『雨の日のイルカたちは』 は、
2年前の「9.11」の事件を機に、 模索を重ねた片山さんが見出したのは、 “新しいリアリティ”。それは、 「天使」をモチーフに綴られる。 「天使」が見える女性の語る前世、 現世、来世……。ある意味で、 これまでの小説の限界を超える冒険にも 挑んだこの4つの物語は、 今の世界の黙示録のようでもあり、 未来へと向かう窓でもある。 著者紹介 /インタビュープロフィール 1959年、愛媛県生まれ。福岡県在住。九州大学卒業後、1986年「気配」で『文學界』新人賞を受賞しデビュー。171万部を突破した『世界の中心で、愛をさけぶ』が映画化。大沢たかお主演で、2004年5月8日に公開する。主な作品に『きみの知らないところで世界は動く』、『満月の夜、モビイ・ディックが』などがある。 ・映画「世界の中心で、愛をさけぶ」公式サイト インタビュー 雨の日のイルカたちは 片山恭一/著 ――執筆時期から見て、“本当の意味での『世界の中心で、愛をさけぶ』以来の最新作”である本書は、片山さんの新境地ともいえる作品になりますか? 「“9.11以降の世界”での新しいリアリティを模索したという点では、そうですね。だけど、ある意味では本道というか、僕がずっと小説の中で追求していきたいテーマを強調した、自分らしさに収まりをつけた作品だとも言えます。『世界の中心で、愛をさけぶ』が売れて、純愛小説、泣ける小説という部分だけが強調されてしまったことへの反発も多分にあって(笑)。あの作品も、本当は大切な人の死をめぐる物語で、僕としては死生観とか人生観みたいなものがいちばんのテーマだったんですね。だから、本書でも、それを追求して描いたつもりなんです」 ――それにしても、今回の短編集は、まるで神話のような、とても深遠なテーマをはらんでいますね? 「特に最初の『アンジェラスの岸辺』は、哲学的というか抽象度が高いですね。わざとストーリーをリアリズムじゃないようにしたので。“これは、どういうことなんだろう?”と思って、次の作品に進んでもらえたらとてもうれしいんですが(笑)」 ――それは、意図通りになるのでは。読者が先に進みやすいように、意味深な使者も登場しますし。 「そう、イルカですね。『アンジェラスの岸辺』でイルカが出てきて、そのイルカが逃げたシーンから次の『雨の日のイルカたちは』が始まって……と、今回はイルカで物語をつなげました。また、登場人物たちも、リレーのバトンタッチのように少しずつ重なっていきます。たとえば、『雨の日のイルカたち』の主人公が最後に出会った男が3篇目の『彼らは生き、われわれは死んでいる』の主人公になり、その知人の娘が、最後4篇目の『百万語の言葉よりも』の主人公になるというように。あと、読んでいてコントラストがつくように、それぞれの雰囲気やタッチも少しずつ変えてみました。絵にたとえると? そうですね、最初が抽象画。2、3篇目が肖像画。そして最後が風景画ですね」 ――そのたとえはすごく納得ですね。ところで、少し細かいところもぜひお聞きしたいのでが、まず『アンジェラスの岸辺』でとても印象的に使われている「黙示録のような絵」には、モデルはあるのですか? 読んでいると、無性に見たくなってしまったのですが。 「あれはじつは、ピカソの『漁夫の別れ』がモデルなんですよ。青の時代の作品で、僕自身はとても好きですし、この小説の雰囲気には合う気がしたんですね。もし見たい方は、たぶんピカソの画集の中には入っていると思いますよ」 ――次に表題作でもある2篇目の『雨の日のイルカたちは』ですが、ヘルスで働く19歳の少女マユコの「何もかも軽くてふわふわしていて、この世界には正しいことなんて何もない」と乾いて絶望している心情が、まさにリアルで胸に響いたのですが、どうしてあそこまでわかるのですか? 「どうしてわかるのかと朔太郎くん(『世界の中心で―』の主人公)のときにもよく訊かれたんですが(笑)、ああいう感情や感覚が、きっと、僕の中にもあるんですよね。