最近、日本の土地が外国資本によって購入される動きが、ますます加速していますね。


特に、山や水源など、自然が豊かな場所が対象になると、不安や怒りの声が上がることも多いですよね。


「大切な自然が壊されてしまうんじゃないか」「日本の土地が奪われてしまうのではないか」と、心配になる気持ち、よくわかります。



でも、もしその外国資本が、自然を壊すためではなく、守るために土地を取得していたとしたら、私たちは同じように憤りを感じるでしょうか?


たとえば、木を切り開いてメガソーラーを作るような開発であれば確かに抵抗があります。

でも、逆にその土地に人の手を入れず、森をそのままにして守ってくれていたとしたら…?

おそらく、私たちは「自然が守られるならいいことだ」と思うのではないでしょうか。

そう考えると、問題の本質は「外国の人が土地を買った」ことではないのかもしれません。




本当に気にしているのは何だろう?


あたりまえのようにそこにあった山――。
その山が、ある日突然、外国資本によって切り倒され、メガソーラーが建てられてしまった。

そうして初めて、「あの山は大切な存在だったんだ」と気づいた、そんな人も多いのではないでしょうか。


「日本人はそんなことしない」と言う声も聞きます。

たとえば、「日本人なら山を乱開発しない」「日本人は自然と共存してきた民族だから」といった意見や、「海外の企業が利益のために自然を壊しているのとは違う」という考え方もよく耳にします。


でも、実際のところ、私たちはその山を本当に大切に思っていたでしょうか?本当は、ただそこに“ある”ことに慣れてしまって、無関心だったのかもしれません。


いつも当たり前のように見ていた風景。


でも、その山が雨を受けて水を蓄え、時間をかけて濾過し、私たちの元にきれいな水を届けてくれていたことに、どれだけの人が感謝していたでしょうか。



誰かがそれを壊したときに初めて、「あれは守るべきものだった」と気づく――そんな経験、きっと私たちの暮らしの中にもたくさんあるのかもしれません。



そして今、外国資本によって山や自然が奪われ、壊されていくことで、これまで無関心だったものがどれだけ大切だったのかを、私たちはようやく気づかされているのだと思います。


それはある意味、とても貴重な「気づきのきっかけ」になっているのかもしれません。




私たちは自然を守れているの?


たとえば、私たちは普段、紙を何気なく使っています。
ノートやティッシュ、包装紙やレシート……日常の中にあふれている紙製品。


でも、その紙の原材料はどこから来ているのでしょうか?

「日本の山を切り崩すのはよくない」と思う一方で、海外の森林を伐採して作られた紙については、あまり気にしたことがない人も多いかもしれません。


「見えない場所なら気にならない」「遠い国のことだから…」――そんな気持ちが、無意識のうちに私たちの中にあるのかもしれません。


でも本当は、どこの自然であっても、そこで暮らす生き物や人々にとって大切な場所であることに変わりはありません。


だからこそ、自分が使っているものがどこから来たのか、ちょっと立ち止まって考えてみることも、大切な「自然を守る」一歩なのだと思います。




できることから始めよう


誰かを責めたり、誰が悪いのかを探したりするよりも、まずは「自分に何ができるか」をやさしく考えてみること。


自然を守るというのは、遠くの山や海の話ではなく、今日の自分の暮らしの中から始まるのかもしれません。


本当の豊かさって、きっと「誰かを責めることなく、自分たちの手で大切なものを守ろうとする気持ち」なのではないでしょうか。


そんな思いを、少しずつ日々の暮らしに取り入れていけたら。


今よりもっと、やさしくて、あたたかい未来につながっていくような気がします。