■東村山黒焼きそば(ひがしむらやまくろやきそば)
東京都東村山市で販売されているご当地焼きそばである。

イカ墨と鹿児島特産の日本酒「黒酒」、さらに様々な香辛料をブレンドした「黒」ソースをベースとした焼きそば。2009年の春に黒焼きそばを扱う60店舗近くのお店を回るスタンプラリーが開催されたことにより地元に広がりをみせた。2011年6月には山崎製パンのランチパック関東地区ご当地商品にも採用。
●参照
東村山の新たな逸品「東村山 黒焼きそば」|アサヒビール
http://www.asahibeer.co.jp/area/04/kuroyakisoba/
■藤沢炒麺(ふじさわちゃーめん)
神奈川県藤沢市で販売されているご当地焼きそばである。

藤沢市を拠点に活動するNPO法人「地域魅力」が、市内で小麦を栽培している農家有志でつくるグループ「さがみ地粉の会」と連携し、開発した地産地消のご当地グルメの焼きそばである。作り方は焼きそばとほぼ同じで、野菜と豚肉などを炒めた後、麺を加えてさらに炒めて塩・こしょう、鶏がらだしで味付けする。材料の野菜、豚肉、麺に使われている小麦は藤沢産が使用されている。
市内の飲食店が、店のオリジナルも加えメニューに取り入れているほか、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスの食堂でも限定販売された。
●参照
カナロコ -- 神奈川新聞社
http://news.kanaloco.jp/localnews/article/0910040013/
■たんたんたぬきの担々やきそば(たんたんたぬきのたんたんやきそば)
神奈川県湯河原町で販売されているご当地焼きそば。

湯河原町商工会が町おこしとして開発し、現在町内の51店舗で提供されている。練り胡麻や豆板醤などを主原料としたタレによる味つけが特徴で、このタレを使う以外は各店のオリジナルのレシピに任されている。 今後の課題として温泉たまご又は地場産品(湯河原みかん等)を盛り込む事を検討されている。
2010年B-1グランプリ厚木大会に初出場し2日間で5,500食を販売する。
●名前の由来
温泉地である湯河原には狸が源泉を発見したとされる伝説があり、”担々”との語呂合わせで「たんたんたぬきの担々やきそば」と命名された。
また、「たんたん」の字は”担々”が正しく”坦々”は間違いである。
●その他
2011年2月20日に湯河原町商工会青年部創立40周年記念事業として行われた「湯河原担々やきそば祭」では、予定数(3000~5000人)をはるかに超える来場者数のため、16店舗(町内加盟店8店舗・神奈川県及び静岡県のB級グルメ団体8店舗)全てで終了予定時間2時間を残して完売するという事態が起こった。
●リンク
湯河原町商工会 - ゆがわら名物!! たんたんたぬきの担々やきそば
http://www.yugawara-sci.or.jp/tantan/index.html
■ローメン
炒肉麺(チャーローメン)とも呼ばれ、マトンなどの肉と野菜を炒め(炒肉)、蒸した太めの中華麺を加えた長野県伊那地方の特有の麺料理である。ラーメン用のスープを加えるものと、加えないものがあるが、ラーメンとも焼きそばとも異なる独特の風味の料理である。
主な地域 長野県伊那市
発案時期 1955年
発案店(発案者) 萬里(伊藤和弌)

●概要
小麦粉にかんすいと着色料としてのビタミンB2を加えた、中太で水分が少なめの中華麺を使用する。地元伊那市の合資会社服部製麺所のものを使うことが多く、製麺所で蒸したむし麺となっているが、全国的に焼きそば用として売られているむし麺と比べて色が茶色っぽく、食感が硬い。
具としてマトンなどの肉、キャベツ、キクラゲを主体とした野菜をスープ、ウスターソースなど各店固有の味付けで炒め、再加熱した麺と合わせて完成する。マトンの風味は好みが分かれやすいため、豚肉、牛肉などを選べるように別メニューとしている店もあり、また麺の量を選べる店も多い。
スープに半分浸かったラーメン風のものとスープのないソース焼きそば風のものがあるほか、カレー味のものや、冷やしローメンなど、店によって様々なバリエーションがあるため、これらが同一の名称でよばれることに違和感を持つ向きもあるが、歴史の新しい料理であり、太めの蒸し麺と肉、キャベツを用いた麺料理の総称と見るのが妥当であろう。
薬味の定番は、一味又は七味唐辛子である。好みにあわせ、ソース、酢、ごま油、ラー油、すりおろしニンニク等を加える。このように、テーブルクッキングとして、その場で自分にあったスープの味を作っていくことが推奨されている。
●歴史
1955年に、伊那市の中華料理店「萬里」の主人であった伊藤和弌(いとう わいち、1931年 - 2007年)が、地元の製麺業者服部製麺所社長の服部幸雄の協力を得て創作した。
伊藤は東京・横浜で料理人として修行し、郷里の伊那に戻って小さな中華料理店を開いた。当時は冷蔵庫がまだ一般的でなく、仕入れた生麺を翌日まで保存できないため、伊藤は麺の保存法に苦慮していた。そこで彼は試行錯誤の末、麺を蒸すことで日持ちさせる技法を考案する。
この蒸し麺独特の風味を活かして伊藤の創作した料理が、ローメンである(「萬里」発行のパンフレットによれば、ローメンの完成は1955年8月であったという)。肉は、伊那市周辺で羊毛生産のため盛んに飼育されていた牧羊に伴う副産物のマトンが活用され、塩漬け肉にして日持ちさせたものが使用された。野菜は、これまた周辺で多く栽培されていたキャベツを使用した。
店で供してみると酒のつまみなどに好評となり、やがて人気メニューとして定着した。初期には、炒めるという炒肉麺(チャーローメン)と称して販売されたようである。通常、中国語で炒肉麺(チャオロウミエン、ピンインchǎo ròumiàn)というと、豚肉を使った焼きそばが想像されるため、炒羊肉麺と呼ぶ方が当初の実態に近い。諸説あるが、最終的には普及の過程で「チャー」がとれ、「ローメン」という名称が定着した。
なお、中華料理には調理法のよく似た拌麵(パンミェン)があり、広東語では「撈麵」(Lou1 min6 ロウミン)と言う。広東料理を通じてアメリカなど各国の中華食堂の定番メニューにもLo meinとして定着しており、伊藤が修行をした横浜にも広東系華僑による料理店が多いため、こちらが正しい語源と思われる。伊藤が横浜で「ローメン」という料理を知った際に、「撈麵」という漢字表記が分からなかったため、後から北京語音による「肉麺」「炒肉麺」という当て字を考えた可能性が高い。
伊藤和弌は、地域発展を念頭に「ローメン」の名称使用を自由にしたため、ローメンは周囲の店にも広がった。その過程でスープ式のローメン以外に、焼きそば式のローメンも出現し、更には地元の一般家庭料理や学校給食にも取り入れられるようになった。
地元の新たな郷土料理として定着したことから、1994年、伊那市もローメンを町興しのきっかけに取り上げ、ローメン委員会(現ローメンズクラブ)を設立、萬里本店近くには、2004年にローメン発祥の地の記念碑が建立された。地元では6月4日を「蒸し」と読ませる語呂合わせでローメンの日とし、普段より安くローメンを商っている。
●商品
いくつかのメーカーから、土産用、家庭用として、麺(冷凍麺タイプも)、調味料、さらに一部では羊肉もがセットされた商品が伊那市内のスーパー、土産物店、バスターミナル、パーキングエリアなどで販売されている。萬里など、料理店のブランドで売っている物もある。地元の家庭では、これらのセット商品以外に服部製麺所の「むし焼きそば」を購入して、好きな味付けや具で作ることが一般的である。
また、これに関連した商品として、ローメンまんもあり、中華まんの具として、汁なしローメンを使用している。
●脚注
1950年代中期は電気冷蔵庫の本格的普及以前で、氷店から氷の配達を毎日受けて庫内を冷やす「氷冷蔵庫」がまだ主流という時代であり、また飲食店といえども冷蔵庫を備えていないことも珍しくなかった。
●参考文献
萬里グループ『ローメンのお話し』
■富士宮やきそば(ふじのみややきそば)
「富士宮やきそば学会」の登録商標であり、静岡県富士宮市の焼きそばである。

