電器屋さんに用事があったんで 

ひとりで寄り道~


商品の裏の説明見ようとしてずらしたら

防犯のがピピピピピピピピピ!!て鳴り出して

怖かった。。。




夜のガーデンズの屋上

鈴虫も鳴いてて

昼間とは違った雰囲気で綺麗ー
うまくないトマトジュース

うまくないトマトジュース


夜に外歩くの好き(^∇^)

空気が澄んでる感じが…

深夜に課題終わってベランダから見上げる夜空とか!

テスト週間の朝焼けとか(笑)



とりあえず、新学期始まったネ(`・ω・´)

ふぁいてぃんぐぅ!

宮部みゆき/著



『上』


・子供は大人になるまでのあいだに、様々な形の挫折を経験するけれど、その挫折の大半は、今まで自分が教えられて磨いてきた価値観や想像力では手に負えないものにぶつかったことによるものだ---という成長の公式に、ここで亘は初めて触れているのだが、もちろん自分ではそれに気がついていなかった。だからイライラするのだし、だから興味を惹かれるのだということもわかっていなかった。


・努力は自分のためにするもので、金が目的ではないと教えたい。


・大人になると、セキニンとかヤクワリとかの方が大きくなるから、「私は」なんて、うっかり言えなくなるのだ。だからこそ、大人になるのは面倒くさいのだ。子供の方が。自由でいいのだ。


・亘はその場で回れ右をすると、自分の部屋に駆け戻った。逃げちゃいけない、隠れてる場合じゃない、立ち向かわなきゃ、母さんの味方をしてあげなきゃ、母さんをかばってあげなきゃ---頭の中ではそう思うのに、身体は全く言うことをきかない。



『下』


・「先ほども申したとおり、星読みは世の理を解き明かそうとして学問を重ねております。むろん、まだまだ道は遠く、我らにわかっていることよりも、わかっておらぬことの方が多い。我らが得た知識を、ひと匙分の砂糖に喩えるならば、まだ得られずにおる知識は、視界いっぱいに広がるサトウキビ畑に喩えることができる。」

「砂糖の山じゃなくて、サトウキビ畑?」

「その通り。そのままではただ広大であるばかり。砂糖を得るには、刈り取り、精製をせねばなりませぬ。効率の良い刈り取りの仕方も、不純物の混じらない精製の方法も、同時に学び研究していかねばなりませぬ。学問し知識を得るというのは、そういうこと。」

ワタルの通っている学校では、そんなことは言ってなかった。


・きっとこのヒトは、いつもこんなふうだったんだ。胸にあるのは自分の言い分だけ。見るものも、自分の見たいものだけ。求めるものも、自分のほしいものだけ。傷つくのも、いつも自分だけ。

思い通りにならないものを捨て、気に染まないものを切り離し、そこにあっても見ないふりをして、ひたすらに求めるものはただひとつ。自分が求めるにふさわしいものだけ。

それでは何処にも居場所なんかつくれるわけがない。誰の親切も届かなければ、誰に裏切られようと、その兆候を感じることだってできるはずがない。


・そして、ようやくたどり着くことができた今、わかったんです。幻界の旅は、運命の塔というゴールにたどり着くことに、意味があったのではなかったと。この旅そのものが、僕にとってかけがえのないものだったと。この旅が、僕に教えてくれたのです。女神さまのお力にすがり、運命を変えることができようと、所詮それはひととき限りのものだ。僕はこれからも、喜びや幸せと同じように、悲しみにも不幸にも、何度となく巡り合うことでしょう。それを避けることはできない。ましてや、悲しみや不幸にぶつかるたびに、運命を変えてもらうわけにはいかないのです。」

自分のベッドの下に潜り込んで泣いたとき、二度とこんなふうに泣くことはないだろうと思った。だけど、カッツの死にワタルは泣いた。ミツルを見送り、ワタルは泣いた。

別れ、失い、傷つくことは、これからも繰り返されてゆくだろう。何度運命を変えてそこから逃げ出そうと、変えた運命のその先には、またその運命のなかの喪失や別離が待っている。

喜びがある限り、不幸もある。


・争いを重ねる愚かさも、自分の信じるものしか目に入らない心の狭さも、目先の楽にばかり手をのばす性急さも、みんなみんな含めて、それがワタルの幻界なのだから。

ワタル自身なのだから。

「間違いを繰り返しても、そこから引き返し、考え直して、生きて、懸命に生きて、また自分たちの道を切り拓いてゆくことにこそ意味があります。僕の幻界に、そのチャンスを、どうぞ与えてください。お願いします。」

気になったから調べてみた。

お盆のなすびときゅうり。


精霊馬(しょうりょううま)って言うんだって!

なす・きゅうりに4本のつまようじやマッチ棒、折った割り箸などを足に見立てて差し込むもので、


きゅうり=馬。足の速い馬に見立てて、あの世から早く家に戻ってくるように、との願いが込められている。

なす=牛。歩みの遅い牛に見立てて、この世からあの世に帰るのが少しでも遅くなるように、との願いが込めら   れている。供物を牛に乗せてあの世へ持ち帰ってもらうためとも言われている。


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亡くなった人の霊魂がこの世とあの世を行き来するための乗り物らしいです。

地域によって色々あるみたい。


それぞれに込められた願いまでは知らなかった。

こういう伝統の習慣って、いろんな願いが込められていたりして面白い!(・ω・)