hapter8-2「戦乙女」

――――横浜基地 TT専用屋外演習場―――


新型とは言え、劇的な変化あるわけではないだろう。
そう高をくくっていたのがそもそもの間違いだったのを、彼女たちは搭乗から数分で思い知ることになった。
出力の増大からくるエンジンレスポンスの変化、機体各部にマウントされた特殊兵装による重量バランスの違い。なによりも脚部の「半逆間接」という人間にはありえない脚部体系が戸惑いの最たる原因であった。
脳に「勘違い」させるというこのシステムのおかげで、いままでの自分の体とはまったく違った感覚が
ダイレクトに流入してくるこの感じは、違和感以外の何でもない。


「甘く見すぎてた・・これじゃ実戦機動どころか姿勢制御も出来ない」


縦型のGで体がシートに押し付けられるのを感じながら、日向は焦りの色を滲ませる。
阿部から与えられたのはわずか一週間。搭乗していられる時間にすればせいぜい40時間が限度だ。
焦りを感じないわけがなかった


「スティンガーに慣れた途端にコレって、新手のイジメなんじゃないの?」


聞こえてきた声に意識を集中させると、

日向のHUDは自動的にデジタル処理で拡大された橘の機体を映しだしていた。
新しい機体に四苦八苦しているのは彼女も同じらしく、背部の大型ライフルを展開し構えてみるものの明らかにふらついており、とても「精密射撃」を行う姿勢とは思えない。


「足の感覚が変だし、ライフルは重いし、背負ってるせいで射角が狭い。・・・最悪」


イラつきながら毒吐く橘の気持ちはわからないでもないと内心思いながら、
半ばやけくそ気味に日向はブーストを一気に開放し、機体を押し上げる。

地上ぎりぎりを滑走していた深紅の機体はその身を捩りながら雲ひとつない清浄な空へと力強く飛翔していき、腰部のカナード翼から航跡雲が発生していた。


「!?・・そっか、なるほどね・・」


誰に言うでもない独り言を日向が呟くと同時に、聞きなれた声がヘッドセット越しに聞こえてくる。
大方外から見物していたのだろう、

レーダーには新しく「Rars gris」という名の機体マーカーが上書きされていた。

眼下を見下ろすと、いつか見たずんぐりとした不恰好な機体が地下ハンガーからせり上がってきている


「そういう事だ、出力が上がっている分、トルクもパワーバンドも高回転寄りになっている。
低速で動く事を考えるな。社!日向の相手をしてやれ、俺は橘の相手をする、橘!ソイツの使い方を教えてやる、オレのラーズグリーズに一撃でも当ててみろ、付いて来い!」


「いくら慣れない機体だからって馬鹿にしないでよ、そのブサイクくらいすぐに撃ち抜いてやるんだから!!」



結果を一言で表すとすれば、無残と言う他なかった。
 いくらコツを掴み、スティンガーとの違いを理解したとしてもそれを数分で体に馴染ませ、

いままで以上の機動精度を獲得するなど、橘がどれだけ天才であろうと不可能に他ならない。
鈍重なラーズグリーズ相手に直撃どころか命中判定すら一度も取る事が出来ず、

かわりに大量の模擬グレネード弾を浴び撃墜判定に沈んでいた。



「素直過ぎるんだよお前は」


ブリーフィングルームのスクリーンには阿部機に搭載されていたカメラからの記録映像が映されていた。
上空から大型電磁投射砲を発射する橘機とそれを地上で紙一重で回避する阿部機の姿が多方向から記録されている。


「なまじ狙撃と火気管制に優れているから陥る壁だな。

逆を言えば狙撃と火気管制以外は素人以下だってことだ」


手元のデータと橘を交互に目配せしながら、阿部は淡々と問題点を指摘していく。

千歳で見た飄々とした態度のあの男とは思えないほど、その言葉の端々は辛辣だった。


「一分の狂いも無く狙いをつけて、砲身加熱が限界を迎えるギリギリの発射間隔を守り続ける。基本的には
これ以上に理想的なブラストガードポジションは居ない。そういう意味ではお前は天才だ。