●概要
「富士宮やきそば」という名称は古くから当地で食べられてきた焼きそばに新たに命名した名称で、1999年に富士宮市の地域おこしに付いて話し合いをしている際に、独自性がある地元の焼きそばに着目したのがきっかけである。
御当地人気料理特選に選ばれていて、B級グルメの人気を決めるB-1グランプリにおいては第1回と第2回は第1位、第3回は特別賞となった。地域おこしの成功例として取り上げられることもある。
「富士宮やきそば」及び「富士宮やきそば学会」という名称は「NPO法人まちづくりトップランナーふじのみや本舗」の登録商標なので許可なしでは名乗ることが出来ない。名称を使用して販売するためには条件が定められており、例えば富士宮市内の製麺会社(マルモ食品、曽我めん、叶屋、木下製麺所)と仕入れ契約をかわすなどの条件がある。富士宮やきそばを売る店はお宮横丁など、富士宮市内に多く存在するが、市外にも富士宮やきそばを提供する店も増えている。
●特徴
富士宮やきそばは、通常のやきそばとは製法や調理法、使う食品が異なる点があり、次の3つが挙げられる。
富士宮やきそば専用の麺を使用する
油かす(富士宮では「肉かす」と呼ぶ)を使用する
仕上げに削り粉をふりかける
●調理方法
具を炒めた後に指定麺(蒸し麺)を入れ、すぐ少量の水を注ぎ、炒める。水分がなくなったところでやきそばソースを入れてかきまぜる。具・トッピングは、肉かす(油かす)、キャベツ などであり、完成後にサバやイワシの削り粉を振り掛けて食べるのが一般的とされる。店や家庭によっては、イカ、ひき肉、桜エビを入れるものも存在する(桜エビは富士宮市に程近い駿河湾の名産でもある)。
●麺の歴史
富士宮やきそばに使用する麺の由来については、富士宮市の製麺会社でありこの麺の発明者ともいわれるマルモ食品工業が次のように述べている。
戦後の食料難の時代に創業者の望月晟敏が戦地で食したビーフンを再現しようと試みた過程でこの蒸し麺が生まれた。
— マルモ食品工業
後に会長となる望月は台湾ビーフンの再現を目指していたのだが、その背景には、他に以下のような事情が存在した。
富士宮市は富士山本宮浅間大社の門前町であり、富士登山者や寺社への参拝客が多く訪れていた。また富士宮には身延線の主要駅も存在し、静岡県と山梨県を結ぶ交通の要所でもあるため太平洋戦争の前後には山梨県から物資の調達に来る買い出し客や、物々交換で物資を求めて来る人たちもいた。こうした人々の中には山梨県にやきそばを持ち帰りたいという人がいたが、当時の保冷技術と交通手段は未発達であり、山梨県に到着するまでには麺が傷んでしまうという難題があった。こうした課題を克服するため麺作りに工夫がなされていったとされる。
●肉かすの使用
肉かすが使用されるようになった経緯として、富士宮市内に古くからある店舗、「さの萬」による影響があったと考えられている。「さの萬」の関係者はこう述べている。
当時、やきそば・お好み焼きには天ぷらの天かすが使用されていましたが、天かすが不足していることに佐野萬蔵は着目。天かすの代わりに肉かすを使用すると、さらに美味しくなることを提案。それが世間の評判を呼び、広く使用されることとなり、現在の富士宮やきそばとして定着しました。
— 「さの萬の歩み」1950年の節より
このように、トッピングとしての形の変異から、肉かすが使用されるようになったと言える。
●戦後
富士宮市内では終戦直後から、お好み焼き店や鉄板を備えた駄菓子店が多く開店し、そこでは主に小麦粉(メリケン粉)の生地に刻みキャベツを入れ、ウスターソースで味付けした具無しのお好み焼きのような食べ物を「洋食」と称して安価で提供していた。やきそばもこれらの店で提供された。また当時の富士宮では製糸業が盛んで、信濃絹糸紡績株式会社(現在のシナノケンシ)をはじめ、複数の製糸工場が操業されていた。そこで働いていた女工たちが休日外食をする際には、こうした店が利用された。太平洋戦争当時富士・富士宮地方から招集された兵士たちはおおよそ満州に派遣されていたことから、戦後復員した元兵士たちにとっても炒麺に似たやきそばは受け入れやすい料理であった。
●「富士宮やきそば」としての出発

