『今となっては感謝してます。1度ははスゴク憎んだけど』なんて、キレイ事だと思ってました。

こんばんは。
とまよです。

※2015/11/10の記事を期間限定再アップです。


本日の記事も、ひとりごと
なおかつ
すんごく黒~~~い話。
ワタシの闇の部分の話。
とってもとっても長~い長文です。

読みたい方だけお読みください。



メンヘラちゃんだった私の話。

5年くらい前になるでしょうか?

私は、本当に数年ぶりに、スゴク大好きになった人がいました。
20代も後半を迎えて
長い間、好きな人もできず、仕事ばかり。。。
もう誰かのことを好きになることすらないかも…と思ってました。

そんなとき、いきなり会社で隣の席に座るYさんをメチャクチャ好きになってしまった。

それまでも、隣の席で、
ワイワイきゃっきゃ!と楽しくおしゃべりしながら仕事をしていたけど、特に恋愛感情は感じなかった。
1年も同じ席だったのに、いきなり…。

まさしく雷が落ちた!
瞬間でした。

『もし、次に好きになる人がいたら、勇気を出して告白だけはしよう…』
Yさんのことを好きになる、ずっと前から決めていました。

それまでの人生で告白なんて、したこともありません。。。
ずっと、指を加えてみているだけでした。。。

次は告白する!と決めていた私は必死でダイエットを始めます。

●kgを切ったら告白する!

そう決めて私は、無我夢中で三ヶ月で15kg痩せました。
(ちなみにここまで、14歳で摂食障害になるときと全く同じパターン)

でも、、、
でも、、、
Yさんは、その間に結婚してしまいました。。。

彼女もいるの知ってたけど、
もうちょっとだけ、、、
もうちょっとだけ、待って!!!
て心の底から願ってたのに。。。

やっぱり私の人生には、幸せな恋愛なんて用意されてないんだ…
私は神様から見放されてるんだ…

注) 摂食障害あがりのメンヘラな私は、自分のことを『なんて醜いんだろう…』とずっと思ってました

しかし、私の想いは、吹っ切れることなく、頭はYさんでいっぱいの日々でした。

会社に行けば隣の席にいる…
嬉しい…
でも、その傍らで新婚トークを聞かなくてはならない…
苦しくてしんどくて仕方がない…

『告白したら、きっと吹っ切れる。好きになったこと自体は素晴らしいことじゃないか。この気持ちを成仏させてあげよう。』

そう思って、勇気を振り絞り、
残業で2人きりになったときに、
人生初の告白をしました。

Yさんは、すごく嬉しく思ってくれた。
でも、答えは『嫁がいるんだ。付き合えない。』それが思いやりであり、優しさ。

でも、嬉しさついでに嘘かホントかこんな言葉も言ってくれた。
『もし、一人やったら、とまよさんなら付き合ってた』

!!!!!

この時点で、『好きな人と付き合ったことのない』ワタシ…

私は、Yさんのその言葉と、
嬉しがってくれるその様子にドンドンめり込んだ。


一貫して
『付き合えへんよ~。』
それがYさんなりの、私への思いやりであり、優しさなのに、
そんなこと気遣う余裕はなかった。

会社に行くと、Yさんをひたすらみてたし、
(そんなこという権利もないのに)『奥さんの話をすると苦しいから嫌だ』とYさんの前で、泣いたりもした。


もうここまで来ると
好きなのか
依存なのかもわからない
(てか、今想えば完全なる依存やんねぇ(TT))

ワタシはどんどん、痩せていった。
友人たちにも、会う度に『大丈夫か』
と言われる。。。

四六時中、頭の中はYさんでいっぱいで、
なおかつ、メンヘラなワタシは

『ワタシがこんなに苦しんでいるのに!』
奥さんと幸せな日々を過ごしているのが、憎くて恨めしくてしょうがなかった。

完全に病んで、
イッパイいっぱいだった。

これ以上ここにいては、
体がもたない。。。
会社を辞めようと思った。

苦しくてしんどくて仕方がない…、
そんなワタシは、仲の良かった
友人であり会社の同期であるS君に相談した。

そこから、予想外の展開がはじまった。

『S君、わたしっ(>_<)
 わたしっ(>_<)(>_<)』

確か、こんな風に、
IP(社内でできるチャットみたいなもの)を送ったと思う。

S君からは
『どうしたw』
て帰ってきたのをよく覚えてる。

S君は同期だったけど
腕の良いプログラマーで
社内のほとんどを任されるくらいのポジションにいて
頼りがいがいがあった。
ただし、変わり者(笑)
私も変わり者なんだけど、それをも超える変わり者だ。