だがな、それは着弾点が予測しやすい上に単調な攻撃パターンになりかねないんだよ。

お前に足りてないのは腹の探り合いだ。……前の模擬戦で、それが日向にバレたんだな、

下矢と槻宮を囮にしてお前のライフルの攻撃パターンを回避ロジックに組み込んだんだ。

お前がどんなに狙撃がうまくても同じ間隔で撃ち続けるなら同じ間隔でブーストを吹かせばいい。
わざとタイミングをずらすなり、多少武器に無理させるのも必要だって事だ。

武器の使い方自体は間違っちゃいない、機体は慣れだ。

逆間接の姿勢制御と出力の違いはひたすら乗って慣れるしかない。

あとは攻撃を『当てる』努力をしろ。質問あるか?」


「……無い。要は武器の扱い以外は全部ダメって事ですよね?やりますよ、死にたくありませんから」


反省というよりも意地と反骨に近い意思と表情で阿部の問いに橘は答える。高機動な零式ならいざ知らず、
銃器の概念検証をするためだけの鈍重なテスト機に一撃も与えられず、たった一度の模擬戦でその相手に
ほぼ全てを見透かされた悔しさは相当なものなのだろう。阿部を見据えるまっすぐな瞳とは裏腹に、膝の上の拳は硬く握られ震えている程だった。




同刻、日向のコクピットにはロックオン警告が絶え間なく鳴り響いていた。
何度も機体をベクトル転換させながら社機を振り切ろうとするが、
その「追いかけっこ」の立場を逆転するには至らず、まるで日向の行動を先読みするかのように

機体後方にぴったりと張り付かれてしまっている。


「っ!振り切れない!!」


どれだけ必死に機体を揺さぶり、強化装備でも打ち消せない程の激しいGを発生させながら急制動、

急加速を繰り返しているにもかかわらず、まったく通用しない。

けたたましく鳴り響く警告音が一層、日向の焦りを加速させていく


「後方危険円錐域(ヴェネラブル・コーン)に入られ過ぎね。早く振り切らないと撃ち落とされるわよ?」



額に脂汗を滲ませる日向とは対照的に、社は余裕の表情で無線を飛ばしながら、

腕部にマウントされた36㎜チェーンガンの銃口を日向機の背部に向け、トリガーに指をかけていた。


「そう簡単に!!」


チェーンガンから無数の模擬弾が吐き出された瞬間、日向機は腰部の熱核タービンエンジンを前後に展開。
機体を翻し、弾丸を回避しながら純白の機体と相対する。


「もらった!」


無意識に日向の口角はつりあがっていた。右肩のカーボンブレードを突き出しながら社機に突進をかけ
格闘戦に持ち込む、36mmは一射目を終えておりこの距離での二射目は間に合わない。
絶対にブレードの突進が当たる距離だ。


「……うかつね」


機体を半身によじり、ブレードを右上腕で捌く。
バランスを崩した日向機の腹部を地上方向へ蹴り下していた。


「うそ、でしょ……?」


強烈な衝撃と地上へ落下する浮遊感が同時に全身を襲う。
網膜投影されたHUDには腹部一次装甲に軽度のダメージ警報、高度落下通告が表示されていた。
一瞬のパニックの後、日向は歯を食い縛り地上へ向けタービンエンジンを全開に吹かす。
アスファルトを焦がし、足裏のアンカーでドリフトをしながら緊急着地。鉛のようなGが体に覆い被さり、
全身の毛穴から汗が噴き出すがそれに意識を持っていくほどの余裕を社は与えてはくれなかった。


「っ!?」


警告音とほぼ同時に機体が不自然な衝撃に揺さぶられる。
社の対BETA用ハルバードが日向機の右肩部装甲にめり込み、機能不全警告がHUDに付加されていた。
模擬刀なのにもかかわらず、社は踏み込みから伝わる運動エネルギーの全てを切っ先に集中させ絶大な威力を実現させていたのだった。

 そのまま間髪を入れずに一方の腕部に保持していた長刀の柄頭で日向機の胴部を殴りつける。
その衝撃に機体各部のダンパー、サスペンションは耐え切れず、

右肩にハルバードが突き立てられたまま日向機は糸が切れた浄瑠璃の人形のように崩れ落ちる。


 彼女に出来る事と言えば、警告で敷き詰められたHUDを睨み付けたまま、
コンソールパネルを力任せに拳で殴るくらいの事だった。


「初搭乗数十分にしては悪くなかったと思うわよ?格闘機相手に格闘戦挑むのは、

あまり頭が良いとは思えないけどね。対BETA戦での貴女の役割は近距離での遊撃掃討。
 格闘型BETAに対して如何にして格闘をいなしながら近距離射撃を決めるかにかかってるわ。

昼食を取ったらまたやりましょう」


仄暗いコクピット内に社の声が響き渡る。日向の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。



―――to be continued.