お宮横丁の入口にある富士宮やきそば学会

やきそばエクスプレス(東京駅にて)

富士宮駅の駅弁 富士宮やきそば弁当
1990年代後半に青年会議所が開いたワークショップをきっかけに、町おこしでの方向性を考えることとなった[4]。 また独自調査の結果、富士宮市はやきそばの消費量が日本一であったことから、2000年に町おこしとして「富士宮やきそば学会」を立ち上げ、地元で食べられている焼きそばを「富士宮やきそば」として、PRキャンペーンを行った。
2002年秋には、富士宮やきそばと同様に焼きうどんで町おこしを企画している北九州市の名店と勝負するというイベント「天下分け麺の戦い」が小倉城公園で行われ、この顛末はテレビを通じて全国に放映された。その他にも、同じくやきそばで町おこしをしている横手市と太田市を招いてやきそばの食べ比べを行う「三者麺談」、全国の麺を集めた「やぶさ麺まつり」などを開催し、認知度を上げていった。
2004年、「富士宮やきそば」「富士宮やきそば学会」は、NPO法人まちづくりトップランナーふじのみや本舗が商標登録を行った。
2006年2月に八戸市で開催されたB級グルメの祭典であるB-1グランプリの第1回イベントでは、初代王者に輝き、次回同大会の開催権を獲得した。そして2007年に開催された第2回B-1で再びグランプリを獲得、二連覇を飾った。これらのことにより、富士宮やきそばはメディアによって多く紹介されるようになった。2007年2月13日には東洋水産からカップ麺として全国発売された。2008年7月現在、東京都内の一部でもこのカップ麺は継続販売されている。
その後「B級ご当地グルメでまちおこし団体連絡協議会」(通称:愛Bリーグ)の本部が富士宮市に置かれ、各地で講演活動を行っている。
●関連商品
富士宮やきそばの麺は、市内のショッピングセンターやスーパーの多くで販売されている。また、通信販売も行われている。
ベビースターラーメン - 「ベビースター富士宮やきそば」が地域限定商品として売られている
カップ麺 - 十勝新津製麺から数種類がコンビニ向けに販売されている
東洋水産 - 2007年2月13日に全国発売
蒸し焼きそば - シマダヤの「富士宮やきそば」
やきそばキティ‐ご当地キティ
富士宮やきそばふりかけ-箱に入った瓶タイプと50gの袋タイプが発売されている。袋タイプは静岡市葵区の㈱トーノーが発売。富士宮やきそば学会の認証を得ている。
フリトレーコーンスナック - 2009年4月20日に「B-1グランプリ 富士宮やきそば味」が発売された。
山崎製パンランチパックの「富士宮やきそば」。こちらは富士宮やきそば学会の認証は得ていない。
●脚注
現場と消費者とをつなぐ“町おこし”という試み 富士宮やきそば学会会長
http://www.ntt.com/b-advance/leader/200912/index.html
富士宮やきそば学会事務局
http://www.umya-yakisoba.com/contents/syouhyou/
富士宮やきそば学会はマルモ食品、曽我めん、叶屋、木下製麺所の麺を指定麺としている
「食で町おこし」秘訣は?富士宮やきそば学会会長に聞く(朝日新聞 2010年11月5日)
●リンク
富士宮やきそば学会ホームページ
http://www.umya-yakisoba.com/
富士宮市観光協会
http://www.fujinomiya.gr.jp/
■海賊焼(かいぞくやき)
静岡県西伊豆町で販売されているご当地焼きそばである。

西伊豆町の製麺業者がイカ墨を練り込んだ黒い麺に地元産のイカや野菜を入れて炒めた焼きそばを「海賊焼」として売り出したのが始まり。その後、町と商工会がこの「海賊焼」をご当地グルメとして売り出し、町内6店舗で販売を開始した。
●参考文献
海賊焼(かいぞくやき) うどん、そば、ラーメンの通販 佐野製麺
http://www.men-ya.com/hpgen/HPB/entries/6.html
■おかべ焼きそば(おかべやきそば)
静岡県藤枝市岡部町で提供される焼きそばで、ご当地グルメである。

2006年秋、岡部町商工会が開発したご当地グルメで、玉露パウダーを練りこんだ麺と地元で採れた季節の食材が使用されているのが特徴。肉を入れず、ソースを使わず和風味に仕上げられている。
●リンク
おかべ焼きそばトップページ
http://www.okabe-s.net/yakisoba/okabe-yakisoba.html
■桜えびやきそば(さくらえびやきそば)
静岡県蒲原町(現・静岡市清水区)で提供される焼きそばで、ご当地グルメである。

蒲原の新しいご当地グルメの焼きそばで、特産である桜海老を加え、最後にいわし削りをかけるのが特徴。セブン-イレブンから商品化され、静岡県限定で発売された。
●脚注
『桜海老フェア』を開催します!
http://www.sej.co.jp/mngdbps/_material_/localhost/pdf/2009/043002.pdf
■瀬戸しょうゆ焼きそば(せとしょうゆやきそば)
愛知県瀬戸市で販売されているご当地焼きそば。

具はキャベツと豚肉のみで、蒸し麺に豚肉の煮汁をダシにした醤油風味の味付けがされているのが特徴。瀬戸市では現在「銀座茶屋」「大福屋」の2店のみで提供されている。
■スヤキ
滋賀県甲賀市のご当地グルメの焼きそばである。

