「ふぁ、眠………」

そろそろ8月が終わろうとしている日。
俺は早番の為に、いつもより早く電車に乗り込んだ。
早番と言っても、いつもより1時間早く行くだけの話なのだが…
しかし1時間早いだけで、電車の中の雰囲気はずいぶん違う。
いつもは、明らかに海へ遊びに行く人達が席の奪いあいをしているが、今朝はこれからどちらかへ出勤…という出で立ちの人が多い。
社もいないので、珍しく持ってきたSDプレイヤーの音量を下げ、イヤホンから音が漏れないようにする。
社の早番は7月のうちに終わっていたから、一人で出勤は久しぶりだ。
ランダム選曲にしているプレイヤーから今流れるのはバックストリート・ボーイズ。
目を閉じて聞いていると、ふっと隣の席に誰かが座る気配がした。

(ん?駅を離れてから大分たったよな……)

そっと目を開けて隣を見ると、10センチも離れていない至近距離に最上さんの顔があった。
……隣に座って、覗きこまれていたのだ。

「わっ!?最上さ…!」

その距離の近さにビックリして思わず上体を引くと、思いっきり頭を座椅子横の凭れ部分に打ち付けた。

「やだ敦賀くん!大丈夫?」
「だいじょうぶです…」

いや、本当は結構痛かったが「痛いです」と言うのもカッコ悪くて、顔をしかめながらも一応「大丈夫」と言う言葉を絞り出す。

「ごめんね、声かけても反応なかったから…何聞いてたの?」
「あ、はい。今日は洋楽を…今はバックストリート・ボーイズがかかってます。」
「あら、そうなの?私も洋楽の中ではよく聞く方だわ!なんの曲?」

最上さんの声を聞くために外していたイヤホンのうち、片方をひょいと俺の手ごと自分の耳に当てる最上さん。
その突然で、しかしさりげない動作に俺の心臓はいきなり早鐘を打ち始める。
掴まれた手の甲が熱い……

「あぁ、『The One』ね。この曲もカッコいいわよねー…」

もうさっき聴いていた曲とは違うのが流れていたらしい。
無防備に目を閉じてイヤホンから流れる曲に聴き入る姿は、可愛らしくて……若干憎く思えるほど艶を帯びていた。

「…一緒に聴きます?」
「えっ、いいの?じゃぁ……」

パッと顔を輝かせると俺の手からイヤホンを取り、自分の耳に装着する最上さん。
俺も最上さん側の耳に装着した。
ものすごく近くて、だけど微妙なこの距離がもどかしい。

(そう言えばこの曲って……)

歌詞をきちんと見たことがなかったから詳しくは知らないが、確か『The One』の歌詞の意味は「僕が君の特別な一人になる」だったような気が。

(こんな近い距離にいたら、勘違いしそうになるな……)

まるで自分が彼女の『特別』になれたような気になってしまう。
だけど、彼女はふわふわと微笑んでいるだけで、その心中は測れない。

最寄り駅に着くまでの十数分を、俺は複雑な気持ちで過ごしていた。



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実はこの選曲で、某所のOGへの身バレ率も若干上がるという……
少しだけ身構えたけど、好きだから書きたくてつい出してしまったエピソード。
うん、BSB好きです!
最近聴いてないけど(汗)

イヤホンかたっぽずつで同じ曲聴く…王道ですよね♪