去年、一冊の本を出した私はともかくも一応は駆け出し作家になった。


今から何年も前に某国の難民キャンプで、ある少女に出会った。

仮にその子の名前をオチュア・フラハとする。

彼女は9歳のガリガリに痩せこけた少女だった。

彼女の片目は潰れ、右手には親指と人差し指、中指だけしか無く、左手は手首から先が無い。

片方の足が不自由で、ギシギシ音が聞こえるような歩き方をする。
オチュアの目は民兵に銃の台尻で殴られて潰れ。

その足は少年兵達に何度もレイプされて、その傷からバイ菌が入り不自由に引きずって歩くようになった。

彼女の手は民兵のキャンプから救出された時の戦闘の流れ弾で吹き飛んでしまった。

オチュアの家族は皆、或いは生きたまま焼かれ、或いはレイプされた後でナイフで切り裂かれ、或いは頭を棍棒で叩き潰されて、彼女の目の前で殺された。

彼女はひとりぼっちになった。

私が初めてオチュア・フラハにあった時、彼女はキャンプの木陰の粗末なテーブルで、救援物資の包み紙にチビタ鉛筆で必死に何かを書いていた。

何を書いているのか尋ねたら、オチュアはとてもその厳しい体験から考えられないような朗らかな笑顔を浮かべて、恥ずかしそうに紙を隠した。

「お話を書いているのよ」

「どんなお話を書いているの?」

「えへへ、まだ内緒なの」

私はテーブルに置いてある星の王子様に気が付いた。

その本は血の跡が付き、泥の跡が付き、あちこち破れ、折れていた。

オチュアの宝物だそうだ。

「あたしは将来、絶対に小説家になるんだ」

オチュア・フラハは唐突に言った。

「なんで?」

「あたしはうんとうんと素敵なお話を書いて、世界中の人に読んでもらって、皆が優しくなってもらうようにするんだ。
そうなれば……」

「そうなれば?」

オチュアは難民キャンプを見回した。

「そうなったら、こんな事が起きなくなるかも知れないでしょ?
 みんなが仲良く暮らす世界ってとてもすてきだよね!」

オチュア・フラハは目を輝かせてとびきりの笑顔で言った。

彼女の一つだけ残った瞳はどこまでも澄み渡っていた。

彼女は恨みや嘆きや悲しみをどこかに綺麗さっぱりに捨ててしまったのか?

或いはそれらの負の思いをどこかその小さな体の隅に閉じ込めて、希望という物に必死にしがみついているのか?