Handed Down Heroism

~Total eclipse~



Chapter8「戦乙女」


――2010 3月13日 9:00 佐世保基地 ――


「ようこそ、佐世保基地へ。我々は貴女達を歓迎するよ」


初老の男性は日向達の前を歩きながらそう口を開く、襟章の階級からみて、
おそらくはここの責任者だろう。


千歳基地とまではいかないものの、対BETA戦略を念頭に置いた基地であることは確かなようで、
廊下を歩いていても大改修の跡がちらほらと垣間見える。


基地内にまるごと造船ドックと富嶽重工のTT開発研究機関を収めるこの基地は
異常なまでに清潔に保たれており、それが妙な違和感を日向達に感じさせていた。


「千歳とは大分違うだろう?ここは国連の基地という役割以外にも、最新鋭艦の建造や
TTの研究、特に歩行アルゴリズムの研究を扱っているからね、必然的にデリケートな部品を運ぶ作業も
多くなる。神経質なまでに基地内を清潔に保ってるのはそのためなんだよ、
君達が乗っていたスティンガーの脚部パーツの機構設計や、これから乗ってもらう新型も
うちで開発した歩行プログラムが基礎になっている。実戦では主脚で歩くよりも
熱核タービンエンジンによる高速機動が基本になるのだがそれを違和感無く行えるのは・・・」


先を歩く男性は物腰柔らかく説明をし続けていた。無言でハンガーへだらだらと続く
長い廊下を歩くのもつまらないだろうという彼なりの気使いなのだろうが、国連の衛士とはいえ
女性二人にはあまり興味沸く話ではない。愛想笑いしながら日向は必死で返す言葉を脳内でさがし、
橘に至っては返す言葉を捜すのを諦め、窓の外の風景へと視線をシフトしている。


「・・もっともその辺はデータロガーとにらめっこばかりしてる私達よりも、
実際に乗って体感してる君達のほうが、顕著に感じているのだろうが・・。
っと、つい話込んでしまったな、この奥がハンガーだ。」


内心ほっとする二人を知ってか知らずか、男性は満足そうな表情のままカードリーダーに
認証カードを通し、分厚い機密扉のロックを外す。


ゆっくりと開かれる扉の先には、もはや二人には見慣れた光景が広がっていた。
各種トライアル用の国連カラーのスティンガー数体と基地所属の予備機として整備されている

中隊規模の陽炎。そして初見の新型三機が、このハンガーには並んでいる。


「よぉ、早かったな、今そっちにいくから、その三機の前で待ってろよ」


TT整備用のキャットウォークから声を張り上げ、喋りかけるのは阿部だった。
予想通り見た事のない三機を指差しながらキャットウォークの階段をガシャガシャと
下っていく。ふざけた成りでも、足場の悪いキャットウォークをいとも簡単に下っていく
その身のこなしは、彼が腐っても軍人であり整備の根幹を成す人間である事を物語っていた。


「日向マユ少尉、並びに橘佳珠妃少尉。新型機受領に参りました」


目の前に阿部が立つと同時に二人は敬礼をしながら定型的な言葉を口にする。
他の人間の目もある。千歳と同じように「タメ口」というわけにもいかなかった

「よし、早速で悪いが始めるぞ。お前らはしばらく国連軍横浜基地所属「202航空機甲分隊 エイミングホーク」
として行動してもらう。事実上の転属になる。任務は第三世代型TTの実戦データの収集だ」


「実戦データ・・?」


橘が怪訝が表情で阿部を見据える


「対BETA戦闘時のデータだ。近い内にかならず出撃する事になると思ってくれて構わない。
機種転換訓練含め一週間だ。一週間以内にスティンガー以上に使いこなせるようにしろ。
機体割り当てを始めるぞ、一番機、オレの真後ろにいる紅い機体だ、コイツは日向に任せる」


