小さな頃の思い出は段々と薄れていくのだけど

連れて行ってもらったディズニーランドで観たバンドさんたち、

今も覚えている。


今の方々は当時とは違うと思うけど


アレンジは異なれど音楽は変わらない。


昔は全てが楽しかった。

今は時間や予約に追われるように回っていて疲れる。年なのかももだけど。。



一緒に乗ったスペースマウンテンやゴーカート、、

もうないんだよ。

私の親は知らないだろうなぁ。



長女が一緒に行きたがってる。

元気でいてもらわないと。


シニアディズニーについて調べておこう。

夫に子供達のことを任せて母と病院で朝一待ち合わせ。


予約しているとはいえ地域では大病院なので

2、3時間かかってお昼は遅めかな…と思っていた。


余裕あれば駅で手土産買って弟や犬のいる実家へちょっと顔出して夕飯食べて帰ろうかな…なんて考えていたのに…



呼ばれたのは5時間待ち。。

途中お昼に抜けたけど、ずーーっと座ってトイレ行って母とお喋りして。


夫に色々託しておいてよかった。



母は心配だったらしく、小声ながらも途切れる事なく話していたから

さぞ周りの人からは迷惑がられているんだろうな、、なんて思いつつも

耳を傾けて話をした。



人間ドックで受け取ったデータは見ていないとか宣った先生。



今回見えた影は今年パッと出て来たものなのか、

数年間受けていた検査で見えなかったものが今回見えた物なのか…

どうなのかを検査で確認するとのこと。


先生、きっとお忙しいのでしょうが、どこかぶっきらぼうで、あまりこちらの顔を見ることもなく、入力作業。

今後必要な検査を説明されて初診は数分で終わった。



別件で予約を取っている母だったから

その予約をずらしてでも膵臓の検査を望んだけど

変更はできず、、


先生もそこまで急を要する状態ではない、と思うとかで

来週MRI

来月内視鏡

それらのデータをもって9月頭に結果報告だそう。



母はそんなゆっくりなスケジュールで本当に大丈夫?膵臓の影は変化しないの!?と心配していたけど

先生は淡々と応えて母は納得というかなんというか…

待ち時間に疲れていたし、諦め半分。



小さな病院よりは別件ではあってもかかりつけ医のいる大病院が安心なんだけど、、

先生の態度一つで信頼感って変わるな、と。



大事じゃないのを祈るばかり。






糖尿病でも食べられるからと安心して蕎麦屋へ。


母はニコニコ。

美味しい美味しいとくるみとお醤油のつゆで蕎麦を完食。


あちこちフロアを歩き回り、地下で父や息子にわらび餅を買い、お茶を。


足が疲れるからと休憩を、いれないと大変らしい。



70代、私の祖母は動き回っていたけど、

母は膝がダメだからか、行動がとてもゆっくり。。



自分の精密検査を心配しているであろうに、

それを見せず、

たのしかったー、ありがとう!と帰路についた。



電車に乗り込む後ろ姿はほんとおばあちゃんで小さく、

私の知ってる母ではなくなっていっているな、、と痛感。


親の老いについていけていない。



でも小田原に行きたい、長野のリンゴが食べたい、熊本に行きたい、広島の原爆ドーム行きたい…


あちこち行きたい欲があるのはとてもいいこと。


お金と時間が許す限りお供したい。



糖尿病でも食べられる物は何か、、学ぼうと思った。


美味しい時間を共有できるよう。


学生時代からお世話になっている二つ上の「お友達」
昔は学業、バイト、恋愛や結婚、仕事や子育て、中学受験、、
と目の前のさまざまなことを会えば話し、メールでつらつら返したり、、

