〜スピリチュアルの先にあった“人間らしさ”〜




スピリチュアルの世界に触れると、
まるで新しい扉が開いたように感じる瞬間が
あります。


宇宙の法則、エネルギーの流れ、魂の記憶…。


目に見えない世界の奥深さに触れると、
「もっと高い次元に行きたい」
「人間を超えた存在になりたい」と
思ったことが私にもありました。


けれど、不思議なことに
学びが深まれば深まるほど、最後に戻ってくるのは「人間としての自分」


スピリチュアルに夢中だった頃…


あの頃の私は、「人間3G」と呼んで、
人間であることをどこかで見下していました。


「私は宇宙に近い存在なんだ」と確信し、
人間らしい生活から離れたかったのです。


スピリチュアルを望めば望むほど、
家事も重労働に感じ、料理なんてしたい気持ちにもなりませんでした。

「人間であること」が足枷のようで、
宇宙人に近づきたくて、最後には「このカラダから抜け出したい」とすら思ったほど。


けれど、ある時ふと気づいたのです。

「私は“人間”をやりたくて、わざわざこのカラダを選んで生まれてきたんだ」 と。


その瞬間、今まで嫌っていた“人間らしさ”が、
実は魂が望んだ体験そのものだったと腑に落ちました。


自分の弱さや未熟さを認めることで、現実の見え方が180度変わっていったのです。



一周回って“人間”に戻る

とくに大きな変化は「夫への見方」でした。

それまでどこかで心を閉ざし、価値観の違いばかりを見ていた私が、自分の弱さを受け入れることで、ようやく夫を許せるようになったのです。


結局のところ、
魂が望んでいるのは「人間として生きること」
特別なことをしなくても

•ご飯を食べて「美味しい」と笑えること

•誰かを思いやり、涙が出ること

•不完全で迷いながらも一歩ずつ進むこと


これらすべてが“人間にしかできない体験”であり、魂にとっての宝物なのだと気づきました。


人間らしく生きることは、決してスピリチュアルから遠ざかることではありません。


むしろ、魂の学びを地上で実践し、日常に愛を流し込むことこそが「本当のスピリチュアル」なのです。


一周回って、私は人間に戻りました。


そして今、人としての不完全さを抱きしめながら生きることこそが、最も尊いことなのだと感じています。