阿部がぶっきらぼうに指差す先には真紅に塗装された機体が鎮座していた。
三機ともスティンガーよりも全体的に一回り大きく、嘴のような鋭利な胸部と腹部に収まったコンデンサ、
半逆間接の脚部という点では同じだったが、日向の機体はそれに加え、右肩に大型増加装甲、

左肩にショルダータックル用のハイカーボンブレード。

背部にはウェポンマウントラックが無い代わりに翼のような大型バインダーが装備されていた


「三機ともここで開発された第三世代型試作機、「AMTT-24 ヴァルキリー」のヘビーチューン機だが、
専用機と言っていいほどにお前らのデータがフィードバックされている。
日向のは見た目通り中近距離戦を視野に入れた機体だが、本質は電子戦だ。

姿勢制御用の大型背部バインダーはそれ自体がEWACを含む多目的レーダー、ECM、EMP、

戦域管制データリンク等、想定されうるあらゆる電子戦状況をカバーし戦域を監視する。

日向、お前が戦場を管理するんだ」


言いながら阿部は仕様書と機体認証キーを日向に渡す。
スティンガーのおよそ倍近い分厚さの仕様書はそれだけで搭乗者本人を青ざめさせるのに充分だった。


「続けるぞ、蒼い機体は二番機だ、橘、お前が乗れ」


蒼穹色に塗装された機体は両肩に姿勢制御用のエアブレーキ一対と頭頂部の大型アンテナ、そして何よりも
背部に携えた超大型のスナイパーキャノンが特徴的だ。


「お前の機体「ブリューナク」は見た目通り、最後方のブラストガードからの狙撃に特化させた機体だ。
運動系のチューニングも機動力より姿勢制御と制動力を重視している。小隊単位での行動の際には
お前の絶対的な狙撃で、味方の命を救うんだ。背中の獲物の使い方は後で教えてやる」


「・・わかった。やってみる」


橘は小さくそう返事をすると、分厚い仕様書に目を落とした。


「えっとさ、ずっと気になってたんだけど、三機目の白い機体って・・」


日向が恐る恐る、目の前に仁王立つ白い機体を凝視しながら、阿部に訊ねる。
疑問に思うのも無理はなかった。眼前の純白の機体は一度戦場で見ている。
零式と同型と思われる背部のXバーナー、両腰のブーストバインダー。90式戦車の装甲を
紙くずのように叩き潰した実剣とハルバード。出鱈目で圧倒的な殲滅力を見せ付けたこの機体を
忘れろと言われるほうが無理だった。


「そう、私の機体よ」


鋼鉄で出来た無機質な床をヒールでコツコツと鳴らしながら歩き寄る彼女は、
そう一言だけ呟き、阿部の隣に立つ、

国連のワッペンと階級章が縫い付けられた紺色のブレザーとタイトスカートは
明らかに国連から支給された物だった。


「こんなご時世だからな、民間のテストパイロットも正規兵として引っ張り挙げられるんだ。
知ってるとは思うが、一応紹介しておく。社慧少尉だ。お前らのストームバンガードになる。仲良くやれよ」


私の邪魔をしなければ、それでいい。口には出していないが社の顔はそう物語っていた。
長い銀髪を揺らしながら、彼女は無言で純白の機体のコクピットハッチへと向かっていく。


「よし、機種転換訓練、始めるぞ、屋外演習場を空けてある。お前らも搭乗しろ」


―――to be continued.






Handed Down Heroism

~Total eclipse~



Chapter7 「Gear of destiny」


――2010 3月12日 15:00 千歳基地 ――


四番ハンガー。千歳基地がTT開発と運用の拠点となると同時に、新たに建設された大型のTT専用ハンガーだ。
戦車や戦闘ヘリなども整備する他のハンガーとは違い、完全にTTとそれに関する一部の兵器の為だけに建設されただけはあり、その広さ、天井の高さは他のハンガーとは比べ物にならなかった。


