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主人がデイサービスから帰ってきたのを出迎えました
職員さんがドアを開け、後部座席から降りてきました
自分の鞄とは別にビニール傘を持っています
👵「それはトトさんの物ではないから置いておいてね」
と、主人の手から傘を取ろうとしても
私の手を払い除け、しっかり傘を握りしめました
👵「返さないと…」
👴「これは、向こうの人のだから向こうの人に渡すんだよ」
その通り、間違ってはいません
👵「じゃ、こちらが向こうの人だから、この人に返して」
👴「いや」とそのまま玄関へ入ってしまいました
👵「すいません。玄関で置いたら、それから持ってきますね」
その主人の頑固さを見ていた職員さん
👩‍🦱「今日は珍しく落ち着きがなく、何度も『もう帰る』とウロウロすることが多かったです」
「お風呂の時も、主張が激しく…」
「車の中でも最近は静かだったのですが、信号で指図してきたり…前に戻ったようでした…」
👵「気圧の変化かな?台風が2つあったし低気圧が続いているから…」
👩‍🦱「そうかもしれないですね」
👵「満月の時に不穏になるとか、気候に影響受けるみたいですものね」
👩‍🦱「そうなんですよ」
主人が靴を脱ぎ家の中にはいったようなので
玄関に置いてあったビニール傘を、職員さんに返しました

その後の主人
特に困ったこともなく、いつも通りに過ごしました
台風が抜けたから、主人も不穏から抜けたのかな?

ホント、認知症って不思議ですし
読めない行動してくれます😩

🤩🥳🤩🥳🤩🥳🤩🥳🤩🥳

先日聴いていたラジオで
幼児と認知症の人のお世話は
同じ様なことをしていても
幼児からは”若いパワー“をもらえるから心はやられないけれど
年長者の認知症の人には、逆にこちらのパワーを取られるから
心身共に疲れるのだと…言っていました
そして、その取られたパワーを補うのには
友人とお喋りしたり、好きな事をしたり、推し活をしたりするのがいいと…

そうなんだ〜やっぱりね
娘と馬鹿な話しして大笑いしたり
好きな縫い物したり
大相撲に沼っていてもいいのですね
と、自分のことを正当化した所で😂

もうすぐ大相撲の名古屋場所が始まります😄
(今朝はその番付発表がありました
私の推しは…あの力士もこの力士も十両です😭)
夏場所から2か月
本場所を観戦して、千パでウキウキだった日から2か月です  
その間にも、関取衆はパリ巡業があり
夏巡業や秋巡業の予定や
名古屋場所へ向けての準備など
それなりに相撲の情報は入ってきており
あっという間の2か月でした

すでに力士たちは名古屋入りしており
ファンの私たちにも、激励会やトークショー、稽古見学など予定が入ってます
私は、そんなに行けませんけどね
本場所観戦もできません(泣)
それでも、楽しみな日が続きます🥳


🌀🌪️⚡☔⛈️🌀🌪️⚡☔⛈️

2つの台風が、梅雨前線を刺激しながら通り過ぎました
大雨で被害も出ています

介護を必要とする人と暮らしている家庭では
日常の生活もままならず
大変な思いをして暮らしています
そこへ災害が起こったら…と、思わないわけでもなく
一応、考えはまとめてあります

今回のような大雨の場合は
我が家は道路より家の土台は高いので
浸水することは、まずないかと楽観視しています
私が子供の頃に、近くの川が氾濫したことがありましたが
この辺りまで水は来なかったように記憶しています
ハザードマップを見ても心配のない所となっています
ただ…元々は田んぼを埋め立てた所に建っていますので
水はけは悪いです💦

逆に主人がお世話になっている看多機は
内灘の近くの低い元田んぼにあります
そこは、南海トラフ地震が起きれば津波が0.5m〜3mとなっています
危ないですね😅

そして、いざ南海トラフ地震が起こったら…
我が家は耐震構造にはなっていません  が!
元々の木造住宅に寄り添うように重量鉄骨造のテラス(12畳ほどの広さです)が建っています
「なんで、こんな仰々しい物建てたかな?」と疑問に思っていましたが
この鉄骨なら、地震が起きても残りそうです
他の木造住宅部分は壊れても
ここと、ここに接した部分は残りそうに思います
なので、いざという時は
この残った部分で避難生活が出来るように準備をしています