実際の彼女の心の奥は判らなかったが、彼女の一つだけ残った瞳は本当にどこまでも澄み渡っていた。


その時から私は彼女と親友になった。

私は白い紙と鉛筆をあちこちから手に入れてはオチュアの元に運び、オチュアに訊かれるままに日本の事を話した。

日本はあちらこちらに蛇口と言うもののがあり、そこから綺麗な飲める水が出てくると言う話しに彼女は一番ビックリしていた。

自動販売機という物を見たことがないので1から説明しなければならなかった。

アイスクリームという物を見たことも食べたこともなかったのでさっぱりそのおいしさを伝えることができなかった。

しかし、オチュアは私の話を残った一つの瞳をきらきらさせて聞いてくれた。

私は非常にびっくりして非常に私の話を喜ぶ彼女をガッカリさせたくなかったので、皆さんがよくご存じの現在日本が抱える緒問題を話さなかった。

オチュアにとって日本は争いが無い、平和で豊かでみんなが仲良く幸せに暮らす楽園のような国となった。






ところでオチュアはレイプされた時にエイズに感染していた。

極めて栄養状態が劣悪な環境の中での彼女の発病は早かった。

数ヶ月後にオチュア・フラハに再会した時には、彼女はもう、申し訳程度の薄い薄い汚れたマットレスから起き上がる事が出来なかった。

もともとガリガリだった彼女は、もうこれ以上、体のどこも削ることが不可能なほどやせ細ってしまった

私は時折意識が混濁するオチュアと話した。

「日本の人達って優しいね…」

オチュアがか細い声でしみじみと言った。

オチュアはユニセフを通じてやってくる日本の救援物資のTシャツを着ていた。

それは豊かな日本でもう着る予定が無くて捨てる位なら貧しい国に送ろうと集められたTシャツだった。

「日本の人達は皆が頑張って豊かな国になったんだよね~今も皆が頑張って私たちにこんなに綺麗な服を送ってくれるんだよね」

私はオチュアの指が3本しかない右手を握って頷いた。

「……私も日本に生まれたら良かったな~」

「……」

「そうしたら、いっぱいいっぱい頑張って勉強して、貧しい人達を助けるんだ。
 日本の人達みたいに私も世界の貧しい人たちを助けるんだ」

「……」

違うよオチュア。

日本人全部が素晴らしい人なんかではないんだよ。

君には考えられないような魂が腐ったような人も沢山いて、君の何百倍も幸せな生活をしているのに君の何百分の1も感謝する心を持たない人が大勢いるんだよ。

そして豊かな生活を維持するために君たちの国の資源を搾取していて、それが君たちが戦争に巻き込まれる原因の一部でもあるんだよ。

ある意味で実際に戦闘に参加するよりも自分の手を汚さずに資源を搾取するその方法はずっと卑怯で卑劣な事かも知れないんだ。

でも大部分の日本の人たちはそんな事を知らないし知りたくもないから何も言わないし、そんな事は自分たちとは無縁の事だと思いながら生きているんだよ。

ごめんね。

仕事柄国際事情の裏側を少しは知っている私は本当はそう言いたかったけど、死に瀕した彼女をがっかりさせたくなかったので黙って彼女の手を握っていた。





その日の遅くにオチュア・フラハは亡くなった。

彼女が息を引き取った途端に死者に対する最小限の礼儀もそこそこな扱いを受けて小さな彼女の遺体は運ばれて粗末な埋葬をされた。

オチュアが使っていた申し訳程度の薄い薄い汚れたマットレスを待っている重病人が沢山いたからだ。









私は彼女の事を、いつかキチンと書かなければならない。

私は永遠に彼女の足元にも及ばないが、いつか彼女の思いを世界に広めるお話を書かなければならないと心に誓っている。




私は日本で彼女の何十倍、事によると何百倍もの資源を使って生活をしている。

彼女達の資源を搾取しながら。

私はオチュアの何百倍も努力して初めて彼女と釣り合いが取れると思う。








オチュア・フラハ








フラハとはスワヒリ語で「平和」を意味する言葉。







頑張ってお話で世界を変えないと!、いつか彼女のことをきちんと書かないと!駆け出し作家の私は折に触れて思うのです。


私が彼女の事を忘れたら、作家どころか人間として失格だと思うのです。
「世界」


ツェップはプフルーの紐をくわえて、森と外の境界線である土手を登って行った。

それは数年前にノッチェとツスカ、致命的な傷を負った先代のツェップが、執念深い3頭の犬達に追われて、命からがら越えて来た土手だった。

ツェップが土手を登りきり、丈が高い草をかき分けると単線の線路脇に出た。

砂利が敷いてある上に長い長いレールが2本、どこまでも延びていた。

