東日本太平洋冲地震で被災された多くの皆さん、心よりお見舞い申し上げます。
正直、ずっとブログを書く気持ちになれませんでした。
連日のニュースを見るたびに死者行方不明数が増え、本当にいたたまれない思いです。
当日は、リオナのお迎えの前に同じ階のお友達の家に行ってました。
幼稚園のお迎えの時間になり、友達にモモカを見てもらいリオナを迎えに行きました。
とりあえず、うちに帰り急いで着替えて友達のおうちへ行こうと思った時、あの地震がきました。
ものすごい揺れでスライド式のドアが右へ左へ動きミシミシ音がする中、とっさにリオナとテーブルの下へ隠れました。
モモカと友達のことが気になり、早く移動したかったけど、なかなか地震がおさまらず本当に恐ろしかった。
ギュッとリオナを抱きしめながら地震がおさまるのを待ちました。
おさまったと同時に急いでリオナと友達宅へ。
子供達は、泣いてることもなく、ほっとしました。
その後、外の様子を見に通路に出ると、駅ビルの壁がどさっと線路の方まで崩れ落ちていて唖然としました。
ずっと心臓がドキドキして興奮状態の中また大きな揺れが来て、急いで子供達と家まで移動するのが本当に本当に怖かった。
地震の影響で電話がつながらない中、旦那から電話が入り、パニックの私は家から出て外に出た方がいいのか聞くと、家の中にいた方が安全だといわれ家で待機することに。
でも、ずっとドキドキが治まらず不安はつのるばかり。
また、すごい地震が来た時のために、友達と荷物をまとめ食料を作り始めた。
旦那の職場は、38Fだけどエレベーターが止まってるし、帰るにしても1Fまで階段で降りなければならない。
道路は大混雑してるし、電車は止まってるため、会社に泊まるかもと連絡が入り、子供二人と私だけでは不安なことをわかってくれて、友達がずっと一緒にいてくれました。
夜10時半頃、友達の旦那様は歩いて帰宅されました。
旦那様も一緒にうちに来てくれて本当に本当に心強かった。
うちの旦那は、いろいろ大変な思いをしながら1時くらいにやっと帰ってきました。
それからも余震は続き、テレビから流れる緊急地震速報と携帯から鳴る地震のエリアメールの音にビクビクし、ゆっくり眠れませんでした。
私達よりもはるかに大変な思いをしてる被災者の方々がいるのに、翌日からスーパーは大混雑で、その日から買い占めする人達が増え、物がないし、今度は水の問題が出始め、水が売り切れてしまう・・・と普通じゃない状況が続いています。
私は、少しでも何かできたらと思い、自分ができることをやっていこうと思っています。
計画停電が実行されている中、節電はかかせないことだし、最近やたら家で 「節電節電」 言っているので、リオナも「節電だもんね!」と協力してくれています。
そして、中学の同級生が救援物資を届けに行くとのことで、友達が千羽鶴を作っていたので、私も仲間にいれてもらい77羽と少しですがつなげてもらいました。リオナも率先して 「作ろう!!」 と言い毎日頑張って作っていました。
皆の協力が復興にもつながっていきます。
現在、私の旦那も地震の関係で仙台に行っています。
兄は仕事で福島原発にも行ってました。
そして、今は気仙沼 へ。
心配ではありますが、誰かがやらないと復興にはつながりません。
どうか、被災者の方々のためにも頑張ってほしいです。
そして、無事に帰ってきて下さい。