子どもふたりが不登校になって、手探りではありますが、実戦したこと、思ったことを綴っています。

兄が不登校5年間半
妹の不登校、保健室登校6年目(現在進行形)


上の子が中1の1学期で力尽き、2学期以降ポツリポツリの登校になりました。

私は毎朝、8時に「欠席します」
と学校へ電話をかける日々。
これは本当、憂鬱で苦痛で仕方なかったです。

(その後、2年生途中から、登校する時だけ電話をかけるように配慮していただきました。)

そして2学期もおわる頃、保護者会がありました。

私はいつも欠席しています。
学校や授業の様子、担任によっては親に一人ずつ子どもについてしゃべってくれ。なんて時もあります。←非常に困る

その日の保護者会では、次年度のPTA本部役員を選ぶための
「互選会」へ出る人を選出する、恐ろしいくじ引きのある日でした。

欠席した家庭の分は、担任が引きます。

まあ、そうそうアタリを引くことはないでしょう(^^;
くらいにしか思っていなかったが。

まさかの夕方、学校から着信があった。

担任「お母さん、すみません。互選会のくじ
当てちゃいました。。」

私「わかりました!大丈夫ですよ~!
お手数おかけしました(^^)」

と電話を切りました。

小学校の方でも、一度だけ互選会のくじで引かれてしまったが、第2回目の互選会で立候補で本部役員すべて決まり、無事逃げきった私。
また逃げきれるだろう。と甘く考えていたのだ。

この時、まさか次年度のPTA会長を不登校の親の私がやることになるなんて、夢にも思っていなかったのでした。


一方
小学校は、途中からスクールメールが進化し、専用サイトから「欠席」をポチっとするようになったので、だいぶ救われました。


欠席で送信していても、学校へ連絡すれば途中から登校もできるよう、先生と話し合いました。

なので、下の子は遅れて登校するときは、私の出勤時間に合わせて支度し、よく学校へ送っていました。
学校と言っても、保健室とつながっている相談室で過ごすことが多かったですが、出れる授業があるときは教室へ行きます。
兄と同じで娘もまた、お友だち関係は良好で、本当に恵まれていました。

担任になる先生方も、少しでも授業やクラスのお友だちと関われるよう努力してくださいました。

また、高学年になると、娘が出れそうな授業や、給食の時間になると保健室に2,3人でお友だちが迎えにきてくれました。
本当に有り難かった!

私は
度々、担任や保健の先生、スクールカウンセラーとのコミュニケーションを取るようにしていましたし、家庭での状況を報告したり、学校での過ごし方、お友だちとの関わりも伺いました。

そうすることで、先生方と娘、そして私も信頼関係を築くことができた
と思っています。

娘が、小学校での生活を少しでもお友だちと多く過ごしてほしい。

これが私と先生方の想いでした。

そのためには、どうしたらいいのか。
先生と話し合い、試行錯誤し
時には、娘もいっしょに面談して
登校するハードル
授業に出るハードル
を下げる方法を何度も話し合いました。

うちが通う小学校は、毎年クラス替えがあり担任も替わります。

子どもと先生の相性も、もちろんあります。

でも、どんな先生だろうと
親がやれることは、担任の先生ときちんとコミュニケーションをとること。

先生だって人間だから、全てにおいて正解を知っているわけではないですし、個性もあります。


そうして、娘の小学校生活最後の6年生。

素晴らしい担任の先生との出逢いがありました。

娘の笑顔が増え、とても明るくなりました。
学校やお友だちとの出来事も、家でよく喋るようになりました。

次回は娘の変化と、兄の不登校中に取り組んだ治療やフリースクールについて書こうと思います。


長文お読みくださり、ありがとうございます(^_^)