この少女は専門学校生でホストクラブの借金を返すために風俗で働き始めたという、いわば現代的なキャラクターです。だけど、そんな彼女が考えたり感じていることが、僕の中にもあるんですね。だから、特別に取材をしなくても書ける。同じように、3篇目の『彼らは生き、われわれは死んでいる』の主人公のラグビーをやっている青年ジャスコ、彼のいらだちやテロリストたちに対する思い、感受性なども、僕の中にあるんですね。だから、自然に書けるんです。ただ、4篇目の主人公である多恵を描くのは、少し難しかったですね。というのも、この作品は僕としては初めて、大人の女性の三人称で書いてみたからなんですが」 ――というように、妻と子どもに見えない壁を感じている男、ホストクラブの借金を返すためにヘルスで働く19歳の少女、老人介護のヘルパーとして働きつつも自らの生き方に悩むラガーマン、突然死した夫の秘密を知り途方にくれる妻。4つの物語の主人公はそれぞれ状況も年齢も違いますが、読後感は1篇の長編を読んだようにつながっていますね。 「それは、本書が共通のテーマでつながっているからだと思います。その全体のテーマとは、最初にも少し言いましたが、ひとことで言えば“9.11以降の世界”です。テロによって信じられるものがなくなった、そういうよるべなき世界を生きている人間の内面を、いろいろな性別や年齢の主人公を設定して描いてみたのが、本書なんですね」 ――片山さんにとって、2年前の「9.11」は、それぐらい、書かずにはをれないものだったのですか? 「というより、あの事件はまず、僕にとって本当にショックだったんです。しばらく放心状態になって、小説が書けなくなってしまった。つまり、こんなもの書いてもしょうがないじゃないかと。もう、たとえば『世界の中心で、愛をさけぶ』みたいなものを書いても、意味がないんじゃないかと。こういう繊細さを欠いた、力の論理だけが貫徹していく世界で、人を愛することや人を信じることを書いても、いったいどういう意味があるんだろうと。それでも、最初はこれまでのような恋愛小説というフォーマットで何かを書こうとしたんですが、どうしても書けないんですね。書いていても空虚で、自分の中がスカスカな感じがして……。その中で、なんとか言葉を紡ぎ出していったのが、1篇目の『アンジェラスの岸辺』だったんです。だから、この作品は、プライベートな作業で言えば、僕自身がなんとかこの先も物を書き続けていくための足がかりを模索した、リハビリのような作品だったとも言えるんです」 ――それで見つけた新たな“足がかり”を元に、あらためて書き続けていこうとされている片山さんの本道、追求しているテーマとは何ですか? 「いちばん大きく言うと、“人間はどうなっていけばいいんだろう?”ということですね。今みたいなアメリカ主導のグローバリーゼーション、これでいいわけないだろうと思うんです。要するに、この社会の価値というのは、お金を儲けて生きている時間を楽しむということしかない。そこには、肝心なことがまったく説かれてない。肝心なことの一つが“死”です。今、死があまりにも唯物論的に、“死んだら無だ”というところに放置されてしまっている。特にこの20年の間に、日本の社会、かつては誰もが鮮やかに持っていた死後のイメージをほとんど失くしてしまった。僕は、この状況は、絶対に人間の心をニヒリズムというか虚無感で蝕んでいくと思うんです。だって、いくら生きても人生をまっとうしても、その後に何もないってことになってしまったら、結局生きてるあいだがすべてということになる。何をしても、人を蹴落としても、とにかく楽しんだほうが勝ちだと。でも、僕は、それでは絶対に人間は幸せになれないと思う。だから、僕は小説で、“虚無的ではない死”や“目に見えない人と人との結び付き”を追求し続けているんですね」 ――そして、本書では、ついに「天使」が登場しますね! 「これは、冒険でしたね(笑)。僕自身は本来は、こういう超常的なものは信じ切れないところがあるので(笑)。