自分の人生は何のためにあるのか・・・って自問する機会はあっても答えらしい答えにたどり着くことってなかなか無いと思う。
ちゃんと就労さえしてりゃそんなの考えなくても生活していけるし。って答えに行き着いて終了する。
わざわざ高い金払って海外に自分を探しに行くとか、もし、何も成果がなかったら意味ないし。
そんなことをしてる暇があれば朝早く起きて遅刻しない程度の時間に家を出て、職場と家を行き来する変わり映えのしない毎日を過ごすほうがはるかに良い。
けど、オレは幸か不幸かその意味を人との出会いで探り出した。
単純そのものな答えだった。
「自分が主役の人生を全うする。」
普通に生きようと思うならこの答えとの出会いは直視できないほど不幸かもしれない。
身も蓋もないけど、自分の人生は朝起きてから夜寝るまで、24時間365日を会社に支配されてる。つまりは会社が自分の人生の主役だった。
遅刻しないためには会社の時間を基準にスケジュールを組み立てるのなんて当たり前。
飲み食いも仕事の中に組み込まれがち。
寝る時間も終業時間を基準に組み立てなくてはならない。
休みについても会社の規則に従い、とる。
全て当たり前のことだけど、これって自分の人生を会社に捧げてるんじゃないかとすら思う。
どう考えても主人公っぽくない(笑)
しかし、残念かな、そうしなくては人は生きていけない。
それを受け容れなくてはさまざまなリスクを背負うことになる。
想像しただけで怖い。
だからそれを代わりに会社や株主様に背負ってもらい、保障をいただく見返りに自分の人生を差し出すのだ。骨の髄まできれいに差し出し、清く正しく美しく(?)清貧をモットーに、退屈や満員電車、安月給に耐えて毎日を頑張るんだ。
そうしていれば会社に依存しながらでも自立してるって胸張って言えるし、世間はそれで納得する。
世間体さえクリアーしとけば安心して暮らせる。
でも、それに疑問を感じたからダメもとで人生を変えようとは思えたわけで。
不平不満は変わらないかもしれないけど、やるだけやったら。少なくても大損しない範囲で小さくまとまってやってそれでダメならいつでもやめれば良い。
人生を変えるための努力はそれだけあれば充分だ。多分。
あくまで常識からひどく逸脱せず、普通であるに越したことは無いんだから。