ハンガー内では既に数機のTTの組み立て作業が始まっているらしく、大型クレーンのモーター音と機械油の匂い、整備士の緊張した声で充満している。


受領ファイルと初期接続設定マニュアルを片手に、本田と下矢は搬入責任者との受領パーツのチェックを済ませ、自分が乗るであろう機体のマニュアルに目を通すところだった。


「それでは、グレイファントム一機、改良型スティンガー二機、他一機の全パーツの搬入。

確かにさせていただきました。失礼致します」


おそらくTTのパーツ開発をしているメーカーの人間だろう。作業服姿の男性は、

「富嶽重工」とメーカー名の入った帽子を脱ぎながら一礼をすると、
深々と帽子をかぶり直し、パーツを運んできたトレーラーにエンジンをかけ基地を去っていった


「おう、お疲れ様」


本田は片手をふらふらさせながらトレーラーを見送り、ハンガー内に視線を戻す。
目の前にはまだ組み立て途中で一次装甲も取り付けられていない新たな愛機が、

自分を見下ろすように直立していた。

グレイファントム。大口径の各種火砲による後方支援を目的とした重量級の新型TTだ。
背部ハードポイントに装備される320㎜グレネードバズーカの搭載を前提に開発され、

その重量故に失った機動力を分厚い装甲と、金属粒子を機体周辺に散布し、レーザー級BETAの攻撃を退ける「試作型プライマルアーマー」によって補おうとする
ソレは、動く要塞と形容するに相応しい。足を止めての真っ向からの撃ち合いに絶対的な自信を持つ本田にとっては、これ以上におあつらえ向きな機体は無い。


「渡邊副指令、顔に似合わず随分なモノを寄こすじゃねぇか」


「そう言う割りには、随分ご満悦そうじゃないですか、本田中佐?」


吊り上げられたグレネードバズーカを眺めながら、不満そうに口を開くのは下矢だった。
敬語を使うものの、上官に対する敬意などでは無く、「仕方なく使っている」という感じが滲み出ている。

「そんなに嫌なら普通に喋ればいいだろ。
他はともかく、いままで通り命令さえ聞いてくれればウチの部隊は構わねぇよ。
無理矢理軍人にされて、命賭けろよなんて言われてるんだ。不満が溜まるのも解る。ていうか何だお前、この新型にも不満そうな言い方だったな」


「・・・階級も腕も違う事は理解している。でもなぁ、片や中佐のは完全な新型。片やオレと槻宮の機体はスティンガーのマイナーチェンジ。新型受領なんて言葉の割にはひどくないか?」


じゃあ遠慮なく、という意味をこめた目配せを本田にすると、下矢は堰を切ったように喋りだす。
「新型機」という言葉に期待したところに宛がわれたのは、何のことはない今まで乗っていた機体の部分アップデートだと知れば、落胆するのも無理はない。そんな下矢の気持ちとは反比例するように、

目の前の「スティンガー」は作業用クレーンにより確実に組みあがっていくのだった


「そう言うな、グレイファントムに比べれば見劣りするかもしれんが、
スティンガーだって全世界でこれからライセンス生産される陽炎に比べれば相当な高性能機なんだぞ、
加えて言えばお前の機体と槻宮の機体で全然違うアップデートがされている。恐らく次にお前達が乗る機体への布石なんだろうよ渡邊だって馬鹿じゃない。言ってただろう、正式採用機なんて乗せる気は無いって。」


「・・・よくわからないんだよなあの人。腹の底が見えないというか、現に今だって受領したもう一機。
バラバラのパーツボックスで運ばれて来た上にトレーラーに降ろしてからすぐに別のスタッフが地下に運んでるだろ。そんなに信用できないならオレにさせなければいい・・」


「腐るなよ、見られたくない物だってある・・・それに、ここに運ばれて来たんだ。

そのうち嫌でも見る事になるさ。まだ見せたくないだけだ」


「面倒臭い場所だな。ここは」


超鋼ワイヤーとクレーンで吊り上げられたスティンガーのエンジンを見上げながら、

吐き捨てるように下矢は呟く。

同時に三機の組み立てを行うというのは思っていた以上に大変な作業らしく、下矢の一言はすぐに整備スタッフの怒号とクレーンの駆動音に掻き消えていった。「この調子じゃ初期接続設定なんていつになるかわからないな」そう思いながら、
何気なく自分の機体から目を逸らし、地下搬入口に繋がるベルトコンベアーを眺めと、
そこには先程降ろされた大量のパーツボックスが未だに流れ続けている。
乗せられたパーツボックスの金属タグには小さく「KR-00 ARSCULS」と刻まれているのを、