でも、僕だけでなく、今、小説が追及しているのは、やっぱり新しいリアリティだと思うんです。目に見えるもの、手で触れられるもの、つまり貨幣で表現できるもの、それだけに頼った“痩せたリアリティ”ではない、もっと新しいリアリティ。自然科学とか最先端の情報工学とかもくぐり抜けた、もっと先にある繊細で、しかも強度なリアリティを文学で描けないだろうかと。僕ににとって、“天使”という素材は、そのとっかかりだったんですね」 ――本書から引用させていただくと「天上から地上へもたらされる声、その声が形象化したもの」としての天使が感じさせてくれるそんな新しいリアリティは、読む者にとってもある種の“リハビリ”になるような気がします。本書の4人の主人公たちと同じように、この世界の中で漠然と感じていた不安、疑問、痛みに対する言葉にならない答えを天使から聴いたような気がして。 「そうだとうれしいですね。この主人公たちは、“9.11”以降の世界から受けた傷を意識化していきます。でも、そんなふうに意識化していない人でも、このテロや戦争にまみれた世界から、いろいろな形で“無意識の傷”を負っていると思うんです。その結果、すごくニヒリストになったり、刹那的になったり、あるいは即物的な生き方をしたりしている。だから、最後の『百万語の言葉よりも』には思い切って、天使の姿を見ることができる、声を聞くことができる、つまり、前世もあの世も見ることができる女性を登場させたんです。彼女の語りによって、刹那的で即物的な死の先にあるイメージ、その先のリアリティを描き出すことができればいいなと。変なオカルトにならないようにするには、本当にギリギリの冒険だったんですけれどね(笑)」
夢占い事典 は、
夢占い(ゆめうらない)とは、夢の内容に、見えない世界や
無意識領域からの意味のある
メッセージが隠されている
ということを前提に、
夢に出てきたものや状況を元に、
現在の心理状態や近い未来に
起こる出来事などを
判断する作業のこと。
夢占いの注意点/夢占いの立脚点
夢占いの注意点夢占いでは、夢の中で登場した印象的なものをシンボルとして夢の中身を解釈する。解釈には、シンボルに対する一般的な知見や過去の経験則が用いられる。ただし、夢を見た人がそのシンボルに対して一般の感覚とは異なる特殊な印象を抱いていた場合は、一般的な解釈と異なる解釈が必要になる場合もある。例えば、「犬」は通常、友情の象徴であるが、夢を見た人が今までに凶暴な犬にしか出会ったことがないならば、むしろ「狼」の解釈の方が適しているかもしれない。 また、夢が、ストーリー仕立てになっていたり(自分が勇者で悪いドラゴンを倒すなど)、夢を見ている時の環境に由来していたり(トイレに行きたいときにトイレに行く夢を見るなど)する場合に登場するシンボルは、夢占いの対象ではないと考えられている。 夢占いの立脚点洋の東西を問わず吉凶の予兆として夢を用いることは多かった。多くは不安な夢を見た場合、不吉なことが起こるのではという感応呪術の域を出ないものであり、根拠はほとんどない。夢を占いから学術的研究の対象にまで持ち上げたのはフロイトであった。彼の著書である『夢判断』は、現在でも夢占いのシンボル解釈に多く取り上げられている。そのため精神病理学的判断を重視する立場からは、夢占いではなく夢判断などと呼ばれることがある。ただ夢判断に登場するシンボル解釈はフロイトの個人的な解釈が多く偏っていると批判されている。またフロイトの同志で、のちに袂を分かったユングは、フロイトとは異なったシンボル解釈によって独自の夢分析を行なった。フロイトやユング以降の生理学・心理学研究の進展により、2006年現在では、夢は記憶システムの機能の一部とする見方が一般的になりつつある。また、タカラトミーより望む夢を見ることのできるという玩具も発売されている。
たまに夢をみるので
その夢の意味を確かめようと
枕もとに、夢占い事典を
置いて寝てみたが
そんなときに限り夢を
見ない!