ツェップは線路と言う物を、初めて見た。

ノッチェとツスカから話は聞いていたが、その時はいくら説明を聞いても、頭の中に具体的な光景は思い浮かばなかった。

「これが…線路なんだ。
この固そうな長いものはなんで2本ずっと長く延びてるんだろう?
何でここには草や土が無いんだろう?」

プフルーがさも当たり前の様に言った。

「ツェップ、この長い鉄で出来た物はレールと言うんだよ。人間が草を抜いて石を撒くと土が死んで草が生えなくなるんだ。
そこにレールを敷いて汽車を走らせるんだよ」

ツェップが珍しそうにレールに近寄ると、クンクン匂いを嗅いだ。

それは古くなった、動物の血の匂いがした。

珍しそうに線路のあちこちを見て回るツェップを見て、プフルーが口の無い口で笑った。

「ツェップ、線路を見たこと、無いのかい?」

「うん、話には聞いた事が有るけど、見たのは初めて」

「線路なんてあちこちにあるよ。
線路や道路、それに家とか、人間はあちこちの土を殺して、草や木が生えないようにしてから、自分達に便利な物を置いて行くんだよ」

「なぜ?
なぜ土を殺すの?
人間は土や草や木が嫌いなの?」

「う~ん、嫌いと言うか…人間は自分の言うことを聞く草や木は大事にするけどね。
でも、邪魔な土や草や木はドンドン殺しちゃうんだ」

「へぇ~人間は変わってるね」

「人間は変わってるよ。
殺すのが好きなんだと思うよ。
ツェップ、線路を越えよう」

ツェップとプフルーが線路を越えて反対側の草むらに入った。

暫く進むと草むらが途切れ、土手の反対側の天辺に出た。

のどかな田舎の農村の風景が広がっていた。

ツェップは産まれて初めて見る景色に圧倒され、恐怖を覚えて、しり込みをし、後ずさった。

「うわぁ!
なんだこれは…」

プフルーはツェップの怯えた様子を見て、丸く赤い身体を上下に揺らせて笑った。

「ツェップ、君は世界の事を何も知らないんだなぁ~!
大丈夫、怖くないよ」

プフルーは笑ったが、想像してみて欲しい。

平均的ないたちの顔の高さはせいぜい地面から10~15センチなのだ。

ツェップは地面から10~15センチの世界しか知らない。

土手の天辺から風景を見たときのツェップの驚きは、生まれて初めていきなり高い山まであがって世界を見回した人間の驚きに匹敵するだろう。

木立の中に所々立っている人間の家。

家の間を縫って延びている道。

牧場を囲っている柵。

全てがツェップの頭の想像の範囲を超えていた。

「ツェップ、怖がることはないよ。
今のところ危険な物はない」

人間の町で生まれてから、母を尋ねてあちこちを放浪していたプフルーは、弱々しい見かけと違い様々な知識を得ていた。

プフルーに笑われ、諭され、怖じ気づいていたツェップは持ち前の好奇心が頭をもたげた。

「よし、行こう!
プフルーあれはなんだい?」

「ツェップあれは人間の家だよ」

「ふぅ~ん、あれは何?」

「ツェップ、あれが道路という物だよ」

「あれは何?」

「ツェップ、君は牛を見たこと無いのかい?」

「うん、初めて見た。
大きいね、怖くない?」

「あはは、全然怖くないよ、今はね」

ツェップは見る物聴く物全てに興味を持ち、プフルーが疲れて無口になるまで質問攻めにしながら、草原から草原へ移動しながら土手を降りていった。

「ツェップ!隠れて!」

プフルーが、自らも草陰に隠れながらツェップに声を掛けた。

「なんだい?プフルー?」

「しっ!声を立てないでじっとしていて!」

ツェップがプフルーに言われたとおりに草陰でじっとしていると、訓練帰りらしい兵士の一団が、銃剣付きのライフルを肩に掛けて声を合わせて歌いながら、田舎道を行進してきた。

「ツェップ、あれは兵隊と言うんだ」

「兵隊?」

「恐ろしい奴らなんだ、あいつらが持っている棒の先から大きな音と煙が出てきて、小さな石を飛ばしてくるんだよ。
僕があれに当たったら死んでしまうよ、パーンてね。
弾けて死んでしまう」

「恐ろしい奴らなんだね」

「そうだよ、僕は奴らが笑いながら僕の兄弟を片っ端から撃ち殺したのを見た事があるんだ」

プフルーは怒りと恐怖に身を震わせて呟いた。


第5章  終わり
第4章 「ツェップとプフルー」

 ツェップはノッチェ母さんやツスカ父さんの話を聞いては頭の中で自分が冒険をしているようにゾクゾクと身を震わせた。
 ノッチェやツスカの話を全て暗記しているにもかかわらず、ツェップは折に触れて話をせがんだ。
 草原に出ては森と外との境界線である鉄道の土手を眺めてため息をついた。
 ツェップは次第に兄弟達から離れて一人で過ごすことが多くなった。
 外の世界に対する思いは日増しに募っていった。

