私は「正しく怖がることが大事」とくどいほど書き続けています。
最近は「原発御用学者」の意見はさすがに見られませんが、むしろ、原発反対論者が、冷静な科学的議論に対してまで「御用学者」呼ばわりをし、実際以上に非科学的に危険を煽ることで、被災者の福島および近隣の人々をさらに窮地に追い込むことの弊害が目に余るようになっています。
政府は、国民の健康と財産を守ることが第一であり、科学的事実に基づいてしっかり判断してきちんと説明することで、国民の間の「連帯」を深めながら現実的に利害関係を調整するこそが務めと考えます。しかしその意識も能力もないことが、国民の間の不審を呼び、そしてそれが多くの国民が危険を煽る風説の方を信じてしまう土壌になっていると言えます。
そして、最低の愚策が、食品安全委員会が声の大きいゼロリスク論者の意見に屈して、世界でも例を見ない厳しい放射性セシウムの基準を定めてしまったこと。これにより、福島県だけでなく近隣各県にまで農林水産業の生産者を困窮させています。
この問題については、私のブログでも先に書いています。
食品の放射性セシウム新基準値 4月から適用 原発被災地に打撃
そこで懸念していた通りのことが、例えば毎日新聞に書かれています。
http://mainichi.jp/select/news/20120415k0000e040133000c.html
(引用開始)
食品セシウム新基準:相次ぐ出荷停止 頭抱える生産者ら
毎日新聞 2012年04月15日 15時34分(最終更新 04月15日 18時02分)
食品に含まれる放射性セシウムの新基準値(一般食品は1キロ当たり100ベクレル)が4月から施行され、各地で連日、農水産物の基準値超えが判明している。出荷停止や風評被害は関東にも広がり、新たな課題も浮かんでいる。
(引用終わり)
この記事で取り上げられているのは、
・茨城、栃木、千葉、宮城、岩手の原木シイタケ
・千葉のタケノコ
・群馬のフキノトウ
・群馬の牛肉
・茨城の魚
もちろん、これらはごく一部であり、東北・関東一円で他の農林水産物についても基準超えが見つかって、出荷自粛していることでしょう。そして、それらの被害は東京電力によって賠償される予定だと。それはまずは電気料金の値上げとなって現れ、その少し先ではきっと東京電力が破綻するでしょうから、それらの生産者の賠償金は結局は国民の税金で賄うことになるのでしょう。
もうひとつ大事なことは、生産者は賠償金をもらえるからいいだろうで済む話ではなく、やる気・生きがいをなくしてしまい、また将来への希望をなくし・不安が高まり、いくら経済的に賠償されたとしても、精神的なあるいは社会的な被害を受けていることです。
これが本当に国民の健康のためであれば仕方ないこととも考えられますが、4月から厳しくされたセシウムの規制値はEUや米国の規制値の10分の1という、福島の事故直後の日本だけでなぜそんな設定をしなければならないのか全く理解できないほどとんでもなく厳しい値であり、また従来の暫定基準値(現在の5倍)でも、現実の内部被曝状況の調査データから国民の健康には全く不安はないとの結果も出ていたのにも関わらず、なのですから、全く持って政府の見識不足が招いたヒドイ状況です。
さてそんな中、被曝状況への対応の指針がまとめられている「ICRP出版物111号(ICRP111)」について、Twitter上で「高井先生 @J_Tphoto、生徒会長 @buvery」という方々のやり取りを中心にして、その内容をわかりやすく解説したものをまとめた冊子が発行されていることを知りました。
http://dl.dropbox.com/u/28775595/Intro_ICRP111_ver1_1.pdf
(このbuveryさんという方は、私の昨年8/21の記事「イギリスの内部被曝調査委員会とクリス・バスビー氏」でも引用させていただいた、この分野に非常に詳しい方ですね。)
この冊子では、ICRP 111の考え方をまずまとめの図で概要を示した後、対話形式で非常にわかりやすく解説されています。
考え方の「まとめ」の部分を引用します。
(引用開始)
慎重に対応して、良しとする被曝の量を決断し、理性的に利害を調整するという考えを背景にして、放射線による確率的影響から出てきたLNT(直線しきい値なし仮説)とALARA(As Low As Reasonably Achievable:合理的に達成できる限り低くする)という考えを用いて、年間 1~20ミリシーベルトであれば、リスクは比較的小さいから、社会経済的なことを考えると、汚染の低い地域に住むという選択肢がある、という判断になります。
その場合は、政府当局が、社会経済的便益がリスクより大きいと判断した場合(正当化)は、そこに人が住むことを認め、社会経済的利益とリスクの調整(最適化)を行います。
(引用終わり)
これだけ読んでも迫力不足ですが。(すみません。)
内容は非常に広い範囲に及ぶ一方で、対話形式でわかりやすく書かれているので、放射線被曝について関心のある方には(関心がなくても)、ぜひ読んでいただきたいと思います。
その中で、私が最も重要と考えるのは、このような部分です。
(部分引用開始)
ここで、ICRP 111のロシャールさんたちが言っているのは、「通常の生活を回復するためには、ある程度の不利益を被災地域と地域外で連帯して負うのが前提となる。最適化の戦略は、公平を旨とし、国内と国際規制(例:食料貿易)を考慮するべきである。」ICRP111ではっきりと主張しているのは、「ある程度の不利益をともに負う連帯」が必要だ、ということです。 「連帯」を重視する政治的な立場を明確にしています。
住民の自助努力を補うため、政府当局により、住民が必要に応じて自身の防護方策を決定し、最適化し適用できるように、支援を実施しなければなりません。
最適化された放射線防護とは、被曝がもたらす害と、関連する経済・社会的要素のバランスを、注意深く評価した結果に得られるものです。
「最適化︑最善の手段は、必ずしも残留放射能が一番低いものではない」
(引用終わり)
チェルノブイリなどの過去の被曝事故に世界は何を学んできたのか(強制避難をすると、健康や、社会経済的な結果は破壊的になる)、現在の100ベクレル/kgの食品の基準はなぜ強く非難されるべきなのか(チェルノブイリ後のノルウェーでは、トナカイの飼育産業を守るために当初は6,000Bq/kgとされた!)などなど、学べることが盛りだくさんです。
このような活動を行われた方々に敬意を表します。
この冊子の存在が広く知れ渡るといいですね。
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