指導の手厚さを謳っている大手の進学塾であっても、その指導が優れているのかは疑わしいものです。


私はかつて10年間、東京と埼玉を中心に展開する大手の進学塾に社員として勤めていました。


これは、私が渋谷区の教室に責任者として転勤したときの話です。


新しい職場で心機一転、これから頑張ろうというとき、ある保護者の方から相談を持ちかけられました。お子さんは、公立中高一貫校の受検生。小学6年生です。相談の内容は、「作文の添削が酷い」というものでした。事情を聞くために、すぐに保護者の方と面談をしてお話を伺いました。


面談の席で、保護者の方は私にそれまで添削を受けたという作文用紙を10枚ほど見せて下さいました。それを見て、私は愕然としました。


「作文の添削」として一般的な指導といえば、誤字・脱字や文法の誤りの指摘、内容についての先生からのコメントなどです。しかし、その作文用紙には、どれも二、三箇所赤字で誤字を直しただけ。そして、欄外には大きな文字で「不可」と書かれていました。


保護者の方は沈痛な面持ちで、それまで担当していた教師からぞんざいな指導を受けてきたこと、前任の責任者に相談をしても状況が変わらなかったことを、私に打ち明けて下さいました。


その作文を教師から返されたとき、生徒はどんな気持ちだったこでしょう。


頑張って書いた作文を無表情に付き返されたようで、虚しい気持ちになったのではないでしょうか。自分の書いた作文をただ一言、「不可」と評価されて、まるで自分が否定されたような気持ちになったのではないでしょうか。また、どこをどう直せば良くなるのか知りたいのに何も教えてもらえず、不安になったのではないでしょうか。


教室は違えど、同じ塾で公立中高一貫校受検生を教えてきた教師として、私は怒りを通り越して情けなさすら覚えました。


なぜ、そのような質の低い指導がなされていたのか?


それは、①大手の学習塾だからといっても教師の質が高いとは限らないこと、②公立中高一貫校対策の指導について、現場にノウハウの蓄積が無い(教室によって偏りがある)こと、この2つが原因です。


今回のケースでは、その生徒を担当していたのは、なんと1年目の理系のアルバイトの先生でした。どうやらその教室では、数学の先生に作文指導をさせざるをえないほど先生の数が不足していたそうです。


後日、私はその先生と面談し、ヒアリングを行いました。

すると案の定、彼は受検生を担当することになったがどうしていいか分からず、忙しさも重なって結果的に質の低い添削指導をしてしまったことが分かりました。公立中高一貫校の対策指導方法について研修やアドバイスを受けたことも無かったそうです。


これは、その先生の資質だけの問題ではありません。大手進学塾の構造的な問題です。


ここで一言申し上げておきますが、アルバイトの先生が受検生を担当するのが悪いのではありません。大学生のアルバイト教師を雇うことは、小・中学生を相手にする塾ではよくあることです。アルバイトの教師の方が社員の教師よりも熱意のある指導をしている教室はたくさんあります。


私の働いていた進学塾の場合、一つの教室に社員は平均3~4名、アルバイトの教師が20~30名いました。社員は少人数で、保護者対応やイベントの開催、事務手続きなどの教室の運営を担います。社員教師はアルバイト教師に対しては管理職の立場で接します。当然ながら、社員は勤務歴が長ければ長いほど事務的に仕事をこなすようになりますし、授業の創意工夫にかける情熱も減っていきます。それに対して大学生の先生は、生徒と年齢も近く、数年前には自分も受験生だった新鮮な記憶があります。


だから、若いアルバイトの先生の中にベテランの先生よりも指導に情熱のある先生がいるのです。大手の進学塾は、そういった先生たちに支えられて成り立っている部分が大きいのです。


しかし、公立中高一貫校入試は、まだ始まって歴史が浅く、公立中高一貫校出身の先生などは殆どいないと言ってよいでしょう。そのため、公立中高一貫校受検生の指導については、どの塾も職員研修を実施したり、勉強会を開いたり、作文添削のノウハウを共有したりして、指導の質を高めなければならないのです。先の私が赴任した教室の例では、その努力を怠っていたのです。


さて、私はその生徒・保護者と三者面談をして、担任の先生を変更すること、作文の添削は私が担当し、担任の先生は適性検査の理数系の問題を担当することを約束しました。また、保護者の方には重ねてお詫びをし、公立中高一貫校対策について職員研修を定期的に実施することを約束しました。




いかがでしょうか。

このように、テレビCMをたくさん流しているような大手の進学塾といっても、注意していないと不適格な教師を担当につけられたり、ほったらかしにされることもあるのです。


生徒にとって公立中高一貫校入試は人生の大一番です。

保護者の方は、お子さんが質の高い指導を受けられるよう、注意して塾や家庭教師を選んで頂きたいと思います。