 木枯らしが吹き始めた初冬のある日。
 ツェップが森を歩いていると藪に見慣れないものがいた。
 それは翼が無いのに宙に浮き、まん丸で手も足も頭も無かった。
 細い尻尾が藪の中に消えていた。
 ツェップは生まれてから一度も見たことが無いこの変な者に興味を持って近付いた。
 それは藪に尻尾を絡ませて、ゆらゆらと上がったり下がったりしていた。
 ツェップの目は赤い色と言う物を認識できないが、それは血のような色をしていることは判った。
 それはツェップが近付くと、一層上下にゆらゆらと動いた。
 ツェップが近付いてにおいを嗅ごうとした時、それは金切り声を立てた。

「近寄らないで!僕に近寄らないで!」

 ツェップはびっくりして一歩二歩後ずさったが興味を押さえきれずにそれに話しかけた。
 
「君は誰?怪我をしているの?」
「僕はプフルー、怪我はしてないよ。
何でそんな事を聞くの?
君は誰?」
「僕はツェップ。
君の体は血の色をしているからだよ。」
「僕の体は生まれつきこの色なんだ。」
「ふーん。」

 ツェップはプフルーに近付きプフルーの体に鼻を寄せた。
 食べられそうなにおいはしなかった。

「ああ!そんなに近寄らないで!
君の牙やそのとがった爪が僕に当たると僕は壊れてしまうんだ!」

ツェップが少し身を引いた。

「君はどこから来たの?
この辺じゃ君みたいな生き物は見ないな。」
「僕はずっとずっと遠い町から来たんだ。」
「町?」
「人間や人間が建てた建物がいっぱいあるところさ。」
「そんな所が本当にあるんだ。」
「あるよ。」
「でっ、君はどうしてここにいるの?」
「僕は風に流されてお母さんとはぐれてしまったんだ。
それから旨く体を動かして何とか風に逆らって動く事ができるようになってお母さんを探してるんだけど、紐が木に絡まってしまったんだよ。」
「この尻尾の事?」
「うん、今はまだ紐を旨く動かせないんだ。
ツェップ、悪いけど紐を木からはずしてくれないかい?」

ツェップがプフルーの紐が木に絡まっている所に顔を近づけた。

「どうすれば取れる?」
「絡まっている木の所を噛んでくれないかい?
僕の紐は切らないでね。」

ツェップは苦労してプフルーの紐が絡まっている木の枝を噛み千切った。
プフルーがふわりと高く浮いた。

「ああ!ありがとう!これで自由になったよ。」

 ツェップはフワフワと浮いているプフルーをじろじろと見ながら尋ねた。

「君は翼が無いのにどうして飛んでいられるの?」
「僕の体の中には空気がいっぱい詰まってるんだ、だから飛ぶと言うよりも、浮いてるんだよ。
その代わり体の皮が薄いからとがったもので傷がついたりしたら体が破けてしまうんだ。」
「ふぅーん。」

 ツェップは判ったような判らないような返事をした。
 プフルーの話していることが森で育ったツェップには判らない部分がところどころある。

「だから、木や枝があるところは苦手なんだよ。」
「じゃあ、何でこんな所に来たのさ。」
「カラスに追われて逃げ込んだんだ。
あいつら、僕を見ると変に追いかけてくるんだ。」
「ふぅーん。・・・・・これからどうするの?」
「お母さんを探しに行くよ。
カラスの奴らもどこかにいったと思うから。
でも、ここはとがったものが多くて怖いなぁ。」
「よし、僕が君を森の外れまで連れてってあげる。」
「本当?助かるよ。じゃあ、僕の紐を咥えていってくれる?
そこは噛んでも痛くないから。」
「こうかい?」

