最近ずっと男女の論争ばっかりで参ってしまう。

どう考えたって永遠にわかりあえないんだから不毛にしか思えない。

何回も何回も見た話題で殴り合っていて何が楽しいのか。

ここですこし考えてみた。

 

なんとなく言い争いたいだけのようにも見える。

世の中には喧嘩したがる人間が一定数いるのだ。必ず少なくはない数が。

 

あるいは、どちらに立つかが判断しやすいからではないか。

オリンピックは特に調べることもなく自国の選手を応援すれば良い。

男女論は自分の下半身に問えば良い。

これはなかなか理にかなってると思うんだけれど。

しかもそうやって検証や思考の必要ない二元化されていてどちらにつくか考える労が要らない、いうなればお手軽な戦いは、検証や思考のできない人間の良い暇つぶしになると考えられ、男女論の稚拙さに説明がつく。

 

ただ男女論の大半の論者が社会に出ている大人であるから、学生身分のワタシにはきっと見えてない部分があるのだろう。だからこれはあくまでも今の私の仮説でしかない。

 

べつに決着のつかない争いを不毛だとは思わないし、議論することによって意味が生まれるのは分かっているけれど、なんだか戦う動機がただ私がこの性別だからというだけで、支離滅裂な人間が多すぎるのだ。

 

まったくまとめられてないしおかしなことを言ってるかもしれないけどもう眠い。確認もめんどい。目を瞑ればキーボードに顔からダイビングだ。おやすみなさい。