星

チーズはどこへ消えた? は、
物語は小人2人とネズミ2匹を 中心に進んでいきます。 そして格言めいた文章が いくつかでてきますが、 主人公や話自体、本のなかでは 意味はあまりないんです。 それを読んでいる人自身の考え、 経験、たどって来た人生の上で やっと意味があるものとなるのです。 著者紹介/出版社、著者からの内容紹介スペンサー・ジョンソン(Spencer Johnson,M.D.) 医学博士、心理学者。心臓のペ一スメーカー開発にもたずさわる。さまざまな大学や研究機関の顧問をつとめ、シンクタンクに参加する一方、著作活動を続けている。その功績を認められ、ハーバード・ビジネス・スクールの名誉会員。主な著書に、『1分間マネジャー』(共著)『1分間意思決定』『人生の贈り物』他、多数。 変化は吉にも凶にもなり得る。それはあなたの考え方次第である。本書は、「チーズ」の本質とそれが人生で果たす役割を理解すれば、誰しも変化をありがたく思うようになるだろう、と呼びかける。 これは世界を迷路になぞらえた寓話である。そこには4つの生き物が暮らしている。スニフとスカーリはネズミ。分析力も判断力もない彼らは、ただやみくもにチーズを求め、手に入れるためならどんなことでもしようとする。ヘムとホーは「小人」で、ネズミサイズの人間だ。彼らのチーズに対するかかわり方は、ネズミたちとはまったく違う。2人にとってチーズは単なる食べものではなく、自己イメージなのだ。彼らの生活や信仰のシステムは、見つけたチーズを中心に形成されていく。 読み進めるうちに、この物語の中のチーズとは、我々の生活手段、たとえば仕事や職歴、仕事で携わっている産業に関係があると、ほとんどの読者が気づくはずだ。そればかりでなく、チーズは健康から人間関係にいたるまであらゆるものの象徴と受け取れるのである。この物語の要点はすなわち、「我々はいつもチーズの変化に敏感でなければならず、チーズがなくなったときに新しいチーズを求めてすぐさま行動を起こせる姿勢でなければならない」ということなのである。 ドクター・ジョンソンは多数の著書を持ち、『The One Minute Manager』の共著者でもある。この寓話は、変化を恐れたり反発したりする人々がいそうな場所、たとえば企業、教会団体、学校、軍隊組織などに向けて発信されている。分析好きで懐疑的な読者のなかには物語が単純すぎるとする向きもあるだろうが、本書の素晴らしさは、94ページ足らずで万物の変遷の歴史をまとめ上げてしまった点である。物事は変化する。これまでもそうだったし、これからもずっとそうだ。そして変化への対応方法が人それぞれ異なる限り、変化に気づかないふりをしている者はいつも同じ目をみることになる。…チーズがなくなる、という憂き目を。 --このテキストは、 ハードカバー 版に関連付けられています。 この小さな本が世界のビジネスマンを変えてゆく! 迷路のなかに住む、2匹のネズミと2人の小人。彼らは迷路をさまよった末、チーズを発見する。チーズは、ただの食べ物ではなく、人生において私たちが追い求めるもののシンボルである。 ところがある日、そのチーズが消えた!ネズミたちは、本能のままにすぐさま新しいチーズを探しに飛び出していく。ところが小人たちは、チーズが戻って来るかも知れないと無駄な期待をかけ、現状分析にうつつを抜かすばかり。しかし、やがて一人が新しいチーズを探しに旅立つ決心を…。 IBM、アップル・コンピュータ、メルセデス・ベンツ等、トップ企業が次々と社員教育に採用。単純なストーリーに託して、状況の変化にいかに対応すべきかを説き、各国でベストセラーとなった注目の書。880円でアナタの人生は確実に変わる!


