、慌てて切った。
もう、主人の番号にかけることはない。
二世帯住宅で1階に住んでいる義父母は、喪があけた今年、お正月の飾りをしなかった。
8年一緒の家でお正月を迎えて初めてのこと。
まだそんな気分にはなれないって気持ちが、痛いほど伝わる。
去年は、主人が亡くなったと知らずに、主人宛の年賀状が数枚届いていることが虚しかったけど、
今年は1通も来てなくて、それはそれで主人がこの世に存在しない現実を突きつけられてるようで寂しい。
そして、当然のことながら、私宛てに来る年賀状は、子供の写真つき、夫婦連盟のもので、
主人がいたころは何も感じなかったけれど、今は幸せ家族オーラを猛烈に感じ、
それを微笑ましく思う心のゆとりはまだない。
(これは単に、私の性格の悪さかのせいもあるかもしれないけど。)
それでも、1年経った今は、確実に泣く回数は減り、笑う回数は増えている。
そんな自分に、ちょっぴり罪悪感を感じるけれど、これが正常な反応なんだとも思う。
久々に主人の携帯番号に電話をしたら、「現在使われておりません」ではなく、呼び出し音が鳴って、慌てて切った。
もう、主人の番号にかけることはない。