下矢は見逃さなかった・・。



――2010 3月12日 同刻 千歳基地 近衛用駐屯施設 ――


臥蓮が堂丞の元に向かったのは、本田と下矢が新型機の受領のために四番ハンガーへ向かったのとほぼ同時刻。千歳基地が帝国近衛軍の為に用意した駐屯施設はもともと千歳基地で使わなくなった宿舎と施設を簡易的に改造しただけの急ごしらえではあるが、TT整備可能な複合ハンガーのすぐそばに併設されている事も手伝って、堂丞が指揮する中隊程度の規模ならば、近衛軍の基地との細かい差異はあれど、
何の問題も無く長期運用が可能な程に整備されていた。


「臥蓮様」


近衛用に貸し与えられている兵器整備用ハンガーを横切った所で、聞き覚えのある声に呼び止められる。


「あぁ、堂丞か。すまない遅くなった」


「こちらこそ、急なお呼び立て申し訳ございません。
遅ればせながら、正式任官、及び国連軍少尉への昇進。おめでとうございます」


「思っても無い事言うな。忙しいんだろ、俺との話はお前の仕事が終わってからいい」


国連に臥蓮がいる理由を知れば、この昇進など喜ばしい事なわけがない。側近の人間ならば尚更だ


「ありがとう御座います、しかし臥蓮様への話を優先させて下さい・・・こちらへ」


「わかった」


短くそう返事をすると、堂丞の後についていく。

途中のハンガー内には数機の零式がパーツ単位にまで細かく分解され
徹底的にオーバーホール処置を施されていた。

先の戦闘で致命的な損害を受けた機体は只の一機もありはしないが、他の兵器に比べ
圧倒的に稼動間接が多い精密機械である。特にエンジン周りと主脚、

足首の部分のサスペンションは全自重を常に受け止め続けるために、
仮に被弾をしなくても、一作戦後のオーバーホールは必須と言って良いほどに磨耗する。

人型であるが故の宿命でもあった。

堂丞に通されたのは、ハンガー内の一角に位置する大きめの部屋だった。
出撃直前の最終ブリーフィング等をするための部屋だろう。
大型のスクリーンとプロジェクターがそれを物語っていた。

臥蓮が椅子に腰かけるのを確認すると、堂丞はゆっくりと口を開き始める


「早速で申し訳ないのですが・・煌武院殿下から臥蓮様へ勅命が下って来ております。

近衛に戻り、不知火に入隊せよ。と」


「それは・・・いくら何でも急過ぎる。どういう事だ?」


椅子に深く座りなおし、キッと堂丞の瞳を見据えながら、臥蓮はそう返答する。
冷静に返したつもりではあったが、明らかな動揺の色が臥蓮から見え隠れしていた


「端的に申し上げれば保険、でしょうか。先の決起の際、臥蓮様が煌武院殿下の身代わりになったのが発端のようです。マイルズ中佐の乗っていた・・墜落したヘリ、あれのフライトレコーダーには臥蓮様が身代わりになるまでの会話が全て録音されています。あのレコーダーが回収されて、

他の人間に聞かれる前に臥蓮様を近衛所属にしてしまおうというのが狙いでしょう。
米軍に素性がバレなければそれでよし、

もし臥蓮様が煌武院家の人間なのではないかと疑いをかけられたとしても既に近衛に居れば
詮索のされようが無いばかりか、臥蓮様も堂々と煌武院の人間として動ける可能性が出て参ります・・。
あの状況下で殿下をお救いするにはあれが最善だったのは疑いようがありませんが、今後の事を鑑みれば近衛に来ていただくのが、今はよろしいかと・・」


「理由はわかった。だが、国連から離れるわけにはいかない。オレがここにいる理由も立場もわかっているだろ。
それに俺は安易に煌武院を名乗れはしない」


有り体に言えば「人質」日本が国連に対する信頼の証明。それを体現している彼が国連を離れるという意味がどれほどのものなのか、堂丞も理解はしているはずだ。


「全権代行、煌武院優歌殿下の勅命です。それを踏まえてでのご決断と思われます」


しっかりと臥蓮の眼を見据え、堂丞は即答する。近衛全体の動きを想ってであろうが、血を分けた「妹」からの私情であろうが、それが「勅命」には変わりはない。拒否権が無いのは最初からわかっていた


