こんばんは

 

漢方養生指導士 漢方上級スタイリスト

管理職OL はらとも です

 


今日はゴールデンウィーク終盤の週末ですね


 

私は、前回の記事の続きである

色んなことが重なって起こった日の

【気づいたこと】編を纏めようと

iPadを持って、午前中にカフェに行きました


 

そして午後からは

ドキュメンタリ映画を観に行く予定があり

参加したら、そのことを今、

とてつもなく書きたくなりました

 


今日は予定を変更して

そのドキュメンタリ映画を見てからの

気づきと想いを書きたいと思います

 


お越しくださり、ありがとうございます🌈

 

 

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今日、私はコロナ禍で延期になり、

一年越しで実現した、ドキュメンタリ映画の

上映会に参加しました

 


それは、映画「いきたひ」

 


癌に冒されたご主人を

ご自宅で看取ったご家族の

ドキュメンタリ映画です

 

ずっとホームビデオを回して撮ったものを

奥様の長谷川ひろ子さんが

監督をなさって作られたもの

 


その上映会に参加して参りました

 

 

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『どう死なせないかではなく

 どう生ききるか』


 

映画の中で、この言葉がとても衝撃でした

 

今でも、この言葉が頭から離れません

 

纏まっていないかもしれないけれど

今の想いを、想ったまま書き綴ってみます

 

 

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3年前、私は仕事をしながら

父の看病・介護をしていました

 

父は癌でした

 

その前年から、懸命に闘病を続けていましたが

癌が脳に転移したということで

判断能力がないとみなされ

父に関する全ての決断に関しては

以降、全て私が行うように

そう主治医に言われました

 


目の前の父は、今まで通りしっかりしていて

どう見ても判断能力がないとは思えないんです

 

でも、父の生命に関する選択全てを

私が行わなければならないんです


 

人の生命の選択をしなければならない重さ

しかも親の人生を決めてしまうという重圧

私の選択がこれでいいのかという不安

 

押しつぶされそうでした


 

ここに文字にするのも躊躇してしますが、、、

治療を続ける/続けないという選択で

「続けない」と私が決断する=「死」

を選択するということになります

 


そんなの絶対に絶対に絶対にしたくない


 

私は、父を「どう死なせないか」

ばかりにフォーカスしていました

 

 

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今の日本の保険医療の範囲内で治せないなら

自由診療でもいいから治せるところはないか

そんなことも調べました

 

納得するまで徹底的に調べたし

とにかく、死なせない選択をしたかった

 

でもそれは、

私のエゴだったのではないか。。。

 

 

父自身が「どう生ききるか」

私はそこに寄り添えていたのだろうか

 

生命の選択が辛いと思っていたのは

「どう死なせないか」


さらに究極の言い方をすれば

「いなくなったら私が寂しい

 だからそんなの絶対嫌だ」


という私のエゴが入っていたからかもしれない

 

つまり、全部私の都合です

 

 

もっと父の気持ちに寄り添えば

「私自身のため」

ではなく

「父のため」

という目線で動けたのではないか。。

 

 

その後、できる治療がなくなった時、

「家に帰れる!!!」と喜ぶ父をみて

誰もいないところで、私は思い切り泣きました

 

父は私のために

辛い治療を頑張ってくれていたんだ

私のエゴに付き合ってくれていたんだ

 

 

そう思ったら、

今度は私が覚悟する番なんだと

ここから起こるどんなことも私は受け入れると

気持ちが変容していった気がします

 


そして、誰もいないところで

父の件であんなに泣いたのも

それが最初で最後だったと思います


 

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『生き様は死に様に現れる』

 

 

この言葉もドキュメンタリの中で出てきます


これも私なりに

今、書きながら考えてみました

 


あまり話さなかったことでもあるのですが

今の気持ちのまま、少し赤裸々なことですが

続けて書きたいと思います



(ここだけ追記:

    食べる力も、起き上がる力もなく

    動けなくなっていたはずなのに、

    その日は朝から)

父は息を引き取る30分前まで

普通に動いていました

 


ただその日はなぜか

父がいつもと違っていたことを

していたのは事実です

 


・朝にお風呂に入って身支度を整える(横になったまま入れる機械で、久々に湯船にも入る)

・私と車椅子に乗ってお庭に散歩に行き、写真を撮る(滅多に写真は撮らない)

・主治医や看護師さんがいるナースステーションに急に寄り、感謝を伝える(その時間に、いつもはいない主治医がたまたまいた)

・車椅子から自分でベッドに移りたいといい、本当に自分ひとりでやる(立ち上がることも厳しい状況)

 

そして、そのあと少し寝ると言って、

そのまま旅立ちました

 

あまりに急すぎで、何が起こったか

私はわかりませんでした


 

・自分でできることは自分でする

・きちんと感謝を伝える

・身なりをきちんとする

・迷惑はかけない


 

まさに父の生き様のようだと思いました

そしてそれが全部、最期に出ていました

 

 

人生の幕引きを迎える人が

さまざまな奇跡を起こすことがあり

それを「生前四十九日」といって

旅立つ前の四十九日あたりで

その旅立ちの準備をしている

 


そうドキュメンタリの中でもありましたが

まさに私が不思議だと思っていたことが

言語化されていて、

私の中にスーッと入ってきた瞬間でした

 

 

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一年前に予定していた上映会でしたが
私にとって、このタイミングで鑑賞したことに
すごく意味がありました
 
 
最後に監督である、
奥様の長谷川ひろ子さんが
こう仰っていました
 
 
『自分を喜ばせることに躊躇しないで
 自分の至福に従ってみてください
 それがあの世の方々の喜びにも直結するからです』
 
 
そういえば、私が笑顔でいること
それを最期まで望んでいたなぁ
 
そして、その言葉を
今年に入って急に思い出したこと
 
だからこそ、今、
このドキュメンタリを見ることで
私の中で繋がったんだなぁ・・・と
 
 
生きている人が幸せであること
 
きっとお空の向こうでそれをみて
その喜びを共有したがっているのかもしれない


そう思ったら、
自分が笑っていられる選択を
し続けていけばいいのではないか
 

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上映会終了後、そのままの気持ちで
スタバでコーヒーを飲みながら
一気に赤裸々に書き上げました

校正もせず、読み返さず、
いま、このまま投稿ボタンを押そうとしています

今日は、そんな私なのでした
 

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最後までお読みくださり
ありがとうございます🍀
 
ステキな夜をお過ごしくださいませ🌠✨