葵祭

マナの壺


5月15日に京都3大祭りの一つ「葵祭」おひなさまが催されました。


路頭の儀(行列)では、勅使をはじめ検非違使、山城使、牛車、風流傘、斎王代など平安貴族そのままの姿で列をつくり、京都御所を出発し、総勢500余名、馬36頭、牛4頭、牛舎2台、輿1台の風雅な王朝行列が遠く東山や北山の峰々を眺望しながら下鴨神社へ、さらに上賀茂神社へ向かいました。

今年の 斎王代は六波羅蜜時の住職のお嬢様でした。

ご一緒した高倉先生のお陰で一般では拝見することができない

上賀茂神社での「社頭の儀」を観る事ができました。

天皇の勅使が御祭文を奏上、神馬の引き回し、舞人による「あずまあそび」の舞など、神聖でみやびな儀式を目の当たりにし京都は今でも日本の都だということが感じられた日でしたラブラブ

         舞楽  抜頭(ばとう)

  マナの壺

場所 : 南都七大寺 大安寺

出演 : アジア・アフリカ民族音楽研究会 + Sils & 葛城楽所雅遊会


奈良の大安寺にて「シルクロード音楽コンサート」音譜を観て来ました。

ここ大安寺は天平の時代、インド、中国、ベトナムの高僧たちが国籍年代を超えて

共に学び、暮らす、国際色豊かな仏教の総合大学の様相を呈したそうです。

その中でもインド僧「菩提遷那」は大仏開眼の導師を務めるという偉業を成し遂げました。

コンサートでは高倉慧学氏の構成により、シタール、二胡等の民族楽器演奏、舞楽、雅楽、

声明とのコラボレーションにより日本までの仏教東漸」が再現されました。


1300年前の東大寺「大仏開眼供養」では、実際に

このような国境を越えた民族、文化、音楽のコラボレーションが繰り広げられたそうです。


コンサートを見終わった後、当時の天平人、高僧たちの想いが

1300年の時を超えて、伝わってくるような感動を覚えたのは

私だけではなかったはずです。



         花まつり(その2)

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お釈迦様の父親は釈迦族の王さまで浄飯王(じょうぼんおう)、母親は摩耶(まや)姫といいます。

出産の為、実家に向かう途中のルンビニー園で生まれました。


「天上天下、唯我独尊、三界皆苦、我当度之」

お釈迦様は生まれると、すぐに七歩ほど歩み、右手で天を、左手で地を指差して

「人は誰でもこの世に一人だけであって予備の人間はいない。命は貴いものである。

私は苦しむ人々を救うことを第一としよう」と言いました。

すると天に住む竜が感激して甘露の雨を降らしたといいます。

花御堂はルンビニー園を、甘茶は龍が降らした甘露の雨を表します。


甘茶は、甘草という薬草の葉を煎じた物です。