「・・・・堂丞、もう一度言うぞ、わかっているんだろうな」


念を押すように、選んだ言葉を淡々と放つ。静かではあるものの、その言葉には言い知れようのない
圧迫感と覚悟が多分に孕んでるように堂丞には思えた。平和に日常を暮らす大多数の人間には絶対に真似できないその眼光と覇気を正面から受け止め、ゆっくりと堂丞は口を開く


「わかっております。畏れながら、煌武院優歌殿下は私情で動く御方ではありません。

臥蓮様もお分かりのはずです」


一呼吸。小さく息を吐き、返事をする。
その抑揚のない一言は冷酷で、まるで感情が無いかのような、冷たく鋭い一言だった。


「・・・・わかった。付いてこい」


言い終わらぬうちに、臥蓮は冷たいパイプ椅子から腰を上げ、部屋からでていく。
予想だにしない行動に堂丞は多少とまどいつつも、臥蓮の背中をすぐに追いかける。
臥蓮に連れてこられたのはハンガーの再奥、近衛の人間ならば絶対に知らない者が居ない
特別なものがそこには格納されている


「一つだけ、条件がある」


一言そう言いながら、臥蓮は「ソレ」の前で立ち止まる


「こいつには堂丞、お前が乗れ」


臥蓮と堂丞の眼前にあるのは、優歌が臥蓮へ送った機体。帝国近衛軍旗機「瑞鶴」(ずいかく)だった。
零式をベースに限界までのチューニングを施し、深紫に塗装されたそれは、明らかに他のTTとは一線を画す見た目と性能を誇っており、まさに「将軍機」と呼ばれるに相応しい機体だ。


「これは、臥蓮様が殿下により賜った大切な機体です。私ごときが安易に搭乗して良い機体ではありません。
煌武院殿下のお気持ち、蔑ろにしないようお願い申し上げます」


動揺を隠せずにはいられなかった。将軍家の人間にのみ搭乗を許されたこの旗機に乗るなど、

堂丞にとっては近衛への裏切り、ひいては煌武院への裏切りとしか思えなかった。


「そのもらった俺がお前にやると言っているんだ。俺にとっての盾と剣はこの機体じゃない。堂丞、お前だ。
殿下がこの機体を俺の盾と剣として使えというのならば、これはお前が乗る以外に無い。それが俺の「盾であり剣」だ。お前がコレに乗るなら、近衛の一衛士として戦っても良い、それが条件だ。将軍機仕様の外装に気が引けるならお前の好きなように改造してもらえ」


「・・もったいなきお言葉・・・しかし・・」


決してこの機体が欲しいわけではない。乗らずに済むならばそれ以上は無い、

分不相応以上の何物でもない事はわかりきっている。
しかし殿下からの勅命は絶対だ。どう返答を返せばいいのか、堂丞には言葉が見つからなかった。


「矜持が欲しいなら・・・くれてやる」


そういうと臥蓮は堂丞の方へと振り向く。その雰囲気と出で立ちはもう「項月臥蓮」のそれではない
同じ人間とは思えぬほどの鋭い眼光と気迫に堂丞は自分の背筋が震えるのを感じた。
それは初めて「煌武院」に出会った時の感覚そのものだった。金縛りにあったかのように体は緊張で固まり、その慧眼で全てを見透かされるのではないかという一瞬の恐怖すら覚える。


「煌武院臥蓮として命じる。貴様と瑞鶴は一対の剣だ。私を護る唯一無二の剣だ。

忘れるな。煌武院優歌の勅命だと思え」


恐らく二度と自ら口することないであろうその名の元に、堂丞をねじ伏せる。おそらく
表向きは「近衛への出向」となるのだろう。だが、近衛へ自分が籍を置くという事はこういう事だと、

