大学2年になると、俺以外のメンバーは全員4年生だっため、バンドは終了。

俺独りぽつんと残ってしまい、またメンバー探しの日々かと思いきや、

「暇になるならうちのバンドに来ないかい・・・?」

と、嬉しい誘いを受けたのだった♪

このバンドでは DEEP PURPLE と イングヴェイ を中心に演奏した。

このバンドのGの凄まじい早弾きには魅了されっぱなしで気後れしまくりだったが・・・

本当によく俺なんかを使ってくれたと思う。

きつかったのが、超絶な早弾きGソロに呼応する形で早弾きのkeyソロもあり、

完コピに近いGソロに対し、めちゃくちゃなkeyソロしか演奏できなかった。

keyソロ以外は全音符(白玉)だらけの楽な曲なのだが・・・


後に理論を勉強してわかったのだが、

ハーモニックマイナースケールを中心にソロが組み立てられていただけのことだった。


このバンドも俺以外がみんな4年生ということで、

一年後には終了となったのだが、またしてもタイミング良く

3年になる頃に同学年のGに誘われ Bz のコピーバンドをスタートさせる。


これまで軽音楽部のライブには軽音楽部関係の人間しか集まっていなかった。

それは、玄人好みの音楽、あるいはマニアックな音楽ばかりが披露されるライブであり、

ロック好きには良いのだが、決して一般向けではなかった。

そんな中での Bz はなかなかの大当たりだった☆。



つづく

カラオケ作りもそれはそれで良い勉強になったものだ。

演奏スキルがなかったので、一音一音打ち込んでいく作業の繰り返し…

これもだんだん面倒臭くなってきてしまった。

これがきかけで「リアルタイム手弾き入力」を少しずつ始めることになったのだ。

「鍵盤弾けないから打ち込みでなんとかしよう」と思っていたのが、

必然的に弾くことにつながってきた瞬間だった。

今思えば、弾けるようなろうと思っていたわけではなかったのだが、

これが弾けるようになる練習につながっていたのだった。


こんなことの繰り返しで高校時代は過ぎていったのだった。

高校時代はまさに「イケてない芸人」だったなぁ。


大学に入学すると、バンド三昧の日々を夢見て、真っ先に軽音楽部に入部。

しかしながら、ろくに鍵盤が弾けるわけでもなく、

聞く音楽も限られたものだったわけで・・・

バンド活動にはなかなか入れずにいたのだった。

この状況を打開すべく意を決して、

「何でもやるからどこか使ってください!」 とスタンスを変えたところ、

バンドメンバー全員4年生というベテラン組が声をかけてくれた。

嬉しさ半分緊張半分でミーティングに参加すると

「この曲覚えてきてね♪」とカセットテープを渡されたのだった。楽譜は無し・・・。

達者に読めないものの楽譜を頼りに今までやってきたのに・・・

一気に不安になったのだが、何とかなってしまった。


そうはいってもひどい演奏だったのは確かで、

あんな状態の俺を使ってくれた先輩方の懐の広さに今でも敬服してしまう。

練習の後にはガストでおごってもらえたし、

ビリヤードにも連れてってもらえた。

「お前の演奏はひどい」

そうはっきり指摘してくれたし「次はがんばれよ」とも励ましてくれた。


このバンドのおかげで「耳」を鍛えることができた。

また、クラシックロックに興味を持つようになったのだった。


ジミ・ヘンドリックス、ハノイ・ロックス、ジャニス・ジョプリン、グランドファンク、etc・・・


TM Network 中心だった世界が一気に変わりはじめるのだった。




つづく


振り返ってみると…、

音楽に興味をもったのは中二だったなぁ。 教室の隅にあった足こぎペダルのオルガン。

あれでCMソングを友達とコピーし合ってたなぁ。


そうこうしてるうちに、TM-Network. に出会い、そのままのめり込んだなぁ。

小室哲哉がいなかったら俺はkey. を弾いていなかったと思う。

時代は「イカす!バンド天国」

周囲は BLUE HEARTS. Jun Skywalker. BOOWY. ジッタリン・ジン ・・・

みんなこぞってギターを手にする中、

シンセサイザーを買うためにこっそりバイトしまくってたなぁ。

中二なのに使ってくれた工務店の親方さんには感謝だね♪。

まぁ、バイトっていっても夏休み&冬休みオンリーだったけど…。

この頃にBzも聞き始める。


買いもしないのにすみやの楽器屋に入りびたり、

店員さんにシンセサイザーの知識を直伝してもらう。

ある日店内に流れていたBGMで、イングヴェイ・マルムスティーンに出会う。

クラシカルなフレーズと衝撃的な早弾きに圧倒されてしまう。


高校入学と同時に念願のシンセサイザー(YAMAHA V50)をGET!!

小室哲哉がイメージキャラだったEOSを狙っていたものの、

「EOSのシーケンサーにDr.トラックをプラスさせたシンセだよ」と薦められ、結果的に満足できるものだった。


ついに念願のシンセサイザーを手にしたものの、

バンド活動にはまだまだ程遠いもので、

同じくTMファンでシンセサイザーを手にした友達と、

シーケンサーの打ち込みを勉強しあって過ごしたものだ。


結局、自分達でカラオケを作って自分達で歌っていただけだったんだなぁ…。 

バンドとはとても言えたしろものではなかったが、

周囲が誰も踏み込んでいない領域にいるような特別な気分を楽しんでいたのだった。



 

つづく