hapter8-2「戦乙女」
――――横浜基地 TT専用屋外演習場―――
新型とは言え、劇的な変化あるわけではないだろう。
そう高をくくっていたのがそもそもの間違いだったのを、彼女たちは搭乗から数分で思い知ることになった。
出力の増大からくるエンジンレスポンスの変化、機体各部にマウントされた特殊兵装による重量バランスの違い。なによりも脚部の「半逆間接」という人間にはありえない脚部体系が戸惑いの最たる原因であった。
脳に「勘違い」させるというこのシステムのおかげで、いままでの自分の体とはまったく違った感覚が
ダイレクトに流入してくるこの感じは、違和感以外の何でもない。
「甘く見すぎてた・・これじゃ実戦機動どころか姿勢制御も出来ない」
縦型のGで体がシートに押し付けられるのを感じながら、日向は焦りの色を滲ませる。
阿部から与えられたのはわずか一週間。搭乗していられる時間にすればせいぜい40時間が限度だ。
焦りを感じないわけがなかった
「スティンガーに慣れた途端にコレって、新手のイジメなんじゃないの?」
聞こえてきた声に意識を集中させると、
日向のHUDは自動的にデジタル処理で拡大された橘の機体を映しだしていた。
新しい機体に四苦八苦しているのは彼女も同じらしく、背部の大型ライフルを展開し構えてみるものの明らかにふらついており、とても「精密射撃」を行う姿勢とは思えない。
「足の感覚が変だし、ライフルは重いし、背負ってるせいで射角が狭い。・・・最悪」
イラつきながら毒吐く橘の気持ちはわからないでもないと内心思いながら、
半ばやけくそ気味に日向はブーストを一気に開放し、機体を押し上げる。
地上ぎりぎりを滑走していた深紅の機体はその身を捩りながら雲ひとつない清浄な空へと力強く飛翔していき、腰部のカナード翼から航跡雲が発生していた。
「!?・・そっか、なるほどね・・」
誰に言うでもない独り言を日向が呟くと同時に、聞きなれた声がヘッドセット越しに聞こえてくる。
大方外から見物していたのだろう、
レーダーには新しく「Rars gris」という名の機体マーカーが上書きされていた。
眼下を見下ろすと、いつか見たずんぐりとした不恰好な機体が地下ハンガーからせり上がってきている
「そういう事だ、出力が上がっている分、トルクもパワーバンドも高回転寄りになっている。
低速で動く事を考えるな。社!日向の相手をしてやれ、俺は橘の相手をする、橘!ソイツの使い方を教えてやる、オレのラーズグリーズに一撃でも当ててみろ、付いて来い!」
「いくら慣れない機体だからって馬鹿にしないでよ、そのブサイクくらいすぐに撃ち抜いてやるんだから!!」
結果を一言で表すとすれば、無残と言う他なかった。
いくらコツを掴み、スティンガーとの違いを理解したとしてもそれを数分で体に馴染ませ、
いままで以上の機動精度を獲得するなど、橘がどれだけ天才であろうと不可能に他ならない。
鈍重なラーズグリーズ相手に直撃どころか命中判定すら一度も取る事が出来ず、
かわりに大量の模擬グレネード弾を浴び撃墜判定に沈んでいた。
「素直過ぎるんだよお前は」
ブリーフィングルームのスクリーンには阿部機に搭載されていたカメラからの記録映像が映されていた。
上空から大型電磁投射砲を発射する橘機とそれを地上で紙一重で回避する阿部機の姿が多方向から記録されている。
「なまじ狙撃と火気管制に優れているから陥る壁だな。
逆を言えば狙撃と火気管制以外は素人以下だってことだ」
手元のデータと橘を交互に目配せしながら、阿部は淡々と問題点を指摘していく。
千歳で見た飄々とした態度のあの男とは思えないほど、その言葉の端々は辛辣だった。
「一分の狂いも無く狙いをつけて、砲身加熱が限界を迎えるギリギリの発射間隔を守り続ける。基本的には
これ以上に理想的なブラストガードポジションは居ない。そういう意味ではお前は天才だ。
だがな、それは着弾点が予測しやすい上に単調な攻撃パターンになりかねないんだよ。
お前に足りてないのは腹の探り合いだ。……前の模擬戦で、それが日向にバレたんだな、
下矢と槻宮を囮にしてお前のライフルの攻撃パターンを回避ロジックに組み込んだんだ。
お前がどんなに狙撃がうまくても同じ間隔で撃ち続けるなら同じ間隔でブーストを吹かせばいい。
