こんにちは。シャルカーンです。

今日は、赤ちゃんの頃の記憶についてのエピソードをご紹介します。

 

皆さんは、赤ちゃんの頃の記憶はありますか?

 

だいたいの方は、ないと思いますが、それは、幼児期健忘というそうです。

脳のインプットの仕方が、赤ちゃんのときは容量をいっぱい使わないといけない効率の悪い方法で行われますが、ある程度、育ってくると、その古い脳みそが使われなくなり、新しい脳みその部位が活発に使われるようになります。

新しい脳みそに切り替わり始めると、古い脳みそを使わなくなるため、古い脳みそで使った記憶がどんどん要らないものとして削除されて思い出せなくなっていくそうです。

その切り替わりが、だいたい6歳ごろなのだそうです。

 

それなので、5歳までに旅行した場所を忘れてしまい、6歳過ぎてから「ここには初めて来た」とか言い出すことが増えるのですね。

 

それが普通の発達の仕方ですが、稀に古い脳みそをずっと使っているがために赤ちゃんの頃の記憶が残っている大人もいます。

シャルカーンもその一人です。

赤ちゃんの頃の記憶がある人は、子どものころ、自分がされて嫌だったこと、嬉しかったこと、驚いたこと、本当にまぁ色々覚えているので、大人たちが「子どもは、こうだ!」と決めつけているところに疑問を感じていたりもします。自分の場合、特にそうです。

 

先日、生後5ヶ月の子どもを絶賛子育て中のパパ友が「子どもがなんで泣くのかわからな過ぎて胃が荒れて胃カメラ飲んだ」と話していました。ネットで調べても、生後5ヶ月でも何ヶ月でも、とにかく口がきけない月齢のうちは「謎のギャン泣き」「意味ないけど泣く時期」といううことで片付けてしまわれていることが多いようで、その友人も、調べたけど、この時期は仕方ないみたい・・・と漏らしていました。

 

しかし・・・意味はあるのです。

子どもが無意味に泣くことなんてないです。

 

赤ちゃんの頃から記憶がある私だから言えます。

 

赤ちゃんの頃から、意思ははっきりとありました。

 

赤ちゃんだった頃、泣く時は、決まって何か嫌なことをされたり、不快に感じることがあったり、悲しかったりしたから泣いていました。

理由もなく泣くことなんてありませんでした。

 

例えば・・・・

 

「哺乳瓶」を「おっぱい」と言われた

違うんですよ。

何が違うかって、「哺乳瓶の乳首」と「人間のおっぱい」です。当たり前ですよね?それを、赤ちゃんは分からないと思ってなのか、知ってそうな単語でわかりやすく伝えようとしているのか一緒くたにするのです。私が赤ちゃんの時、それがとても嫌でした。

 

「おっぱいですよ〜。」と、言われて唇にのせられたのはシリコンなのかゴムなのかわかりませんが、消毒液の匂いがプンプンする「おっぱい」とは似ても似つかない硬い感触の「哺乳瓶の乳首」でした。

 

臭いし、硬いし「嫌だぁああああ!!!ぎゃーーーー!!!」と、全力で拒否しました。

しかし、大人は、ミルクを飲ませることばかり必死で、なんで嫌がっているかとか何が嫌だったのかとかを確かめることもなく、嫌がる私のくちに無理やり哺乳瓶の乳首を突っ込みます。

ときには、哺乳瓶の乳首の入りどころが悪く、舌に絡んでしまいオエっとなり吐いてしまうこともありました。まさに拷問です。大人にやったら本当にどれだけ辛いことなのかお分かりいただけると思います。

 

さらには、単語を正確に覚えないといけない時期___

例えば、「ママ」を「まんま」と言い間違えると、なぜかお母さんではなくてお腹いっぱいなのに離乳食が出てくる。そして、食べ残すと「せっかく用意したのに。」と、落胆される。

赤ちゃんにとって、言語を正確にインプットして、外に発信することは死活問題なのです。

 

そんな時期にですよ?

そんな時期に「哺乳瓶の乳首」が正解なのに哺乳瓶の乳首を「おっぱい」だと間違って教えられる・刷り込まれるというのは、当時の自分(赤ちゃん)にとって、とても恐ろしいことで許しがたい行為でした。

 

この言語の問題は、後々でも、似たような経験をしました。

 

例えば、犬です。

 

絵本を見て「これがワンワンだよ」と、教わったのが始まりだと思います。まだ、お散歩にもいけなかったり、お散歩でもベビーカーで空を見ていることが多かった時期のことだと思います。

絵本を見ながら、「わんわん!」と言えるようになり、よちよち歩きで公園でお散歩していた1歳の頃、本物の犬に遭遇し、あ!あれ知っている!と思い意気揚々と指を指して「わんわん!」と叫びました。

すると、一緒にいた叔母の口からとんでもない一言が返ってきました。

 

「何言っているの?あれは、ワンちゃんでしょ?」と。

 

 

こどもにとってあまりにも大きすぎるショック

 

せっかく絵本を見て、言語の訓練をして、しっかり覚えて、よし、実践だ!!!となったら、教わったことと「違う」と全否定されて本当にショックでした。

そして、あれは「わんわん」ではなく「ワンちゃん」なんだとインプットし直しました。

 

 

さらに立ちはだかる言葉の壁

しかし、それだけでは終わりません。またしばらくして、小学校に上がる前、4〜5歳くらいでしょうか?