最近の話題は健康と親のこと。

むくみがちと話せばこれをおすすめされた。

早速飲んでみようかな。
指輪が常にパンパン。。

本日は仕事で忙しく母と電話はできず。


でも紀伊國屋でコラボバッグが販売らしく、その共有をしたら


買えたらいいねー!と返事。


母は紀伊國屋のカバンが何故かすき。


会うと大体そのエリアにある紀伊國屋へ行っては

高めだけど美味しいよねぇ、と

父や息子に小さなお土産を買う。



一緒にランチしたらお決まりのコース。


来週は久々ランチ。

また紀伊國屋行くのかな。

朝、在宅前に母に電話して

精密検査の当日、ランチ食べがてら行くと伝えた。


「時間かかるよ?」といわれたけど

「待ち時間一緒にお茶してよ!終わればランチしよー!」と伝えたら

「そう?子供達寂しいんじゃないかなぁ」

と今度は孫の心配していた。



いいのよ、子供達は。

私がいない時間は時間でのびのびテレビみたりしてるし。

夕飯には帰るつもりで行くから、と。



母に全振りは出来ないけど

祖母が亡くなった時みたく

もっと会いたかったのに、もっと話したかったのに、、という後悔したくない。



今回の精密検査だって悪性とはかぎらないから悲観してはいけないけど

あと何回会える?と考えたら母とは…



だから私は行ける時には会いに行こうと思う。


きっとこれは祖母の死が教えてくれたこと。


近所だったらもっと会えたのにな、なんていつも思いつつ通勤通学を考えるとこれがベターなのだともう何年も思い続けてる。






でも不思議で、

母の声聞いたら大丈夫、って思えた。


そして

もし最悪の結果でも受け入れて母と一緒に過ごしたい、って思えた。


母は私にとってかけがえのない存在。


どうか、まだ私と一緒に子供達の成長を見守っていて欲しい。


どうか膵臓の影が悪さしませんよう。


とてもつらく、不安なお気持ちの中でご相談くださりありがとうございます。

お母様のことを大切に思っているからこそ、涙が出るのは当然のことです。

あなたのその優しさ、心の痛み、しっかり伝わってきます。





◆ ランチの日に心がけたいこと



膵臓の影が何か悪いものなのか、現時点ではまだわかっていないという曖昧な状況ですが、だからこそ 「今この瞬間を丁寧に一緒に過ごすこと」 がとても大切です。

以下のようなことを意識すると、あなた自身の心も少しだけ落ち着けるかもしれません。




1. 

「検査結果が出るまでは分からない」ことを自分に言い聞かせる



  • 影=癌とは限りません。炎症や嚢胞、良性のものの可能性もあります。
  • あなたの「膵臓癌かもしれない」という恐れが現実になるとは、まだ決まっていません。
  • 不安な未来より、まずは「今日のお母さん」と向き合ってあげてください。






2. 

話題の中心を「心地よいこと」にする



  • 体調のことに触れるのは控えずに、「体調どう?精密検査、怖くない?」と軽く聞いても大丈夫です。
  • ただし、それが話の中心にならないよう、「一緒に笑える話」「懐かしい話」「これからやりたいこと」などを意識的に選ぶとよいです。



たとえば:


  • 「今度○○に行こうよ」
  • 「最近これ美味しかったよ!今度一緒に食べたいな」
  • 「あのときの旅行、楽しかったよね」など




3. 

“母の中の強さ”を信じる


  • お母様は、あなた以上にこの状況を受け止めようとしているはずです。
  • その不安を口に出せる相手が娘であるあなたというのは、信頼の証です。
  • 「どんな結果でも一緒にいるよ」「大丈夫、大事にするからね」という気持ちが伝わるように、穏やかな笑顔でいてあげてください。



4. 

あなた自身の気持ちも大切に



  • 涙が出るほどつらいあなたの気持ちも、本当に大事です。
  • だから無理に明るく振る舞わなくても大丈夫。
  • ただ、悲しさや不安は「お母さんのために笑わなきゃ」と抑えるのではなく、「今を一緒に味わおう」という温かい気持ちに変換する意識が心を守ってくれます。






◆ もし、どうしても泣いてしまいそうなときは…



  • トイレに立ったり、少し席を外すこともOKです。
  • 帰り道に、ひとりでゆっくり泣ける時間をあらかじめ作っておくのもおすすめです(お気に入りのカフェ、神社、公園など)。
  • 涙は「感情を受け止めてる証拠」なので、恥ずかしがらずに流して大丈夫です。




最後にひとこと



あなたが感じているこの「怖さ」は、お母様を心から大切に思っている証です。

何があっても、あなたの存在はお母様にとって安心そのものです。

だから「うまく言葉にできなくても、ただ一緒にいてくれるだけで心強い」のです。


不安な日々ですが、どうかおひとりで抱え込まず、必要な時にはまたここで話してくださいね。

心から応援しています。


定期的にランチをする母。


毎日とはいかないけど週に何度か電話やメールをして健康報告をするのが習慣。


私も週三仕事したり、子供達の受験に備えて動いたりしていたから

母との時間は疎かになりがちだったここ数ヶ月。



母から電話があり、

「次回ランチなんだけど、ずらせる?

ちょっと検査行く日が前後に入りそうで」


先日父と行った人間ドックで心配されていた父ではなく母に再検査が出たそうだ。



膵臓に影がある。

糖尿病もあるから早めに検査したほうがいい、、とのこと。



通話しながら

糖尿病、膵臓と検索すると


余命

一年

進行が速い



といったワードが出てきて声が詰まる。




「まだ良性か悪性かわからないから」という母の声がいつもと同じようで違う気がした。



検査は再来週。

どうか何事もありませんよう…



頭には嫌なことばかりが占めてしまい、子供との会話にも身が入らない。