tomoe-designのブログ

tomoe-designのブログ

ブログの説明を入力します。

Amebaでブログを始めよう!
ここのところ煮詰まって考えている。

わたしの「つくる理由」。


そんな堅苦しく考えることないじゃん、とか


突き動くままにつくればいい、とか


わたしじゃない誰かの声があたまをかすめる。



それでも頑固なわたしはやっぱり「つくる理由」がほしい。






このあいだバイトの帰り、TSUTAYAでふと気になっていたDVDを借りた。


藤原竜也の「情熱大陸」。およそ10年前。


彼はわたしと同じ年に生まれていたらしい。

学年はちがうけど、生まれた月日は3ヶ月しか変わらない。


と、いう事実に軽いショックを受けつつも、DVD鑑賞。



若干二十歳。とにかくまっすぐだ、という感想しかない。


彼のひたむきさと真摯さと情熱に完全にノックアウト(笑)。


同じ年に生まれたが、彼は遥かに遠い山の頂きにいる。



そしてわたしの「惹かれる人研究」はまだまだ続く。


ここのところ気にしてみている「プロフェッショナル仕事の流儀」


栗原はるみさん。福島屋の経営者、福島 徹さん。三谷幸喜さん。


そして話は飛ぶが、最近復活した木村カエラちゃんのアルバムも聴いている。


皆川さんの「mina perhonen?」という本もよく読んでいる。



すばらしく活躍している人たちに共通項が見つかった。



みんなそれぞれの「つたえたいこと」がある。



当たり前のことだろうけど、いちばんだいじなこと。



その人たちの「つたえたいこと」の先には、かならず、ひとがいる。



みんなだれかに、何かを伝えて、元気になってもらったり、


よろこんでもらったり、たのしんでもらうために、


それぞれの「媒体」を通して、それを表現している。




かならずその先に「だれか」がいる。


自分で満足で終わってない。



だからひとのこころを打つんだ。



それが万人じゃなくったって、いいと思う。


万人に伝わるものもあるし、一部にしか伝わらないものもある。


それぞれに価値がある。




じゃあ、それぞれなんで伝える「媒体」がちがうのだろうか?


わたしはかんがえた(笑)



それは人それぞれで、こころが震えたこと、光が見えたこと、世界が変わったこと


が、ちがうからなんではないかと。。。





じぶんを振り返ってみたとき、それはまちがいなく「モノ」だった。


作られた製品、印刷物、空間。



モノにもいろいろあるけど、わたしの場合は特に手でつかめる範囲の「モノ」。




いまのところの生涯で、「モノ」に開眼したと言える瞬間は、


大学3年生の夏。長崎は波佐見でつくった鋳込みのぐいのみだった。



無心で「いい」と思える形を削りだした。


尊敬している窯元の師匠は、それを褒めてくれた。


「ほう・・・・・」といって、うれしそうに眺めて、みとれてくれた。



ほんとはどう思ってたのかわからないけれど、


わたしは生きてきた中でいちばんと言っていいくらい、うれしかった。


美大受験も補欠ギリギリで入ったし、


入ってからも何を作りたいかもわからなくて、作品はへなちょこだし、


だから全く自分というやつに自信がない状態だったから、


よけいにうれしかったのかもしれない。今よりもっともっと、自信がなかった。



そんなわたしにとっては、あの日は、もう一度生まれた日だった。



そのことがあってから、「じぶんがこころ惹かれること」の声が、徐々に聞こえてくるようになった。


深澤直人さん、葛西薫さん、ルーシー・リー、川久保玲さん。



このひとたちのクリエイションに出会えたことが、


いまの自分の、ものの価値をきめる柱をつくってくれたような気がする。


たいへんおこがましいけど(笑)





ところで、自己満足って悪いようにとられがちだけど、ほんとはとっても大切なことにおもう。


自分を満足させることが何よりむつかしいし、それをクリアできれば


自分と同じ世界をみてくれている、まだ見ぬ誰かにも、きっと満足してもらえるはずだ。




おっと、はなしがだいぶ脱線してしまった。


よくあること(笑)よく相方にいやがられる(笑)