また、その半年位前に
ずっと同棲していて、結婚する予定だった彼女と結婚が破綻になった
ということも聞いていた。

S君に、泣きついて一緒にご飯を食べに行った。
すごく悩んでいて、もう、辞めようかと思ってることを伝えた。

一通り、話して
『ごめんな、しょうもない話で。S君もなんかあったら話聞くから。』
ワタシがそう言うと珍しく、S君は自分の話を始めた。

『俺さ、結婚ダメになったやんか。
俺の彼女さ、うつ病ひどくてさ。。。』

と切り出してくれた。
摂食障害の経験があるワタシは
「何だそんな事」
と思った。

『よくあるよ~。わたしの友達でも多いよ。』

そう言うと、さらに話は続いた。

『結婚式の打ち合わせしててさ、
彼女が子供は呼びたくない!て話になってん。
でも、俺の親戚みんな子供おるしさ、じゃあ結婚できひんねって話になって、別れる!て言ってん。俺も疲れきってたしさ。。。』

『そしたら、、、
朝起きたら死んでた。
首吊って。』


…………



ワタシは固まった。。。


『そんな、、、


私の悩みなんか屁の河童で
S君はメチャクチャ苦しい想いしてたんやーーーーー!!!』


とてもショックでした。


当時のワタシは、
共感能力とか、人を助けようという気持ちがありすぎた。

誰かの悩みを聞くと、
正義の見方を気取って、
『ワタシが助けてあげなきゃ』
となる。

でも、今から想えば、実は
『いい人』を気どりたいだけで、
それによって、価値のない自分を埋め合わせていた。

その後、終電がなくなりS君はうちに泊まりに来た。

大学時代に演劇をしていたワタシは、劇団員は男女問わず家族のようで、一緒に泊まる文化にも慣れてたし、社会人になっても、仲間内では、それがフツーだった。
なおかつ、太ってたので、誰からも女としてみられることもなかった。

うちに来て、S君とさらに色々話す。
S君の亡くなった彼女の話、
会社の仕事の話、
ワタシはひたすら『私なんか価値ないんだ~』て言ってたな 苦笑

話も尽きた頃、
『こっちおいでよ』と
S君は私のことハグしてくれた。
アメリカ帰りで、会社でも結構そんなことが色んな人にあるので、特段気にしなかった。

心がボロボロだった私は、すごく安心できた。

でも、、、
いつものハグとなんか違う!

!!!!!
私、女の人としてみられてるんだっ!

正直、素直にびっくりした。

何度も書くけど
摂食障害あがりでメンヘラな私は、
『私は醜い』てひたすら思ってたし
『誰も私のことを女性としてみない』
とも思ってたし
実際にそうだった。

だから、とても意外でビックリした。

『これは、いかんっ!』
と思って咄嗟に体をひいて何もなかったけど、
同時に嬉しくもあった。

自分の人生に、なかったことがあった。

すなわち、『女の人』として、自分にとって価値ある人から、扱われるということだ。


話はYさんのことに戻る。
S君の劇的な人生の告白があったとて
メンヘラ全開のワタシは、
会社に行けばYさんに夢中であり
何も見えていない。

一挙手一投足に一喜一憂、
嫁の話をしているのを聞いては
外に泣きに行く。

Yさんに告白してから
1年弱という時間がたっていた。

『いつまで立っても諦められない。。。やっぱり、毎日会う環境が悪いんだ!辞めよう。』

ワタシがいたWEBの制作会社は
ハードワークではあったけど
その分、同世代も多く、
社員同士は、同僚というより、仲間、友達!という感じで、会社の雰囲気は大好きだった。

