tom119さんのブログ -103ページ目

箱根駅伝

父は生前、お正月の箱根駅伝を見るのが楽しみだった。


今年の箱根駅伝を見ることなく大晦日に亡くなったので、正月はテレビどころではなかったが、父の代わりに箱根駅伝を見た。


父は大学を出ていないにも拘わらず、スポーツに垣根はないという信念で、毎年往年のランナーを集め、皇居を周回する「全国OB駅伝大会」を主催し、大会名誉会長に往年のボストンマラソン優勝者「心臓破りの丘」で有名な山田敬蔵さんを迎えて開催していた。


なにより走ることが好きで眠るように逝った穏やかな顔をみると、小さな身体でどこにそんな原動力があったのか不思議でならない。


いまとなっては、父の心中は推し量るしかないが、多分かの芭蕉の辞世「夢は荒れ野を駆け巡る」気持ちだったのかも知れません。


葬儀には走る仲間の方々がほんとにたくさん来ていただいて、父も喜んでいたのではないかと思いました。

実は私の体調もあまり良くなく本来は今頃入院しているはずだったのですが、父の急逝もあったので、一週間のばし、来週入院の予定。


多分外科的手術になると思う。


まあ今年の正月はいろんな意味で忘れることが出来ない正月であった。

不思議な気持ち

親父は96歳の天寿をまっとうして旅立っていった。

かつては青梅マラソンの常連で、颯爽と風を切って走っていた。


市民ランナーとして憧れであり夢であったボストンマラソン優勝者の山田敬蔵さんの知己を得て、施設にも何回か面会にきていただいて喜んでいたのを思い出す。


その韋駄天のような親父も晩年は自慢の足に動脈梗塞を起こし、自由がきかなくなった。

不自由な足を引きずって三途の川を必死に渡っているのだろうか?


もうそんなに頑張らなくてもいいんだよ。


向こうへ行けば綺麗な花園の中を思う存分掛けれるんだから。

大往生

明けて2011年のまぶしい日差しに目が覚めたのが既に11時。


節目とはあまりにも出来すぎといえばできすぎ。


お前たちにゆっくり正月休みなぞさせないぞと云っているのか、親父の現世での最後の仕業。


そのぶんオレは永遠の休みに入るのだと云わんばかりのお見事。


大晦日の大往生をやってのけました。


そんな訳であけおめも云えない状況になりましたので、しばらく歌舞音曲も控えさせていただきます。