堂丞を力で押さえつけるのと同時に
自分にしっかりと刻み込むように臥蓮は取り返しのつかない一言を口にしたのだった・・・。


――2010 3月12日 同刻 千歳基地 第二滑走路 ――


地上に着いたことを知らせる無機質な電子音と同時に開いたエレベーターのドアから入ってくる風は、

三月とは思えないほどに熱気に満ちていた。航空機のジェットエンジンから発せられる高温の熱風と、

滑走路のコンクリート下にびっしりと敷き詰められたロードヒーターの為だろう。
季節的に場違いなこの熱風にとまどいつつも日向は、

乱れた髪を撫でながら阿部に指定された輸送機内へと足を運ぶ。


「お前達の機体調整があるから先に行ってる。15:30 

第二滑走路に止まってる輸送機に乗って来い。横浜で待ってる」


国連軍から配布されていたPDAに送られてきた阿部からのメールだ。

送信時間から見て、渡邊との会話の時には既に千歳にはいなかったらしい。
杜撰な命令管理だな、と心中で毒付きながら、適当な座席を見つけ腰かける。

軍用の航空機に最初から乗り心地など期待はしていなかったが、
予想以上に硬く無骨なシートと出力と燃焼効率のみを求めたジェットエンジンの騒音は相当なもので、

短い空の旅を楽しむには最悪の環境だと言わざるを得なかった。


仕方なかったとは言え我ながら似合わない仕事をしているなと思うと、

自然に溜息も出る。自ら戦おうと思い志願したわけでも、

国を護るという大儀を全うしようなどという崇高な志があるわけでもない。

ストライクワイバーンズに衛士として召集されたほぼ全ての人間にそれは当てはまるのだろうが、

明確な「立脚点」がないまま、自らの意外な才能を行使し、流されるままにこうしてここにいるのだ。

「ここに来た経緯を考えれば仕方ない」と「何故私が?」

という答えの出ない自問自答をぐるぐると繰り返しながら、
申し訳程度に付けられた小窓から千歳基地をぼーっと眺め、「私が軍人か・・」と自らを嘆息するように呟く。


「隣、いい?」


ふいに飛ばされた声のほうに顔を向けると、橘が怪訝そうに顔を覗いていた。


「え?あぁ、ごめんぼーっとしてた。いいよ」


「何か考え事?」


手に持っていた荷物を座席下のボックスに収め、シートに腰をかけつつ橘は尋ねる。


「別に、大した事じゃないわよ?成り行きとはいえ、なんでこうなったかなぁ・・って」


「あ~・・・仕方ないんじゃない?元から拒否する事なんて出来なかったわけだし。運が悪かったんだよ」


シートベルトを締めながら、橘は飄々と返答する。日向にとっては予想通りの答えだったが、それは橘が思慮浅いわけではなく、状況を考えればそう思うのが当然だ。むしろ飄々と即答に近い間で返答するあたり、一種の潔さと割り切りが見える


「佳珠妃は割り切れてるんだ?」


「全てをってわけじゃ勿論無いよ、戸惑ってないわけじゃないし、

この前みたいに人を撃つ事もあるのかと思うと憂鬱にもなる。
けど、なんていうか嬉しかったのかもね。訓練していくうちに、

お前は狙撃に関しては天才かもしれないって言われて。

いままで胸張って言える秀でた部分なんてなかったし、その能力であのBETAだっけ?

アレを倒す手伝いをできるならそれも悪くないかもって。日向にはボッコボコにされたけど」


苦笑いを浮かべながら淡々と言い放つ橘に、否定でも肯定でもない妙な違和感を覚えたが、
自らの才能にその立脚点を見つけられたということならばそれも彼女なりの割り切りなのだと思い、

日向は口をつぐんだ。


「・・そっか」


「なんか求めてた答えと違うって感じだなぁ」


「いや、そういうわけじゃないんだけどね、自分なりにうまく妥協して納得する場所を見つけられないだけ・・

ごめん少し休むね」


言いながら日向はブランケットを体に掛け窓側に体を向ける。何か言おうとするが、
日向のそれが「もう少し考える」のサインなのだと気づいた橘は開きかけた口を閉じ、

その丸まった背中を見つめるのみに留まった。


アイドリング状態でもかなりの騒音だったエンジンは離陸に向けその回転数を増し轟音を響き渡らせる。
申し訳程度に付いた小さな窓に映る景色がゆっくりと動きだし、透過ディスプレイには佐世保基地到着までの予定時刻カウントダウンの表示が始まっていた。
縦型のGと一瞬の浮遊感で、機体が滑走路から離れて飛び始めたのを察すると、日向は佐世保で行うであろう作業を反芻しながら短い眠りに落ちていくのだった。