『まだ、この仲間と働いていたいのに…』

ワタシは立派に『負け組』として会社を去った。

退職した日、みんなからもらった色紙が、
嬉しくて、でも、悲しくてひたすら泣いてた。

それから、2ヶ月くらいが経った。
新しい会社の人たちはいい人だったけど、、、

心は埋まらなく、
ひたすらに『前の会社に戻りたい。あの仲間と働きたい。』と言ってた。
『辞めたら忘れられるはず』のYさんのことも忘れられないままだった。。。

寂しさと空虚さ、やるせなさがいっぱいだった。
『私は何の為に会社を辞めたんだろう。。。負け組として。。。』


そんなとき、再度S君に泣きついた。

そこから、グレーゾーンのタイムラインがはじまった。
いわゆる、SEXフレンドの関係。

今から想えば
『引き寄せの法則』というのは
本当にそのまま働いていて面白い。

ワタシは、失恋の末、執着し、その上大好きな仲間達がいる会社まで辞めて、
心に膨大な穴があった。

S君は、結婚するはずの人が目の前で自殺し、
心に膨大な穴があった。

同じエネルギー同士が引き寄せられていた。

Sくんが抱きしめてくれる時間はスゴイ勢いで安心感があったし、『自分が女の人として扱われる』という喜びがあった。

心の穴を過食で埋め合わせる、その何倍もの至福があった。
寂しさで食べてるんだから、そんなの食べ物より人がいいに決まってる。。。

私はそれまで、どうでもいい人としか付き合ったことがなかったので、
友達としてでも(いや、好きではないとしても、その時点で男の人として魅力的だとは思っていたな…)自分が好意のある相手が目の前にいるというのは初めての経験だった。

自分の隣に安心できる人がいる
というのが嬉しかった。

ワタシは
どんどんどんどん依存した。

摂食障害に依存して、
Yさんに依存して、
次はS君に依存する。

そして、S君自身もワタシに対して幾ばくかの依存があった。
当たり前かもしれない。
S君も苦しさから逃れたかった。


でも、ワタシはその依存が嬉しくて
『ちょっとでもいいから、誰かから必要な存在』になりたかったんだ。

当たり前だけど、
S君との関係は、友人だったころより
悪くなっていた。

一緒にいる間はいいけど、別れる瞬間やそれ以外の時間が虚しくてしょうがない。。。

『この事は誰にもいうな』と言い
他の女の子とも遊びに行く S君がズルくも思えた。

男の人と女の人は
脳の創りが違う
らしい。。。

ワタシはいつしかS君と『ちゃんとした関係』になりたいと思っていた。

今から想えば、体から始まって、お付き合いする人なんか五万といる。
特に若い子なんて五万といる。

でも、当時のワタシは、ひたすらに
『ワタシは悪いことを求めている。責められる。そんなこと求めるのはダメな事なんだ。』
と罪悪感があった。

その話をしようとすると、
S君は必ず、はぐらかす。
『ワタシは心の底からは、誰にも大切にされないんだ。。。ワタシには、価値がないんだ。。。』
虚しくて悲しかった。


※今から想えば、『大事な話をしようとするとはぐらかす、逃げる』は父親と全く同じパターン。。。
父と同じ人を創り出す自分、、、おそるべし!

ワタシはどんどん重たくなっていって、
S君から突き放された。
ショックで壊れそうだった。

でも、
執念深いワタシは、ひたすらにS君に連絡をして、
それから5ヶ月後、一緒に桜をみにいけることになった。

ワタシは舞い上がっていた。
そう、『咳がとまらない』というS君の為に街中探し回って、漢方薬とか探して。

もう1度、ちゃんと『すき』と言った。
S君の答えはいつもと変わらず『でも、気持ちには答えられない』だった。

それからワタシはワンワンと泣いて、
その後、『これで最後』と言われて
なぜか体の関係はあって、なぜかS君もその準備をしてきていた。

次の日、『もう諦めよう。きっぱりと前を向くんだ。』と気持ちをきりかえる準備をした。

でも、、、
その一週間後、中の良かった辞めた会社の同僚から、電話がかかってきた。
※ちなみにその子はワタシとS君のことは知らない


『S君、3週間前に、同僚のNさんと付き合い始めたって~。S君から告白して…』


3週間前…
ワタシが桜見に行こうって誘ったのと同じくらい…
しがも、、、ワタシ一週間前に一緒に桜見に行って、、、S君もそのつもりで来てて。。。

ワタシは固まってた
というか、体の震えが止まらなくなってた。

怒りとか、訳の分からなさですべてが
ぶっとんでた。。。

S君が苦しかったとき、あんなに近くにいたのに!
いっぱい話も聞いたのに!
こんなに毎日S君のことばっかり想ってるのに~!

