ある土曜日の夜、伯父が倒れたので明日病院に見舞いに行くが、できれば一緒に来てほしいと母から連絡があった。

その日は一日出かけていたので翌日は家にいるつもりだったが、母が頼み事をしてくるのは滅多にないし、伯父の容態も気になるので同行することにした。

伯父は数年前に亡くなった父の長兄である。私にとっては面倒見のよい話好きな人だが、以前揉め事があったらしく兄弟とは疎遠になっていた。

ちなみに今回の件は、伯父が救急搬送されたことをたまたま同じマンションに住む父の旧友が知り、父の昔の職場を通じて母に連絡が来たのだった。

伯母も存命のはずだが、しばらく前に母宛に届いた手紙には入退院が続いていることが書かれており、最近は伯母の携帯にかけても通じないことを案じていた。

そんなわけで、見舞いに行ったところで本人に会えるのか、話ができる状態なのか、他の家族は来るのかなど何もわからないが、とにかく行ってみるしかない。

待ち合わせの14時に着くと、母はすでに整理券をもらいソファに座っていた。番号を呼ばれ受付でいきさつを話したら意外にスムーズに病室までたどりついた。

病室の入口から中を伺うと、伯父はベッドのそばで車椅子に座っていた。会話は問題なくできるようで、看護士が談話室まで車椅子を押して来てくれる。

紙にときどき書きつけながら伯父が今回の顛末を話し始める。その後近況の話題に移り、伯母が一昨年亡くなっていたことを知る。

驚きながら、入退院が続いていたことは母宛の手紙にも書かれていたので、やはり…という気持ちもあった。伯父も具合が悪くて、うちに連絡できなかったそうだ。

そうこうしている間に30分の面会時間がもう終わりに近づいている。さっきの看護士から伯父の孫のAさんという女性が15時に来ると聞いたが、それまでまだしばらく時間がある。

できれば会って話したいが、面会時間を延長するのは難しそうなので、今後も連絡を取り合うことを約束して談話室を後にした。

伯母とは再婚で二人の間に子どもはいないので、孫といえば先妻との間の一人娘、Eちゃんの娘ということになる。受付に聞いてみたら、Aさんはさっき病室に向かったばかりだとわかった。

それなら出待ちしようと、彼女が戻ってくる頃まで病院内のタリーズで過ごすことにした。父もこの病院に入院していたことがあり、その頃よく寄っていた。

小さめのスコーンをコーヒーと一緒に頼む。この日はモカジャバ。華やかな風味があるのに重厚感もあって、酸味が気にならない。タリーズでは一番好きなコーヒーだ。

出待ちといっても、母も私もEちゃんの娘には会ったことがない。Eちゃんの顔だちと背恰好を二人で思い出しながらそれらしい人を目で追う。

誰が戻ってきたか受付で逐一チェックするわけではないので、Aさんにも気づいてほしくて、紙に私たちの名字を大きく書いて見えるように持ってみる。

そうしたら間もなく、紙を見つめながら私たちのほうに近づいてくる女性がいた。思いきって「Aさんですか？」と聞いたら、その人だった。

伯父には今回の入院前からケアマネージャーがついており、Aさんのほうは月に何度か様子を見に来ていたそうだ。

退院後の相談をさっき看護士さんとしてきたばかりで、投薬と訪問介護により自宅での生活が可能だとのこと。今週末には退院できるので心配はいらないという。

Aさんからしたら、私たちは突然現れた会ったこともない親戚だが、状況を手短に説明しながら、母の思い出話もよく聞いてくれた。

Aさんはうちの父にも会ったことがないが、Eちゃんが「◯◯叔父さん(←父のこと)は優しかった」と言っていたそうだ。

見舞いから何日か経って、私が大学に合格したときに、伯父夫婦がお祝いに両国のちゃんこ料理屋に連れていってくれたのを思い出した。

元力士の霧島の店で、伯父が店の人と霧島の話をしながら「でも、弱くてねぇ」と続けたので、ヒヤッとしたのを覚えている。

両親抜きで一人、伯父夫婦と対面して緊張する私に、二人とも優しくあれこれと話しかけてくれた。

そんな話もできるとよかった。