私の産まれ持った個性は、
1日の中で、何があったのか詳しく話したい。
幼少期から、親に対して、話をしても聞いてもらえないと感じていた私。
実際にきいてもらっていたかどうかは別の話。
私がそう感じていたとゆう事実。
私は、話をしなくなった。
聞いてもらえない悲しさを、寂しさを感じるくらいなら、話をしなければいい。
自分が親になり、娘には話をしてほしくなった。
赤もちを知り、私や娘や夫の個性を知り、関わり方が変わり、自分にいろんな変化が表れてきた。
話をしたくなってきた。
今日何があったのかを。
話さなくなった私が、話したくなってきた。
そうだ、なぜ、話したくなったのか。
これは、娘だ!
娘が、赤もちに興味を持ち、私(知子)のことを知ろうとしてくれたからだ!
私は、嬉しかったんだ!
私を、知ろうとしてくれる人が、家にいる!
私が体験したことがなかった感覚!
そして、今、ポツリポツリと、今日あった出来事を娘に、話すようになった。
練習してる感覚。
まだ3年生の娘に、家族の愛、私が欲しかったものを、少しずつ、少しずつ、もらっている。
まだ3年生。セラピストのように聞いてくれるわけじゃない。
それでも、調子が良いときは、聞いてくれる。
これは、旦那にも、娘にほどではないが、話したくなってきていて。
旦那には、特に、私の心が大きく動いた時に、話したくなる。
こちらもまた、ポツリ、ポツリと練習。
聞いてもらえている、とゆう感覚を、少しずつ、少しずつ味わいながら、確認しながら。
旦那もまた、聞いてくれる余裕がある時だったり、長い話は、無理だから、聞く気があるか?と聞いてからのスタート。
子どもの頃に、味わいたかった事を、40歳越えてから練習。
本当に、どちらが親かわからない。
私は、今、3歳児のよう。
まだ、ポツリ、ポツリだけれど、いつか、ダラダラと話せるようになるのかな。
ダラダラ話したいのかすら、わからないけど、聞いてくれる喜びを感じて。
私が生きやすくなるために、赤ちゃんともちや、心理学を使う。