昭和30年代に甲賀市の食堂「谷野食堂」が学生の為に安くて美味しいものをという思いで提供したのが始まり。中華麺をラードで炒めた後、もやし、青ネギ、塩で味を調えたというシンプルな作り。味は客側でソースや醤油などを加えて好みに仕上げる。
●参考文献
ケンミンの秘密 | カミングアウトバラエティ 秘密のケンミンSHOW
http://www.ytv.co.jp/kenmin_show/secret/this_week/bn169781.html
■そばめし
焼きそばとご飯を鉄板で炒めたソース味の焼飯。神戸市長田区のB級グルメとして親しまれている。北海道深川市の深川そばめしとは別物である。

そばめし

神戸のそばめし
そばめし発祥の経緯としては、お好み焼き店で昼食を取っていた工員が、そば焼き(神戸の方言で焼きそばの意)を焼いていたのに目を付け、「弁当の(冷や)ご飯を、そばと一緒に炒めて」と頼んだ事で出来たメニューと言われている。
現在でも神戸のお好み焼き屋では、自宅の残りご飯を持っていき、そばと一緒にそばめしとして炒めてくれる店もある。
作り方の一例としては、まず、熱した鉄板上でソース味の焼そばを作り、そこにご飯を加えてさらに炒める(この際、同時にぼっかけ(煮込んだスジ肉)などを加えることもある)。全体をこてで細かく均等に刻むようにしながら炒め合わせて完成となる。
家庭用にとどまらず、業務用の冷凍食品もある。また、真空パックの中華そばと粉末ソースをいっしょにした、家庭でご飯を加えるそばめしの素も売られているが、こちらは実質的にソース焼きそばと変わらない。
●リンク
「そばめし」とは(オリバーソース)
http://www.oliversauce.com/sobameshi.htm
私の「そばめし」初体験
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Asagao/4786/fumoto/wadai/sobameshi.htm
■ひるぜん焼そば(ひるぜんやきそば)
岡山県真庭市蒜山地方のご当地グルメの焼きそば。2011年11月12・13日に開催された第6回B-1グランプリで、ひるぜん焼そば 好いとん会が全国第1位(ゴールドグランプリ)となった。

●概要
ジンギスカンのタレや味噌だれを用い、具材にカシワ肉(親鶏の肉)を使うことが特徴である。近年では蒜山高原産のキャベツも必須の食材となっている。昔からジンギスカンで有名であった蒜山地域では、家庭や店舗でもこのジンギスカンのタレを使い鳥肉を焼くことも多く、この鶏肉をおつまみに焼いていた時に、呑みの締めとしてそばを焼き入れたことが、ひるぜん焼そばの最初であるとも伝えられている。
●歴史
ひるぜん焼そばの起源は1960年代に遡る。真庭市蒜山中福田地内にあった「ますや食堂」が発祥と言われているが、昭和30年代頃には既に各家庭でそれぞれ工夫してタレを調合した焼そばが作られており、それが由来ともされている。
「ひるぜん焼そば」という名前がついたのは比較的最近であり、2003年に、蒜山地域を管轄する岡山県庁の出先機関である真庭地方振興局(現・美作県民局真庭地域事務所)が真庭地域のおいしい物をまとめた冊子を作成する際、当時はまだ「ひるぜんの焼きそば」という曖昧な名称だった。2008年に、後述の“ひるぜん焼そば好いとん会”が「ひるぜん焼そば」と命名した。
2008年12月10日に、地元蒜山でひるぜん焼そばを提供していた店舗が集まり、“ひるぜん焼そば好いとん会”が結成され、以後は同団体が各種イベントに参加し、PR活動を行っている。
2010年3月27、28日に北九州市小倉北区の勝山公園で開催された「第2回小倉BQ食KING 天下分け麺の戦い2010」で、全国各地から集まった12種の焼き麺の中から日本一を決める「焼き麺バトル」において、投票の結果、ひるぜん焼そば好いとん会の「ひるぜん焼そば」が1位となった。
また2010年9月18、19日に神奈川県厚木市において開催された、B級グルメの祭典“第5回B-1グランプリ”で、ひるぜん焼そば好いとん会は初出場ながら、46団体中の第2位(シルバーグランプリ)を受賞した。
これらは、全てひるぜん焼そば好いとん会の活動により受賞したものではあるが、各種メディアで取り上げられることにより、地域おこしの起爆剤として期待されている。
その反面、他のB-1グランプリ受賞団体と同じように、類似商品や商標の無断使用などの発生が懸念されている。ひるぜん焼そば好いとん会では、今後もPR活動を行い、ひるぜん焼そばの味や文化を広めることや、商標登録済の「ひるぜん焼そば」を、商標侵害から守ることにより、今後も蒜山特有のタレ焼そばの文化を伝える活動を行うこととしている。
●脚注
“「ひるぜん焼そば好いとん会」が初V B―1グランプリ”. 朝日新聞. (2011年11月14日)
http://www.asahi.com/kansai/travel/news/OSK201111140045.html
店主の高齢化に伴い2008年に閉店。
●リンク
ひるぜん焼そば好いとん会
http://www.hiruzen.info/yakisoba/
■かめそば
愛媛県松山市のご当地グルメの焼きそばである。

松山市内で販売されているちりめんじゃこをかけた焼きそば。松山市の食堂「かめ」が提供したのが始まり。
●参考文献
ケンミンの秘密 | カミングアウトバラエティ 秘密のケンミンSHOW
http://www.ytv.co.jp/kenmin_show/secret/this_week/bn169781.html
■日田やきそば(ひたやきそば)
大分県日田市で提供される焼きそばで、ご当地グルメである。「日田焼きそば」と表記する場合は、想夫恋の商標で2009年8月27日に登録されている。

日田市内にこの焼きそばを提供する店は、日田焼きそば専門店の想夫恋をはじめ、ラーメン店など十数店舗ある。
鉄板上で一部が焦げるほど硬めに焼く麺に特徴がある。ソースで味付けし、具はもやし、ねぎ、豚肉をおもに入れる。
(V)o¥o(V)
東京都東村山市で販売されているご当地焼きそばである。