怒りで我を忘れるとは、あの瞬間みたいなことを言うのだろう。

自分の中で、

プツンて

何かが切れる音がしたんだ。

そこからは徹底的に攻撃した。
メールもひたすら送り付けて
それだけじゃ物足りなく、何の罪もない相手の女の子・Nさんにも、
被害者ぶってうらめしそうなメールして、電話して。

前の会社の人たちにも、
言い降らせるだけ、私とS君のこと言いふらした。

私が「恥をかく」「 白い目でみられる」
ということは、そのとき本当にどうでもよくて
とにかく
S君を攻撃したかったんだ。。。

苦しくて、、、
悲しくて、、、
自分がみすぼらしくて、たまらなかった。

愛されたかったのに…、
誰かにとって「大切」になりたかったのに…、

ひたすら泣いて
ひたすら恨んで
恨んで恨んで恨めしくて、
恨みすぎて呼吸が苦しくなって、松屋町通りでしゃがみこんだこともある。

『ワタシがこんなに苦しんでるのに』
ふたりが幸せにしてるのが許せなかった。

※この時点で『ワタシがこんなに苦しんでるのに』のパターンを連続して経験しています。後から気づくのですが、これはまんま『父親に対するパターン』を繰り返してました。


そのうち、恨むのも、憎しむのも、考えるのも疲れ果てて
手放したくなった。
でも、いざ手放そうとすると、、、
『できない』んだ。

「考えないようにしよう」「もう手放そう」「許そう」ってするのに
それが『できない』んだ。

ひたすら考え続け、憎しみ続け、悲しみつづけた。
考えたくないのに、手放したいのに、もう、忘れたいのに。。。

※これは後から学んで知るけど、無意識(潜在意識)の仕業。
強烈に無意識に「手放したくない」とか「怒り」とかが入っていると、自分の意思の力だけではどうにもできないときがある。

そんな状態のまま、約1年過ぎて
疲れ果てて
もう、どうしようもなくて
ワタシは
『同じことが起こっても、人によって受取り方が違う。それはなんでなんだろう?』
と思い始める。

そして、心のしくみや、
どうして幸せな事ばかり起こる人と
私みたいに苦しいことばかり起こる人がいるのか…
本やサイトをみまくって、、、

ワタシ自身と
深く深く向き合うようになる。

そして私自身も心のことや、
キネシオロジーやエネルギーワークを学ぶようになっていく。

そして時は流れ2015年現在。

ワタシにとっての深い闇の中にあったものは、
ワタシにとってとても大切なものでした。
一番向き合いたくないものでもあったけど
とても大切なモノでした。
I約8年間『お父さん』と呼んでいない父親と向かい合いきる覚悟ができました。

S君との出逢いは、ワタシには必要でした。
そして、あの別れ方もワタシには必要でした。

そこまで、恨み狂い、苦しんで、疲れきらなければ、
私は心の底から変わる!
なんて決心をできなかった。。。
というか、「自分の心を変える必要がある」
ということさえ、気づくことさえなかった。。。

そのおかげで、
自分の心に深く向き合い、
人生で2度としゃべることはない!と思っていた父親とも向き合い
ガタガタになっていたワタシの家族に丸みが戻ってきた。

そして、
14歳で摂食障害になって以来、
ネガティブたまらなく、
自分が嫌いでたまらなく、
精神的に不安定だったワタシの心にも穏やかさが戻ってきた。

世間一般にはあっていない
変わりモノの自分を、
楽しんで(o^^o)
生き切る決意もできた。

そして、今、
ワタシには素敵な閃きがあり、
人生の冒険に挑戦する切符を手にしています。

あの出来事がなかったら、
今の私はいない。

もしあの出来事がなかったら、
今もネガティブで、自分が嫌いで、
まわりにどう思われるか?
ばかり気にして生きてたと思う。

あのときの「最悪」は
今から想えば「最良」の出来事だった。

良好だった人間関係をグチャグチャにしてしまったこと、悔いが一切ないというと嘘になる。
けど、S君ともそれから普通に話すこともできた。

ありがちな言葉しか出てこないんだけど、
今となっては、S君には感謝してる。
ワタシが変わるキッカケを与えてくれたのは、彼だから。

ワタシの人生には
とても必要な出逢いであり、
とても必要な別れでした。

人生には、
必要な出逢いと、
必要な別れがある。

かつてはキレイ事や~!と思ってた言葉が、
今はとても腑に落ちています。

とまよは、そろそろ次のステージへ。

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