ずっと放置。
いろいろありすぎてものを書く気になれなかった。
でも今日は書かずにはいられない。
外出から帰ってきたときのこと。
ポストに喪中はがきが一枚。
「なんか今年は多いような…」
差出人を見たときの衝撃は言葉にならなかった。
10年来の友人のご両親からの、友人本人の死を知らせるはがきだった。
Mさんとは仕事を通じて知り合った。
Mさんはいわゆる「見える」「感じる」人だった。
つきあっていくうちに打ち明けられたことで、
そういう力を持つ人にはありがちだが本人はその力を
あまり恵まれた能力であるとは思っておらず、
むしろ、コンプレックスであるかのように考えていた。
最初に会ったときの印象は
なんて澄んだきれいな目をした人だろうということ。
そして、その美しい目(もちろん容姿も美しかったが)のとおり
こころもこの上なく純粋で美しい人だった。
けれど、Mさんの歩んでいた人生は、過酷で悲惨なことが多かったようだ。
初恋の人と結婚するも離婚。
娘さんを育てながら、同居しているご両親のために
家事のほぼ一切を引き受け、働いていた。
そして病魔。
もともと病弱な人だったのだが、
がんの中でもきわめてまれで悪性のものに二度も侵された。
一度目はなんとか乗り越えたMさんだったが
二度目に罹ったほうは更に性質が悪かったようだ。
ここ数年は、私の身辺が落ち着かず、
年に一度か二度会う程度になってしまっていた。
私は、純粋にMさんと友人としてつきあっていたのか?
自分にはない不思議な力をもつ彼女を
自分に都合よく利用しているのではないか?
時を経るごとにその思いは強くなり、
彼女亡き今も自問自答する。
ことに、この数年、自身の耐え難い災難のために、
会えばMさんに頼ってしまい、取り乱してしまい、
自分の不幸を嘆くだけの情けない私だった。
Mさんは、穏やかに静かに私の話を聞いてくれて、
親身になって励まし、慰め、アドバイスしてくれた。
「辛い、死んでしまいたい」
こんなことも言った。
当時、すでに医者から病気の深刻さを告げられ、
命の危機にあったMさんに。
私はバカだ。悔やんでも悔やみきれない。
甘えるにもほどがある。
彼女を深く傷つけてしまったはずだ。
許して、Mさん。
去年の4月、病気が一山越えてだいぶ元気になったということで、
お茶をしたのが最後になってしまった。
その後、私の身辺では、ツレの病気や家計の危機、
子供たちの進学や就職の問題と苦しい日々が続き、
Mさんのことをずっと気にかけながらも、
会ってしまえば、また自分の病気のことでそれどころではない彼女に
頼り、グチってしまいそうで、連絡をとることを遠慮してしまっていた。
今年の年賀状には「元気でやっています」という消息が聞けて、
ああよかった、元気にしていたんだな、と安堵していた。
その後、Mさんの身に何があったのだろう。
なぜ、私は今年になって一度も連絡をとろうとしなかったのだろう。
今はメールという便利な通信手段もあるというのに。
連絡を取りたい人には連絡すればよいのだ。
会いたい人には会いたいと言えばいいのだ。
なぜそれをしなかったのだ。
疎んじられるのが怖かった?
病状が悪くなっていたらと思うと怖かった?
なんてバカなんだろう、もう永遠に会えない。
明日、お線香を上げに行ってこようと思う。
Mさん、今世のお勤めお疲れ様でした。
あなたに会えて良かった。
お世話になりっぱなしで、何にもお返しができなかったね。
こんな私と仲良くしてくれて本当にありがとう。
いろいろありすぎてものを書く気になれなかった。
でも今日は書かずにはいられない。
外出から帰ってきたときのこと。
ポストに喪中はがきが一枚。
「なんか今年は多いような…」
差出人を見たときの衝撃は言葉にならなかった。
10年来の友人のご両親からの、友人本人の死を知らせるはがきだった。
Mさんとは仕事を通じて知り合った。
Mさんはいわゆる「見える」「感じる」人だった。
つきあっていくうちに打ち明けられたことで、
そういう力を持つ人にはありがちだが本人はその力を
あまり恵まれた能力であるとは思っておらず、
むしろ、コンプレックスであるかのように考えていた。
最初に会ったときの印象は
なんて澄んだきれいな目をした人だろうということ。
そして、その美しい目(もちろん容姿も美しかったが)のとおり
こころもこの上なく純粋で美しい人だった。
けれど、Mさんの歩んでいた人生は、過酷で悲惨なことが多かったようだ。
初恋の人と結婚するも離婚。
娘さんを育てながら、同居しているご両親のために
家事のほぼ一切を引き受け、働いていた。
そして病魔。
もともと病弱な人だったのだが、
がんの中でもきわめてまれで悪性のものに二度も侵された。
一度目はなんとか乗り越えたMさんだったが
二度目に罹ったほうは更に性質が悪かったようだ。
ここ数年は、私の身辺が落ち着かず、
年に一度か二度会う程度になってしまっていた。
私は、純粋にMさんと友人としてつきあっていたのか?
自分にはない不思議な力をもつ彼女を
自分に都合よく利用しているのではないか?
時を経るごとにその思いは強くなり、
彼女亡き今も自問自答する。
ことに、この数年、自身の耐え難い災難のために、
会えばMさんに頼ってしまい、取り乱してしまい、
自分の不幸を嘆くだけの情けない私だった。
Mさんは、穏やかに静かに私の話を聞いてくれて、
親身になって励まし、慰め、アドバイスしてくれた。
「辛い、死んでしまいたい」
こんなことも言った。
当時、すでに医者から病気の深刻さを告げられ、
命の危機にあったMさんに。
私はバカだ。悔やんでも悔やみきれない。
甘えるにもほどがある。
彼女を深く傷つけてしまったはずだ。
許して、Mさん。
去年の4月、病気が一山越えてだいぶ元気になったということで、
お茶をしたのが最後になってしまった。
その後、私の身辺では、ツレの病気や家計の危機、
子供たちの進学や就職の問題と苦しい日々が続き、
Mさんのことをずっと気にかけながらも、
会ってしまえば、また自分の病気のことでそれどころではない彼女に
頼り、グチってしまいそうで、連絡をとることを遠慮してしまっていた。
今年の年賀状には「元気でやっています」という消息が聞けて、
ああよかった、元気にしていたんだな、と安堵していた。
その後、Mさんの身に何があったのだろう。
なぜ、私は今年になって一度も連絡をとろうとしなかったのだろう。
今はメールという便利な通信手段もあるというのに。
連絡を取りたい人には連絡すればよいのだ。
会いたい人には会いたいと言えばいいのだ。
なぜそれをしなかったのだ。
疎んじられるのが怖かった?
病状が悪くなっていたらと思うと怖かった?
なんてバカなんだろう、もう永遠に会えない。
明日、お線香を上げに行ってこようと思う。
Mさん、今世のお勤めお疲れ様でした。
あなたに会えて良かった。
お世話になりっぱなしで、何にもお返しができなかったね。
こんな私と仲良くしてくれて本当にありがとう。