 ツェップがプフルーの紐を咥えた。

「そうそう、それで僕を森の外れまで連れてってくれるかい?
ただし、ゆっくりいってね。
木の枝にぶつかると僕、破けるかもしれないんだ。」
「わかった。」

 ツェップはプフルーの紐を咥えて森の中を歩いていった。
 草原に出るとツェップは紐から口を離した。
 プフルーがふわりと一段高く浮いた。

「ツェップ、ありがとう。
風の調子も上々だよ。
じゃ、僕行くね。」
「バイバイ。」

 ツェップはふわりふわりと空を行くプフルーをじっと見守った。
 いつのまにかツェップの一番下の妹のアプーがツェップの隣にいた。

「ツェップ兄ちゃん、あれなに?」
「おまえには知らなくてもいいものさ。」
「兄ちゃんの意地悪!」

 その時、2羽のカラスがぎゃあぎゃあ喚きながらプフルーめがけて飛んで来た。
 プフルーが悲鳴をあげて草の中に急降下した。
 ツェップはプフルー目掛けて一目散に草原に飛び込んだ。
 アプーはただならぬ事態を感じてノッチェを呼びに走った。
 草原を走ったツェップはカラスがもう一息でプフルーをくちばしでつつこうとする瞬間に間に合った。
 後ろから飛びついたツェップに驚いてカラス達が慌てて翼を広げて空に浮かんだ。

「ぎゃあ!おまえ!なんで!じゃまする!ぎゃあ!ぎゃあ!」

 プフルーの前に立ちふさがったツェップが牙をむき出してカラス達を威嚇した。

「おまえたちどこかへ行っちまえ!
プフルーに構うな!」

 カラス達はしばらくツェップとプフルーの上を飛びながらぎゃあぎゃあ騒いでいたが、ツェップの剣幕に恐れを抱いて、捨てせりふを残して飛び去った。

「ぎゃあ!おぼえていろ!ぎゃあ!つついてやる!ぎゃあ!ぎゃあ!」

 プフルーがほっとしてツェップに言った。

「助かった。ツェップありがとう。」
「プフルー、君はよく今まで生きてこれたね・・・・・・・・これから一人で大丈夫?」
「・・・・・怖いけど、・・・・母さんを探さないと・・・・。」

 ツェップはしばらくプフルーを見つめていたが、やがてきっぱりと言った。

「よし!決めた!
プフルー、君が母さんに会えるまで、僕が一緒に行ってあげる!」
「え?君が?一緒に?」
「だってプフルー一人だといつカラスに襲われるかわからないじゃないか!
僕がついてってあげるよ!」
「・・・・本当?・…本当に一緒にきてくれる?」
「うん!行こう!」
「・・・・・ありがとうツェップ!
・・・・・僕、ずっとずっと一人だったからうれしいよ!」

 アプーの知らせを聞いてノッチェは他の子供たちを連れて草原までやってきた時には、ツェップとプフルーが鉄道の土手の坂を中ほどまで登っていた。

「ツェップ!待ちなさい!どこへ行くの?」

 振り返ったツェップがノッチェに叫んだ。

「母さん、大事な用事があるの!
心配しないで!
すぐに帰ってくるから!」

 ツェップの兄弟が口々に戻ってくるようにツェップに叫んだ。
 ノッチェはじっとツェップを見つめていた。
 そして大声で叫んだ。

「ツェップ!何があってもきっと、きっと戻ってくるんだよ!
母さん、ずっとおまえを待ってるからね!
絶対に戻ってくるんだよ!」
「母さん!絶対に戻ってくるよ!
行ってきます!」

 ツェップとプフルーは土手の坂を上っていった。
 騒ぐツェップの兄弟たちにノッチェは巣穴に戻るように言った。
 そしてノッチェはツェップが見えなくなるまでずっとその場を動かずに見つめていた。
 時折冷たい風が吹き付けてノッチェの毛を揺らせたがノッチェはじっとツェップが消えた土手を見つめていた。




第4章  終わり