わざとタイミングをずらすなり、多少武器に無理させるのも必要だって事だ。
武器の使い方自体は間違っちゃいない、機体は慣れだ。
逆間接の姿勢制御と出力の違いはひたすら乗って慣れるしかない。
あとは攻撃を『当てる』努力をしろ。質問あるか?」
「……無い。要は武器の扱い以外は全部ダメって事ですよね?やりますよ、死にたくありませんから」
反省というよりも意地と反骨に近い意思と表情で阿部の問いに橘は答える。高機動な零式ならいざ知らず、
銃器の概念検証をするためだけの鈍重なテスト機に一撃も与えられず、たった一度の模擬戦でその相手に
ほぼ全てを見透かされた悔しさは相当なものなのだろう。阿部を見据えるまっすぐな瞳とは裏腹に、膝の上の拳は硬く握られ震えている程だった。
同刻、日向のコクピットにはロックオン警告が絶え間なく鳴り響いていた。
何度も機体をベクトル転換させながら社機を振り切ろうとするが、
その「追いかけっこ」の立場を逆転するには至らず、まるで日向の行動を先読みするかのように
機体後方にぴったりと張り付かれてしまっている。
「っ!振り切れない!!」
どれだけ必死に機体を揺さぶり、強化装備でも打ち消せない程の激しいGを発生させながら急制動、
急加速を繰り返しているにもかかわらず、まったく通用しない。
けたたましく鳴り響く警告音が一層、日向の焦りを加速させていく
「後方危険円錐域(ヴェネラブル・コーン)に入られ過ぎね。早く振り切らないと撃ち落とされるわよ?」
額に脂汗を滲ませる日向とは対照的に、社は余裕の表情で無線を飛ばしながら、
腕部にマウントされた36㎜チェーンガンの銃口を日向機の背部に向け、トリガーに指をかけていた。
「そう簡単に!!」
チェーンガンから無数の模擬弾が吐き出された瞬間、日向機は腰部の熱核タービンエンジンを前後に展開。
機体を翻し、弾丸を回避しながら純白の機体と相対する。
「もらった!」
無意識に日向の口角はつりあがっていた。右肩のカーボンブレードを突き出しながら社機に突進をかけ
格闘戦に持ち込む、36mmは一射目を終えておりこの距離での二射目は間に合わない。
絶対にブレードの突進が当たる距離だ。
「……うかつね」
機体を半身によじり、ブレードを右上腕で捌く。
バランスを崩した日向機の腹部を地上方向へ蹴り下していた。
「うそ、でしょ……?」
強烈な衝撃と地上へ落下する浮遊感が同時に全身を襲う。
網膜投影されたHUDには腹部一次装甲に軽度のダメージ警報、高度落下通告が表示されていた。
一瞬のパニックの後、日向は歯を食い縛り地上へ向けタービンエンジンを全開に吹かす。
アスファルトを焦がし、足裏のアンカーでドリフトをしながら緊急着地。鉛のようなGが体に覆い被さり、
全身の毛穴から汗が噴き出すがそれに意識を持っていくほどの余裕を社は与えてはくれなかった。
「っ!?」
警告音とほぼ同時に機体が不自然な衝撃に揺さぶられる。
社の対BETA用ハルバードが日向機の右肩部装甲にめり込み、機能不全警告がHUDに付加されていた。
模擬刀なのにもかかわらず、社は踏み込みから伝わる運動エネルギーの全てを切っ先に集中させ絶大な威力を実現させていたのだった。
そのまま間髪を入れずに一方の腕部に保持していた長刀の柄頭で日向機の胴部を殴りつける。
その衝撃に機体各部のダンパー、サスペンションは耐え切れず、
右肩にハルバードが突き立てられたまま日向機は糸が切れた浄瑠璃の人形のように崩れ落ちる。
彼女に出来る事と言えば、警告で敷き詰められたHUDを睨み付けたまま、
コンソールパネルを力任せに拳で殴るくらいの事だった。
「初搭乗数十分にしては悪くなかったと思うわよ?格闘機相手に格闘戦挑むのは、
あまり頭が良いとは思えないけどね。対BETA戦での貴女の役割は近距離での遊撃掃討。
格闘型BETAに対して如何にして格闘をいなしながら近距離射撃を決めるかにかかってるわ。
昼食を取ったらまたやりましょう」
仄暗いコクピット内に社の声が響き渡る。日向の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
―――to be continued.