そう、何を言いたいかといえば、わたしには「自分で満足」を超えた、


「だれかに伝えたい」という思いが足りてない、ということ。



そしてそれが、これからの私のクリエイションのだいじな軸になる。きっと。



だから、だいじに見つけてかなきゃけない。と いま思っている。



「だれに、どんなおもいをつたえたいのか」



表現するものは、それは単なる媒体にすぎなくて


その「媒体」が、わたしにとっては「モノ」だというだけのはなし。




いっぱいいっぱい、かんがえよう。



わたしはいままでたくさん、「モノ」に光をもらってきた。





あ、そうそう。げんきをわけてもらえる「モノ」には、特徴があるんだった。



それは「だいじにつくられている」、ということ。



モノには「気」というやつがきっと宿っていて、


「気」は循環して、つかう人に伝わって、つかう人はそれを受け止めて、


そしてまた「モノ」に還してあげるんだ。



だから、「だいじにつくられたモノ」は、おそらく長い間大切にされる。



つくるひとがだいじにつくってあげると、その気は循環するんだ。




わたしが今まで「いい気」をもらってきたモノたちは、


いま振りかえると、きっとそういうふうなモノたちだったにちがいない。







































つぶやき的なブログになってしまうけど、
いまあることでとても悩んでいて。

商品デザインの仕事をコンスタントにこなせるようになってきて、
さらに書籍の仕事のお手伝いもさせていただけて。

レストランのアルバイト、商品デザイン、書籍。
続ければある程度の収入には、なります。

だけど、なんだろう。このモチベーションの上がらなさは。。

と、いう自分の心に気づいてしまった。。



書籍の仕事は、きっと生半可なもんじゃない。
今ない知識と技術と、さらに気持ちがないと、応えられる気がしない。

商品デザインは、はじめは楽しめたけど、やはり方向が違いすぎて、
取り組むことが苦痛になってきてしまいました。


いちばんやりたいこと、時間を使いたいことは、
独自の商品をつくること。

それが全然進んでない今。


生きてくために、おかねは必須だけど、
イヤイヤの仕事でおかねを得るのはもうやっちゃいけない。


ミナの皆川さんみたいに、昼間は魚市場で汗して、
午後は服をつくる、みたいに 、
シンプルにがんばんなきゃダメだ、わたし。


貴重な収入元を絶つのは勇気がいるけど。


なんかここが、分かれ道のような気がするし。



ほんとに向かいたい方向へ、よくばりにならなきゃだ。





ひさしぶりの更新になってしまいました。


いろいろな出来事があったのだけど、


書きたいと思ってるうちに今日まできてしまいました。


ざっとまとめると、3連休は東京に行き、友人達と会い、


帰ってきて風邪を引き、バイト休み~の仕事滞り~の(笑)


回復してバイトやら仕事やらに追われ、なんとか完了し、


昨日から今日、明日と気ままな3連休をたのしんで今に至ります。



で、今日は東京から出張でやってきた大学時代の友人と


仙台牛タンランチしました( ´ ▽ ` )ノやはりいつ食べてもおいしい♪


友人にもひさしぶりに会えて、ちょっとだけでも近況を聞けたからうれしい。


会えるだけでも元気になれるね。友達ってありがたいな~~( i _ i )



レストランのバイトも、アニメ商品デザインの仕事も、


すこしずつだけどペースができてきたから


これからもしっかりいい仕事したい。


書籍の仕事もかなりスローだけど進みつつあるので、


全力で応えるぞ~!



あ、あと以前買ったgdcの水野さんの本をまだダラダラ読んでいて(笑)


(読み終わってなくて)


「アイディアのカケラはなんでもかんでもを


ザッピングして収集する。


僕の頭の中には当たり前のことが沢山入っています」


というようなことを書かれていて、


街を歩くことやTVをみることが途端に面白くなった!


私って単純!と自分にあきれつつも、


いかに普段見ているようで周りを見ていなかったかに気づいた。


「特におもしろいものはない」とか無意識の内に思い込むと


発見ってできなくなる。


改めてこの固めのあたまを柔らかくしたいと思った。


当面、周りをよく観察することを意識して過ごしたい!