イカ墨と鹿児島特産の日本酒「黒酒」、さらに様々な香辛料をブレンドした「黒」ソースをベースとした焼きそば。2009年の春に黒焼きそばを扱う60店舗近くのお店を回るスタンプラリーが開催されたことにより地元に広がりをみせた。2011年6月には山崎製パンのランチパック関東地区ご当地商品にも採用。
●参照
東村山の新たな逸品「東村山 黒焼きそば」|アサヒビール
http://www.asahibeer.co.jp/area/04/kuroyakisoba/
■藤沢炒麺(ふじさわちゃーめん)
神奈川県藤沢市で販売されているご当地焼きそばである。

藤沢市を拠点に活動するNPO法人「地域魅力」が、市内で小麦を栽培している農家有志でつくるグループ「さがみ地粉の会」と連携し、開発した地産地消のご当地グルメの焼きそばである。作り方は焼きそばとほぼ同じで、野菜と豚肉などを炒めた後、麺を加えてさらに炒めて塩・こしょう、鶏がらだしで味付けする。材料の野菜、豚肉、麺に使われている小麦は藤沢産が使用されている。
市内の飲食店が、店のオリジナルも加えメニューに取り入れているほか、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスの食堂でも限定販売された。
●参照
カナロコ -- 神奈川新聞社
http://news.kanaloco.jp/localnews/article/0910040013/
■たんたんたぬきの担々やきそば(たんたんたぬきのたんたんやきそば)
神奈川県湯河原町で販売されているご当地焼きそば。

湯河原町商工会が町おこしとして開発し、現在町内の51店舗で提供されている。練り胡麻や豆板醤などを主原料としたタレによる味つけが特徴で、このタレを使う以外は各店のオリジナルのレシピに任されている。 今後の課題として温泉たまご又は地場産品(湯河原みかん等)を盛り込む事を検討されている。
2010年B-1グランプリ厚木大会に初出場し2日間で5,500食を販売する。
●名前の由来
温泉地である湯河原には狸が源泉を発見したとされる伝説があり、”担々”との語呂合わせで「たんたんたぬきの担々やきそば」と命名された。
また、「たんたん」の字は”担々”が正しく”坦々”は間違いである。
●その他
2011年2月20日に湯河原町商工会青年部創立40周年記念事業として行われた「湯河原担々やきそば祭」では、予定数(3000~5000人)をはるかに超える来場者数のため、16店舗(町内加盟店8店舗・神奈川県及び静岡県のB級グルメ団体8店舗)全てで終了予定時間2時間を残して完売するという事態が起こった。
●リンク
湯河原町商工会 - ゆがわら名物!! たんたんたぬきの担々やきそば
http://www.yugawara-sci.or.jp/tantan/index.html
■ローメン
炒肉麺(チャーローメン)とも呼ばれ、マトンなどの肉と野菜を炒め(炒肉)、蒸した太めの中華麺を加えた長野県伊那地方の特有の麺料理である。ラーメン用のスープを加えるものと、加えないものがあるが、ラーメンとも焼きそばとも異なる独特の風味の料理である。
主な地域 長野県伊那市
発案時期 1955年
発案店(発案者) 萬里(伊藤和弌)

●概要
小麦粉にかんすいと着色料としてのビタミンB2を加えた、中太で水分が少なめの中華麺を使用する。地元伊那市の合資会社服部製麺所のものを使うことが多く、製麺所で蒸したむし麺となっているが、全国的に焼きそば用として売られているむし麺と比べて色が茶色っぽく、食感が硬い。
具としてマトンなどの肉、キャベツ、キクラゲを主体とした野菜をスープ、ウスターソースなど各店固有の味付けで炒め、再加熱した麺と合わせて完成する。マトンの風味は好みが分かれやすいため、豚肉、牛肉などを選べるように別メニューとしている店もあり、また麺の量を選べる店も多い。
スープに半分浸かったラーメン風のものとスープのないソース焼きそば風のものがあるほか、カレー味のものや、冷やしローメンなど、店によって様々なバリエーションがあるため、これらが同一の名称でよばれることに違和感を持つ向きもあるが、歴史の新しい料理であり、太めの蒸し麺と肉、キャベツを用いた麺料理の総称と見るのが妥当であろう。
薬味の定番は、一味又は七味唐辛子である。好みにあわせ、ソース、酢、ごま油、ラー油、すりおろしニンニク等を加える。このように、テーブルクッキングとして、その場で自分にあったスープの味を作っていくことが推奨されている。
●歴史
1955年に、伊那市の中華料理店「萬里」の主人であった伊藤和弌(いとう わいち、1931年 - 2007年)が、地元の製麺業者服部製麺所社長の服部幸雄の協力を得て創作した。
伊藤は東京・横浜で料理人として修行し、郷里の伊那に戻って小さな中華料理店を開いた。当時は冷蔵庫がまだ一般的でなく、仕入れた生麺を翌日まで保存できないため、伊藤は麺の保存法に苦慮していた。そこで彼は試行錯誤の末、麺を蒸すことで日持ちさせる技法を考案する。
この蒸し麺独特の風味を活かして伊藤の創作した料理が、ローメンである(「萬里」発行のパンフレットによれば、ローメンの完成は1955年8月であったという)。肉は、伊那市周辺で羊毛生産のため盛んに飼育されていた牧羊に伴う副産物のマトンが活用され、塩漬け肉にして日持ちさせたものが使用された。野菜は、これまた周辺で多く栽培されていたキャベツを使用した。
店で供してみると酒のつまみなどに好評となり、やがて人気メニューとして定着した。初期には、炒めるという炒肉麺(チャーローメン)と称して販売されたようである。通常、中国語で炒肉麺(チャオロウミエン、ピンインchǎo ròumiàn)というと、豚肉を使った焼きそばが想像されるため、炒羊肉麺と呼ぶ方が当初の実態に近い。諸説あるが、最終的には普及の過程で「チャー」がとれ、「ローメン」という名称が定着した。
なお、中華料理には調理法のよく似た拌麵(パンミェン)があり、広東語では「撈麵」(Lou1 min6 ロウミン)と言う。広東料理を通じてアメリカなど各国の中華食堂の定番メニューにもLo meinとして定着しており、伊藤が修行をした横浜にも広東系華僑による料理店が多いため、こちらが正しい語源と思われる。伊藤が横浜で「ローメン」という料理を知った際に、「撈麵」という漢字表記が分からなかったため、後から北京語音による「肉麺」「炒肉麺」という当て字を考えた可能性が高い。
伊藤和弌は、地域発展を念頭に「ローメン」の名称使用を自由にしたため、ローメンは周囲の店にも広がった。その過程でスープ式のローメン以外に、焼きそば式のローメンも出現し、更には地元の一般家庭料理や学校給食にも取り入れられるようになった。
地元の新たな郷土料理として定着したことから、1994年、伊那市もローメンを町興しのきっかけに取り上げ、ローメン委員会(現ローメンズクラブ)を設立、萬里本店近くには、2004年にローメン発祥の地の記念碑が建立された。地元では6月4日を「蒸し」と読ませる語呂合わせでローメンの日とし、普段より安くローメンを商っている。
●商品
いくつかのメーカーから、土産用、家庭用として、麺(冷凍麺タイプも)、調味料、さらに一部では羊肉もがセットされた商品が伊那市内のスーパー、土産物店、バスターミナル、パーキングエリアなどで販売されている。萬里など、料理店のブランドで売っている物もある。地元の家庭では、これらのセット商品以外に服部製麺所の「むし焼きそば」を購入して、好きな味付けや具で作ることが一般的である。
また、これに関連した商品として、ローメンまんもあり、中華まんの具として、汁なしローメンを使用している。
●脚注
1950年代中期は電気冷蔵庫の本格的普及以前で、氷店から氷の配達を毎日受けて庫内を冷やす「氷冷蔵庫」がまだ主流という時代であり、また飲食店といえども冷蔵庫を備えていないことも珍しくなかった。
●参考文献
萬里グループ『ローメンのお話し』
■富士宮やきそば(ふじのみややきそば)
「富士宮やきそば学会」の登録商標であり、静岡県富士宮市の焼きそばである。

