徳島護国神社 26-0205
ブログ村のランキングに参加中ですよろしければ↓ポチして応援ください。にほんブログ村1月14日の父の命日でした 徳島護国神社に、お参りしてきました。徳島市雑賀町にある徳島縣護國神社は、明治時代に起きた戊辰戦争から数多くの事変や戦争などの国難に準ぜられた徳島出身の英霊を奉斎しています。また、相殿には徳島出身の殉職自衛官の御霊が奉斎されています。ご祭神は英霊34368柱と御霊24柱。1879年、戊辰戦争からの戦没者を慰霊するための招魂碑を眉山公園内に建立したことが創始となります。その後1906年には徳島城跡地に移転。1938年には「徳島縣招魂社」として建立されました。翌年、「徳島縣護國神社」と改称したのですが、1945年の徳島大空襲で全て焼失してしまいます。その後1958年に再建されましたが、再び移転の話が持ち上がりました。そして篤志家の女性から現在の地を寄進されたのです。やっと落ち着いた徳島縣護国神社には、2004年には石造としては四国最大級の大鳥居が建てられました。この日は、 松茂の老人施設から、付き添いの方と一緒に入所者の方が、大勢で見えてました。バス1台で、来てました。1月3日で、私は81歳になってます。 父は 私が生をうけて11日目に、息を引き取りましたので、まったく父を知らないのです、81回目の命日でした。生家の兄は3年前に逝き、2年前に夫が逝ってますし、昨年兄嫁もでしたから、今年は、一人で来ました。少し多い目のお玉串をささげて、頭たれました。温かであり 上着は、車に置いてきて、着ていませんが、セーターで充分でしたカメラのシャッターは、目の前にいた方にお願いでした。今年の無事も、神さまにお願いしましたので、変わりなく一人で、生きられると思います。近くの土手の向こうは、勝浦川が、静かに流れておりました。徳島護国神社の南側の川の名前は勝浦川です。護国神社は多々羅川と勝浦川に囲まれた場所に位置しています。ブログ村のランキングに参加中ですよろしければ↓ポチして応援ください。にほんブログ村