「ワンちゃん可愛いね。」と、話していると、また大人に「犬でしょ?」と、言われます。

とても、ショックでした。「わんわん」でも「ワンちゃん」でもなく「イヌ!?」犬ってなんだーーーーーー!!!!と、心の中で叫びました。

もちろん、その頃には、わんわんは、犬のことだとわかっていました。それでも、子どもは「ワンちゃん」と言えば正解なのだと思い込んでいました。犬は大人が言うものだと信じていたのでした。

しかーーーし、世の中は、そんなに甘くない。ワンちゃんはあっけなく散っていき「犬」を強要されるようになっていきます。

 

 

 

30代になっても難しい「イヌ」問題

 

実は、30代になった今も、このエピソードを覚えているために犬のことを「イヌ」と、言ってしまうのですが、どうも大人になってもシュチュエーションで使い分けないと浮いてしまうことがあるようなのですね。

30代に入ってからも、ママ友がうちに遊びにきたときにうちの「イヌ」がと言って話を進めると怪訝な顔をされながら、それで「ワンチャンは・・・」と言い直されたりします。

そして、道に大きな犬が歩いていて、「あのイヌ可愛い〜!」と、発言した時も、別の友人に「あのワンちゃん可愛いよね!!!」と、言い直されるという事態に陥ります。

日本語ってムズカシイ泣き笑いもう笑うしかありません。

 

 

このような事例でお分かりいただけたかと思いますが、赤ちゃんも、子どもも、このような葛藤を抱えながら生活しています。

しかし、日本語を覚えている途中ですので、それを大人たちに伝える術がまだないので、苦しんでいます。

 

いいですか?日本語が伝わらず苦しんでいるのは、お父さんお母さんだけではないのです。

赤ちゃんもなんですよーーー!!ぐすん

 

 

それなので、赤ちゃんが泣いている時は、何かしら理由があって泣いています。

言語化できないことが辛いのです。

また、それを一番身近な育ての親にわかってほしいと思っているでしょう。

 

息子のライラの子育て中にも、こんなことがありました。

 

1歳になったばかりの頃、夫の育休が終わってしまい手術後の辛い体を抱えながら、ライラの子育てが始まっていた時期です。

家にこもっていては気が滅入るし、ライラにいろんな景色を見せてあげたかったので、ライラと一緒にお散歩に出かけました。

すると、信号の押しボタンを私が押してしまったのが気に食わなかったのか、信号のボタンを押した瞬間に「ギィヤアアアア!!!」と泣き叫んで繋いでいた手を振り解いて背中からアスファルトに倒れ込みました。突然のことに反応が遅れた私は、あたふたして、頭にたんこぶなどできていないか、出血していないか、他に怪我はないかと確認しながら「大丈夫?」と声掛けをしましたが、ライラは相変わらず叫んで泣き止みません。

横断歩道の前で抱き抱えても反り返りながら泣き叫ぶ息子ライラ・・・なす術なく呆然とした気持ちになる母シャルカーン。

原因は、多分、ボタンを先に押されたことなんじゃないかと思いました。私自身、小さい頃は、ボタン類は真っ先に押したかった子どもなので、そうなのではないかと考えたのです。

 

そこで、こんな声掛けをしてみました。

「ごめんね。信号の押しボタン、押したかったんだよね。お母さんが先に押しちゃったから、悔しかったんだよね。ライラが押したかったね。」この時点で、まだ無反応で泣き続けていました。

しかし、その後、「ライラ、早く日本語が喋れるようになればいいのにね。」と、言うと、一瞬だけ泣き止み真顔で「うん。」と、答えましたポーン

しかし、その後またぎゃーーーーと泣き叫び続けたライラでした。

 

その後、「泣きたいんだね。泣きたい時は、泣けばいいよ。お母さんは、止めないしそばにいるよ。自分の感情をコントロールするのは自分だよ。お母さんの感情じゃないから、ライラの感情は、ライラにしか決められないんだよ。悲しい感情のまんまだとライラが可哀想じゃない?自分を泣き止ませることができるのは、自分だけだよ。」と、伝えるとピタッと泣き止んで信号を渡って公園で遊ぶことができました。

 

やはり、うまく言語化できないと言うことは、子どもにとっては、相当しんどく歯痒いことなのだと思います。

 

皆さんのお子さんは、訳もなく泣いていると思うことはありますか?

 

辛すぎると、思い出し泣きして泣く子もいるかもしれません。

 

そんな時は、優しく寄り添って、一刻も早く、泣かなくてもいい状況を作れるといいのかもしれません。

大きくなればなるだけ感情も複雑になって1歳の時のようには行きませんが、それでも、言語化が苦い経験をさせる時期もあるのだということを一人でも多くの子育てしている人に知ってほしいなと思いブログ記事にしました。

 

 

話のネタ、笑い話や、誰かの子育ての参考になれば幸いです。

 

ここまで、読んでくださってありがとうございますハイハイスター

シリーズ、何個か書こうと思っています。

 

終わり。