●概要
「富士宮やきそば」という名称は古くから当地で食べられてきた焼きそばに新たに命名した名称で、1999年に富士宮市の地域おこしに付いて話し合いをしている際に、独自性がある地元の焼きそばに着目したのがきっかけである。
御当地人気料理特選に選ばれていて、B級グルメの人気を決めるB-1グランプリにおいては第1回と第2回は第1位、第3回は特別賞となった。地域おこしの成功例として取り上げられることもある。
「富士宮やきそば」及び「富士宮やきそば学会」という名称は「NPO法人まちづくりトップランナーふじのみや本舗」の登録商標なので許可なしでは名乗ることが出来ない。名称を使用して販売するためには条件が定められており、例えば富士宮市内の製麺会社(マルモ食品、曽我めん、叶屋、木下製麺所)と仕入れ契約をかわすなどの条件がある。富士宮やきそばを売る店はお宮横丁など、富士宮市内に多く存在するが、市外にも富士宮やきそばを提供する店も増えている。
●特徴
富士宮やきそばは、通常のやきそばとは製法や調理法、使う食品が異なる点があり、次の3つが挙げられる。
富士宮やきそば専用の麺を使用する
油かす(富士宮では「肉かす」と呼ぶ)を使用する
仕上げに削り粉をふりかける
●調理方法
具を炒めた後に指定麺(蒸し麺)を入れ、すぐ少量の水を注ぎ、炒める。水分がなくなったところでやきそばソースを入れてかきまぜる。具・トッピングは、肉かす(油かす)、キャベツ などであり、完成後にサバやイワシの削り粉を振り掛けて食べるのが一般的とされる。店や家庭によっては、イカ、ひき肉、桜エビを入れるものも存在する(桜エビは富士宮市に程近い駿河湾の名産でもある)。
●麺の歴史
富士宮やきそばに使用する麺の由来については、富士宮市の製麺会社でありこの麺の発明者ともいわれるマルモ食品工業が次のように述べている。
戦後の食料難の時代に創業者の望月晟敏が戦地で食したビーフンを再現しようと試みた過程でこの蒸し麺が生まれた。
— マルモ食品工業
後に会長となる望月は台湾ビーフンの再現を目指していたのだが、その背景には、他に以下のような事情が存在した。
富士宮市は富士山本宮浅間大社の門前町であり、富士登山者や寺社への参拝客が多く訪れていた。また富士宮には身延線の主要駅も存在し、静岡県と山梨県を結ぶ交通の要所でもあるため太平洋戦争の前後には山梨県から物資の調達に来る買い出し客や、物々交換で物資を求めて来る人たちもいた。こうした人々の中には山梨県にやきそばを持ち帰りたいという人がいたが、当時の保冷技術と交通手段は未発達であり、山梨県に到着するまでには麺が傷んでしまうという難題があった。こうした課題を克服するため麺作りに工夫がなされていったとされる。
●肉かすの使用
肉かすが使用されるようになった経緯として、富士宮市内に古くからある店舗、「さの萬」による影響があったと考えられている。「さの萬」の関係者はこう述べている。
当時、やきそば・お好み焼きには天ぷらの天かすが使用されていましたが、天かすが不足していることに佐野萬蔵は着目。天かすの代わりに肉かすを使用すると、さらに美味しくなることを提案。それが世間の評判を呼び、広く使用されることとなり、現在の富士宮やきそばとして定着しました。
— 「さの萬の歩み」1950年の節より
このように、トッピングとしての形の変異から、肉かすが使用されるようになったと言える。
●戦後
富士宮市内では終戦直後から、お好み焼き店や鉄板を備えた駄菓子店が多く開店し、そこでは主に小麦粉(メリケン粉)の生地に刻みキャベツを入れ、ウスターソースで味付けした具無しのお好み焼きのような食べ物を「洋食」と称して安価で提供していた。やきそばもこれらの店で提供された。また当時の富士宮では製糸業が盛んで、信濃絹糸紡績株式会社(現在のシナノケンシ)をはじめ、複数の製糸工場が操業されていた。そこで働いていた女工たちが休日外食をする際には、こうした店が利用された。太平洋戦争当時富士・富士宮地方から招集された兵士たちはおおよそ満州に派遣されていたことから、戦後復員した元兵士たちにとっても炒麺に似たやきそばは受け入れやすい料理であった。
●「富士宮やきそば」としての出発