もし、避難所が開設されても
そこで、主人を連れて生活することは無理でしょう
他の人にも迷惑かけるでしょう
主人も不穏になり、それを看る私もキャパオーバーになることが目に見えてます
多分、避難所には行かないと思います
自宅で介護が必要な人対応の避難所が開設されるまで、頑張るつもりです

それが可能かどうかは、起こってからでないと解りません
それは我が家に限らず、どこのご家庭でも同じです
ただ…色んな場合をイメージして、それに合わせた準備を粛々としておこうと思っています

難病の持病と認知症のある主人の
今後の介護のことを考えることと似ています

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あー言えば、こー言うことが多い主人
それくらいならまだしも
もっと腹立つことがあります

今日も夕飯を食べ終えたら、最近よくある
👴「もう、寝に行きます」
と、2階へ行こうとしました
それを、なんとか引き留めてを
何度も繰り返し
やっと7時45分になり、就寝前の持続型のインスリン注射を打ちました
そこで、主人、トイレに行きました
戻ってきて、就寝前の薬を飲ませ
👵「じゃあ、寝に行こうか」
👴「そう。。。」動こうとしません…
👵「2階に寝に行くよ。さっきから寝よう寝ようと言ってたでしょ」
👴「いや、俺は寝ないよ」
はぁ~?
あなた、さっきまで早く寝る寝るって言ってたでしょうが💢

なんで、まだ寝る時間じゃない時に寝るって騒いで
本当に寝る時間になったら、寝ないとか言うかな?
そして、ちょっと寝たら
また起きる!起きる!って騒ぐんでしょ
私が言う事の反対ばかりやって
天の邪鬼か?!

そういえば、元気な頃の主人
普段はそうでもないけれど
酔っ払うと、会話の最初に
👴「そういう事じゃなくて」が必ず付き
相手の話しを、否定から入る傾向がありましたね
これが主人の本質の性格だとしたら
今の状態も頷けます
が!   嫌な性格だわ
     腹立つ😤

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主人が始めて"認知症"と診断されたのは
2020年の7月
6年がたとうとしています
田舎の総合病院の脳神経内科で
週に1回、大学病院から来ていた
当時は研究医をしていた医師から診断されました
現在は、主人がネフローゼでかかる大学病院の診察曜日に
隣の老年科で外来診察をしています
研究から臨床に変わったようです
若いけど観察力も知識も豊富な、話しやすい医師でした
その名札の名前を見ると、当時のことを思い出します
最初は"アルツハイマー型"と言われ
脳の痩せ具合や、主人の行動に
"嗜銀顆粒性認知症かな?"というときもありましたが
最終的に
👵「前頭側頭型は大変そうですね」
👨‍⚕️「ちょっとやな感じですよね」
と、話していた前頭側頭型の中の意味性認知症と…
後に転院した、全国的にも認知症に関してトップクラスの国立病院で
正式な検査をし
意味性認知症と診断されました
最初の医師の見立ては確かなものでした

その頃はまだ意味性認知症はそんなに知られる病ではなく
(今でも認知症=アルツハイマー型ですね😅)
それを知るために、読み漁った同じ病の人たちのブログや文献から
5年後には、車椅子で自分では何も出来ず
全介助が必要になるんだろうな…と漠然と思っていました
だから、その暮らしのために
少しでも介護がしやすい物件を探して
この家に決めました

でも、現在主人は動きはゆっくりになりましたが
自分で歩き、1人でトイレに行き
着替えもご飯を食べるのもできています
同じ病で、診断から3年で要介護5になった方もみえるのに
この違い…
同じ病でも、ホント、人それぞれで
症状の現れ方も、進行具合も
みんな違います

1日1日では、変わりませんが
一ヶ月前、三ヶ月前、半年前を考えると
進行し、出来なくなったことは多いです

これからも、周りの人の意見を聞きつつ
先々までを見越して予想し
心構えと準備を整え
心穏やかに、1日でも長く
一緒に要られるようにしていきたいと思います