主人が会社を起こすことになり、主人の実家に装置を置くことに。。
それに伴い、新婚時代住んでいた部屋を整理することに。
出るわでるわ・・13年の歳月のものを。・・・
松島奈々子さんなんか若いものね~~。
そこで、見つけたのが手紙!!(=⌒▽⌒=)
10年という月日が流れたのを感じるものばかり・・。
私は、高校で上京し、大学を東京で過ごし、その後東京で就職し、そして台湾に渡りました。
高校時代からの友人、大学時代からの友人、東京での職場の友人、そして実家の母や今は亡き母方の祖母。
この10年間が相馬等のように廻りました。
高校時代からの友人は、結婚式にも参加してくれて。でも、みんな男の子を出産し、実家の石川に
いるのでですが、連絡不精の私は今年も帰国しても連絡していませんでした・・。(ノ_・。)
すこし反省です。
大学時代の友達はこのアメブロでお気に入りにもある「こてにゃんこさん」
彼女がマメに手紙をくれました。
当時、卒業した大学の事務をしていたことや台湾に留学する際にお世話になったゼミの先生の
橋渡し的存在をしてくれました。
あの当時、私は台北でいろいろあって、その親友やゼミの先生(K先生)に迷惑をかけていたことが思い出しました。恩を仇で返していたんだと・・。
10年以上の歳月が経ち、ここ台湾でも少しずつ落ち着いて生活できるようになった私。
筆不精ですがお手紙なんぞ書いてみようかと思うようになりました。
親友のこてにゃんこさんには、私はひどいことを言ったり、態度をしたりしたのに、その行動や言語を大きく受け止めてくれて今でも、私と連絡取ってくれています。
彼女もその頃、子供ができないとか結婚生活や仕事のストレスで大変だっただろうに、そんなことは微塵も見せない綺麗な字で優しい書き方で手紙をマメに書いてくれて、私を応援してくれました。
今読むと本当に反省です。
K先生に関しては、私が突然紹介いただいた留学先の大学から消えて・・。
大変迷惑をかけたり、心配されたかと思います。私の前の後輩もそうだったと先生言ってたから。
東京の職場時代の友人は、私が1人暮らしの時に「ストーカー」事件に巻き込まれ、台湾に来る2ヶ月
お家にお世話になったのに。。最初の一、二年で私から連絡をしなくなりました。
というか、連絡できない状態になっていたからです。
私の引越しが、6回ですから!!
最後は、私の母。
見ず知らずの外国人を好きになったと電話で告げて、その後結婚したいって!!
私が母だったら許せるだろうか・・・。
言葉の問題や、文化の違いがあるだろうに。何も考えずに突っ走った自分だけど(今思うと早まった!!と思うけど)
そんな私を母は、「あの人はよくない人」や「止めた方がいいから帰っておいで!」
などは言わなかった。
むしろ、「良さそうな人」「言葉は通じないけど、あなたのことを大切に思ってくれているようね」と
書いて励ましてくれていました。
だから、今の私があるのでしょう。
台湾に渡って13年。
その間に、いろんなことがありました。
そんな中私の周りには私を支持してくれたり応援してくれる人たちがいるのだということの幸せを感じる
思い出の手紙でした。
最近、こんな生活嫌だ!とかこの旦那でよかったのか?
と自分を問いつける毎日を過ごしていましたが、自分の基点に戻れたような気がします。
そう、これでよかったのです。
そう思えるような気がします。
ガリちゃんのテストが終わったら、このお世話になった人々に久しぶりに
「手紙」を書いてみようと思います。
台湾での近況や子供の成長をね。
皆さんどうもありがとう!!!