お宮横丁の入口にある富士宮やきそば学会

やきそばエクスプレス(東京駅にて)

富士宮駅の駅弁 富士宮やきそば弁当
1990年代後半に青年会議所が開いたワークショップをきっかけに、町おこしでの方向性を考えることとなった[4]。 また独自調査の結果、富士宮市はやきそばの消費量が日本一であったことから、2000年に町おこしとして「富士宮やきそば学会」を立ち上げ、地元で食べられている焼きそばを「富士宮やきそば」として、PRキャンペーンを行った。
2002年秋には、富士宮やきそばと同様に焼きうどんで町おこしを企画している北九州市の名店と勝負するというイベント「天下分け麺の戦い」が小倉城公園で行われ、この顛末はテレビを通じて全国に放映された。その他にも、同じくやきそばで町おこしをしている横手市と太田市を招いてやきそばの食べ比べを行う「三者麺談」、全国の麺を集めた「やぶさ麺まつり」などを開催し、認知度を上げていった。
2004年、「富士宮やきそば」「富士宮やきそば学会」は、NPO法人まちづくりトップランナーふじのみや本舗が商標登録を行った。
2006年2月に八戸市で開催されたB級グルメの祭典であるB-1グランプリの第1回イベントでは、初代王者に輝き、次回同大会の開催権を獲得した。そして2007年に開催された第2回B-1で再びグランプリを獲得、二連覇を飾った。これらのことにより、富士宮やきそばはメディアによって多く紹介されるようになった。2007年2月13日には東洋水産からカップ麺として全国発売された。2008年7月現在、東京都内の一部でもこのカップ麺は継続販売されている。
その後「B級ご当地グルメでまちおこし団体連絡協議会」(通称:愛Bリーグ)の本部が富士宮市に置かれ、各地で講演活動を行っている。
●関連商品
富士宮やきそばの麺は、市内のショッピングセンターやスーパーの多くで販売されている。また、通信販売も行われている。
ベビースターラーメン - 「ベビースター富士宮やきそば」が地域限定商品として売られている
カップ麺 - 十勝新津製麺から数種類がコンビニ向けに販売されている
東洋水産 - 2007年2月13日に全国発売
蒸し焼きそば - シマダヤの「富士宮やきそば」
やきそばキティ‐ご当地キティ
富士宮やきそばふりかけ-箱に入った瓶タイプと50gの袋タイプが発売されている。袋タイプは静岡市葵区の㈱トーノーが発売。富士宮やきそば学会の認証を得ている。
フリトレーコーンスナック - 2009年4月20日に「B-1グランプリ 富士宮やきそば味」が発売された。
山崎製パンランチパックの「富士宮やきそば」。こちらは富士宮やきそば学会の認証は得ていない。
●脚注
現場と消費者とをつなぐ“町おこし”という試み 富士宮やきそば学会会長
http://www.ntt.com/b-advance/leader/200912/index.html
富士宮やきそば学会事務局
http://www.umya-yakisoba.com/contents/syouhyou/
富士宮やきそば学会はマルモ食品、曽我めん、叶屋、木下製麺所の麺を指定麺としている
「食で町おこし」秘訣は?富士宮やきそば学会会長に聞く(朝日新聞 2010年11月5日)
●リンク
富士宮やきそば学会ホームページ
http://www.umya-yakisoba.com/
富士宮市観光協会
http://www.fujinomiya.gr.jp/
■海賊焼(かいぞくやき)
静岡県西伊豆町で販売されているご当地焼きそばである。

西伊豆町の製麺業者がイカ墨を練り込んだ黒い麺に地元産のイカや野菜を入れて炒めた焼きそばを「海賊焼」として売り出したのが始まり。その後、町と商工会がこの「海賊焼」をご当地グルメとして売り出し、町内6店舗で販売を開始した。
●参考文献
海賊焼(かいぞくやき) うどん、そば、ラーメンの通販 佐野製麺
http://www.men-ya.com/hpgen/HPB/entries/6.html
■おかべ焼きそば(おかべやきそば)
静岡県藤枝市岡部町で提供される焼きそばで、ご当地グルメである。

2006年秋、岡部町商工会が開発したご当地グルメで、玉露パウダーを練りこんだ麺と地元で採れた季節の食材が使用されているのが特徴。肉を入れず、ソースを使わず和風味に仕上げられている。
●リンク
おかべ焼きそばトップページ
http://www.okabe-s.net/yakisoba/okabe-yakisoba.html
■桜えびやきそば(さくらえびやきそば)
静岡県蒲原町(現・静岡市清水区)で提供される焼きそばで、ご当地グルメである。

蒲原の新しいご当地グルメの焼きそばで、特産である桜海老を加え、最後にいわし削りをかけるのが特徴。セブン-イレブンから商品化され、静岡県限定で発売された。
●脚注
『桜海老フェア』を開催します!
http://www.sej.co.jp/mngdbps/_material_/localhost/pdf/2009/043002.pdf
■瀬戸しょうゆ焼きそば(せとしょうゆやきそば)
愛知県瀬戸市で販売されているご当地焼きそば。

具はキャベツと豚肉のみで、蒸し麺に豚肉の煮汁をダシにした醤油風味の味付けがされているのが特徴。瀬戸市では現在「銀座茶屋」「大福屋」の2店のみで提供されている。
■スヤキ
滋賀県甲賀市のご当地グルメの焼きそばである。

