お母さんは、点滴のみで
口からは食べれなかった。

だけど、口から食べてた思い出が忘れられなかったと思う。


お父さんに
あそこのラーメンが食べたいって言ったらしく


魔法瓶にそのラーメン屋のスープをコッソリ持ち帰ったらしいよ。


元気な時は、ケンカばっかりしてたけど
愛情って言うか、情?なのかな?


もう、ガンの転移がひどくて手術は無理。


お医者さんと相談した結果、自宅で最後を見取る事になった。


ついに、立てなくなったのでオムツにする事に。


あたしが、介護士に教わってオムツの変え方をおそわった。


でも、あたしは仕事あったし旦那もうつ病だったから、父親に交換方法教えて帰った。


そんで、実家に帰ってオムツ変えようと思ったら


斜めに設置されてるし、横で止める部分がちぎれてる…。


なに?

お母さんに聞いたら


「お父さんにオムツ変えてもらうのは命懸けだよ」


だって。
オムツ変えで死ななくて良かったね(笑)
手術から1年、家族はもう完治したと思ってた。


だけど、11月ごろ調子が悪いと父親から。


実家に帰ると生気の無い母親が…。

会社帰りだったから、お母さんが

「きんぴらがあるからご飯食べな」

って。
これが母親の最後の手料理だった。

すぐ検査入院したけど、原因わからず。

食べれないからぐったりしてたみたいだけど、点滴したらなんとか元気が出てきたみたいだった。


始めの何ヵ月かは、点滴持ちながら自分でトイレ行ってたけど

そのうち、起き上がるにも難儀だったみたいでトイレまで間に合わなくなったみたい。

そこで、母なりに考えた!
生理用品で賄おうと。

しかも、あたしに頼めばいいのに

なんと、父親に買ってこいと…(´Д`)

年とると、そんなのお構い無しなのかな?
黙って買ってきたらしい…。

介護用オムツなら分かるけど、ナプキンて。


店の人
「へ…変態!」

って思わなかったのかね。
うちの母親は長野の茅野市って言うとこの出身なんだよね。


子供の頃に遊びに行ってた時は感じなかったけど、
自然満載で凄くいいとこ。

お母さんが手術後に、長野に行くって言うんで、心配だから着いてったわけ。


諏訪湖の花火大会を一緒に見にいった。


ホント子供みたいにはしゃいでたっけ。


その時は、母親の死期が迫っている事なんて全く考えていなかったな。


今思うと、今まで2人で旅行なんて行った事がなかったから大事な思い出かな?