趣味はJazz drumです!
18歳から始めたdrum。
今みたいに小中学校に吹奏楽クラブなんかないころですから、大学入学までJazzの蛇の字も知らず、楽器なんて触ったこともない都立高出身の田舎少年が大学の新歓催し物で目の当たりにした、Jazzのbig bandに人生最大のculture shockを受け無謀にも入部受付に行き取り敢えず名前を書いた。
本来なら、他の新入部員はこのバンドに入る目的でわざわざこの大学に入学した者や、小さい時から家族の影響で進駐軍放送などを聞いていた強者ばかりなのだ。
しかし2年先輩には、「ルパン三世」の作曲で有名なJazz pianist Y Oさんがいたし、同期には「翼をください」の作曲家 K M君がいたり、かなり恵まれた音楽環境の中でバンド活動をさせていただくことができたことは、メンバーの皆さんに感謝しなければならないと思っています。
これがきっかけで以後長い年月をamateur drummerとして沢山の社会人バンドでお世話になってきたわけです。
ある時、先輩のpro musicianと飲んだときこんな事を云われました。「お前ら音楽を趣味でやってられる奴は羨ましいよな」 何でかと聞いたら「だって楽しみながら音楽をやってるでしょう!」まあそうですね「プロは音楽と日々戦ってるんだよ!苦悩してるんだよ!」云われた。
自分では結構苦しんでいるつもりだったが、プロとなればそんな甘っちょろいもんではないのか?
なるほどね!音楽と戦わないで済む人生を歩んできたことに妙に納得した時でした。
音楽演奏が趣味ですというと「いいですねストレス解消に羨ましいですね」と云われるが、なかなかどうしてアマチュアと云えども貧弱な才能を少しでも引きだそうとする余り知らず知らずに「ストレス」が解消どころかどんどん溜まるんですよ(笑)
そして今日も、ストレスを溜めにせっせとセッションに通う毎日です。
今みたいに小中学校に吹奏楽クラブなんかないころですから、大学入学までJazzの蛇の字も知らず、楽器なんて触ったこともない都立高出身の田舎少年が大学の新歓催し物で目の当たりにした、Jazzのbig bandに人生最大のculture shockを受け無謀にも入部受付に行き取り敢えず名前を書いた。
本来なら、他の新入部員はこのバンドに入る目的でわざわざこの大学に入学した者や、小さい時から家族の影響で進駐軍放送などを聞いていた強者ばかりなのだ。
しかし2年先輩には、「ルパン三世」の作曲で有名なJazz pianist Y Oさんがいたし、同期には「翼をください」の作曲家 K M君がいたり、かなり恵まれた音楽環境の中でバンド活動をさせていただくことができたことは、メンバーの皆さんに感謝しなければならないと思っています。
これがきっかけで以後長い年月をamateur drummerとして沢山の社会人バンドでお世話になってきたわけです。
ある時、先輩のpro musicianと飲んだときこんな事を云われました。「お前ら音楽を趣味でやってられる奴は羨ましいよな」 何でかと聞いたら「だって楽しみながら音楽をやってるでしょう!」まあそうですね「プロは音楽と日々戦ってるんだよ!苦悩してるんだよ!」云われた。
自分では結構苦しんでいるつもりだったが、プロとなればそんな甘っちょろいもんではないのか?
なるほどね!音楽と戦わないで済む人生を歩んできたことに妙に納得した時でした。
音楽演奏が趣味ですというと「いいですねストレス解消に羨ましいですね」と云われるが、なかなかどうしてアマチュアと云えども貧弱な才能を少しでも引きだそうとする余り知らず知らずに「ストレス」が解消どころかどんどん溜まるんですよ(笑)
そして今日も、ストレスを溜めにせっせとセッションに通う毎日です。
土曜の夜の災難
今日は肌寒い雨の土曜日だった
仕事は夕方定時に終了、さてどこぞのセッションにでも顔出ししようかと思っていた矢先、携帯がなった。
やな予感がした通り、沼津のお客さんから無理難題な仕事を押し付けてきた。
なんでも明日10時のフライトで大手タイヤメーカーのタイ工場まで部品を届けなきゃなんないので、今から急遽部品を製作してくれないかとの依頼。
素材はテフロン、どうせ材料がないから月曜日にならないとダメだよと云ったら、どこで調達したのか、土曜で休みな筈の材料問屋からすぐ持ち込むから何とか頼むとごり押しされてしまった。
せっかく久しぶりのセッション楽しみにしていたのに泣く泣く諦めて残業
夜中の1時頃やっと完成、そこへ沼津からお客が取りにきて、成田の予定が急遽関空に変わったので、このまま東名高速走って関空まで届けるそうだ。
このドタバタはすべてタイの洪水の後遺症。
未だに工場再開したはいいけど、まだまだ不完全らしく、こんなことをしてるらしい。
私は寝てしまえばいいが、沼津のお客は大変だ。
無事走りきることを祈りながら今週末は災難だった

仕事は夕方定時に終了、さてどこぞのセッションにでも顔出ししようかと思っていた矢先、携帯がなった。
やな予感がした通り、沼津のお客さんから無理難題な仕事を押し付けてきた。
なんでも明日10時のフライトで大手タイヤメーカーのタイ工場まで部品を届けなきゃなんないので、今から急遽部品を製作してくれないかとの依頼。
素材はテフロン、どうせ材料がないから月曜日にならないとダメだよと云ったら、どこで調達したのか、土曜で休みな筈の材料問屋からすぐ持ち込むから何とか頼むとごり押しされてしまった。
せっかく久しぶりのセッション楽しみにしていたのに泣く泣く諦めて残業

夜中の1時頃やっと完成、そこへ沼津からお客が取りにきて、成田の予定が急遽関空に変わったので、このまま東名高速走って関空まで届けるそうだ。
このドタバタはすべてタイの洪水の後遺症。
未だに工場再開したはいいけど、まだまだ不完全らしく、こんなことをしてるらしい。
私は寝てしまえばいいが、沼津のお客は大変だ。
無事走りきることを祈りながら今週末は災難だった