昭和30年代に甲賀市の食堂「谷野食堂」が学生の為に安くて美味しいものをという思いで提供したのが始まり。中華麺をラードで炒めた後、もやし、青ネギ、塩で味を調えたというシンプルな作り。味は客側でソースや醤油などを加えて好みに仕上げる。
●参考文献
ケンミンの秘密 | カミングアウトバラエティ 秘密のケンミンSHOW
http://www.ytv.co.jp/kenmin_show/secret/this_week/bn169781.html
■そばめし
焼きそばとご飯を鉄板で炒めたソース味の焼飯。神戸市長田区のB級グルメとして親しまれている。北海道深川市の深川そばめしとは別物である。

そばめし

神戸のそばめし
そばめし発祥の経緯としては、お好み焼き店で昼食を取っていた工員が、そば焼き(神戸の方言で焼きそばの意)を焼いていたのに目を付け、「弁当の(冷や)ご飯を、そばと一緒に炒めて」と頼んだ事で出来たメニューと言われている。
現在でも神戸のお好み焼き屋では、自宅の残りご飯を持っていき、そばと一緒にそばめしとして炒めてくれる店もある。
作り方の一例としては、まず、熱した鉄板上でソース味の焼そばを作り、そこにご飯を加えてさらに炒める(この際、同時にぼっかけ(煮込んだスジ肉)などを加えることもある)。全体をこてで細かく均等に刻むようにしながら炒め合わせて完成となる。
家庭用にとどまらず、業務用の冷凍食品もある。また、真空パックの中華そばと粉末ソースをいっしょにした、家庭でご飯を加えるそばめしの素も売られているが、こちらは実質的にソース焼きそばと変わらない。
●リンク
「そばめし」とは(オリバーソース)
http://www.oliversauce.com/sobameshi.htm
私の「そばめし」初体験
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Asagao/4786/fumoto/wadai/sobameshi.htm
■ひるぜん焼そば(ひるぜんやきそば)
岡山県真庭市蒜山地方のご当地グルメの焼きそば。2011年11月12・13日に開催された第6回B-1グランプリで、ひるぜん焼そば 好いとん会が全国第1位(ゴールドグランプリ)となった。

●概要
ジンギスカンのタレや味噌だれを用い、具材にカシワ肉(親鶏の肉)を使うことが特徴である。近年では蒜山高原産のキャベツも必須の食材となっている。昔からジンギスカンで有名であった蒜山地域では、家庭や店舗でもこのジンギスカンのタレを使い鳥肉を焼くことも多く、この鶏肉をおつまみに焼いていた時に、呑みの締めとしてそばを焼き入れたことが、ひるぜん焼そばの最初であるとも伝えられている。
●歴史
ひるぜん焼そばの起源は1960年代に遡る。真庭市蒜山中福田地内にあった「ますや食堂」が発祥と言われているが、昭和30年代頃には既に各家庭でそれぞれ工夫してタレを調合した焼そばが作られており、それが由来ともされている。
「ひるぜん焼そば」という名前がついたのは比較的最近であり、2003年に、蒜山地域を管轄する岡山県庁の出先機関である真庭地方振興局(現・美作県民局真庭地域事務所)が真庭地域のおいしい物をまとめた冊子を作成する際、当時はまだ「ひるぜんの焼きそば」という曖昧な名称だった。2008年に、後述の“ひるぜん焼そば好いとん会”が「ひるぜん焼そば」と命名した。
2008年12月10日に、地元蒜山でひるぜん焼そばを提供していた店舗が集まり、“ひるぜん焼そば好いとん会”が結成され、以後は同団体が各種イベントに参加し、PR活動を行っている。
2010年3月27、28日に北九州市小倉北区の勝山公園で開催された「第2回小倉BQ食KING 天下分け麺の戦い2010」で、全国各地から集まった12種の焼き麺の中から日本一を決める「焼き麺バトル」において、投票の結果、ひるぜん焼そば好いとん会の「ひるぜん焼そば」が1位となった。
また2010年9月18、19日に神奈川県厚木市において開催された、B級グルメの祭典“第5回B-1グランプリ”で、ひるぜん焼そば好いとん会は初出場ながら、46団体中の第2位(シルバーグランプリ)を受賞した。
これらは、全てひるぜん焼そば好いとん会の活動により受賞したものではあるが、各種メディアで取り上げられることにより、地域おこしの起爆剤として期待されている。
その反面、他のB-1グランプリ受賞団体と同じように、類似商品や商標の無断使用などの発生が懸念されている。ひるぜん焼そば好いとん会では、今後もPR活動を行い、ひるぜん焼そばの味や文化を広めることや、商標登録済の「ひるぜん焼そば」を、商標侵害から守ることにより、今後も蒜山特有のタレ焼そばの文化を伝える活動を行うこととしている。
●脚注
“「ひるぜん焼そば好いとん会」が初V B―1グランプリ”. 朝日新聞. (2011年11月14日)
http://www.asahi.com/kansai/travel/news/OSK201111140045.html
店主の高齢化に伴い2008年に閉店。
●リンク
ひるぜん焼そば好いとん会
http://www.hiruzen.info/yakisoba/
■かめそば
愛媛県松山市のご当地グルメの焼きそばである。

松山市内で販売されているちりめんじゃこをかけた焼きそば。松山市の食堂「かめ」が提供したのが始まり。
●参考文献
ケンミンの秘密 | カミングアウトバラエティ 秘密のケンミンSHOW
http://www.ytv.co.jp/kenmin_show/secret/this_week/bn169781.html
■日田やきそば(ひたやきそば)
大分県日田市で提供される焼きそばで、ご当地グルメである。「日田焼きそば」と表記する場合は、想夫恋の商標で2009年8月27日に登録されている。

日田市内にこの焼きそばを提供する店は、日田焼きそば専門店の想夫恋をはじめ、ラーメン店など十数店舗ある。
鉄板上で一部が焦げるほど硬めに焼く麺に特徴がある。ソースで味付けし、具はもやし、ねぎ、豚肉をおもに入れる。
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