? 光りモンを収めろ、柴垣! おめえとは、やり合いたくねえ???! ?
 斉田が叫んだ。
 短刀を右手に構え、じっと斉田を見据える柴垣。 他の男たちも、何か動きがあれば、斉田を守ろうとしてか、身構えている。
 行き詰まる、時???!
 柴垣が、フッと小さく笑い、静かに言った。
? てめえは、いいヤツだ、斉田??? ?
 瞬間、抜き身の光が、闇を切り裂く。
 続いて、二度?三度。 ピュン、ピュン、と言う風切り音が、小さく聞こえる。 なつきは、両手で口を覆った。
? くっ??! やめろ、柴垣ッ! ?
 制止を聞かず、柴垣は、短刀を振り回し続ける。
 切っ先が、斉田のスーツの端を裂いた。 寸前で、刃を避ける斉田。 大きく、右にかわした為、斉田の陰に隠れていた矢野が、柴垣の前に露になった。
? し、柴垣???! ?
 矢野の顔が、硬直する。
 ゆっくりと短刀を構え直し、柴垣は、矢野を見据えた。 矢野は、蛇に睨まれたカエルのように動かない。 恐怖に怯え、小刻みに唇を震わせている。 柴垣が振り被り、矢野に切り付けようとした時、斉田が叫んだ。
? てめえは、ここで終わる男じゃねえッ! ?
 柴垣の動きが、止まった。
 しばらく固まったように動かず、やがて、ゆっくりと短刀を右脇に構え直した。 その切っ先は、矢野の胸を捕らえたままだ。 顎をしゃくり上げ、硬直したままの矢野???! 恐怖に怯えた矢野の表情を、鋭く見据えたまま、後ろにいる斉田に、柴垣は言った。
? ???終わらなきゃ??? どうなるってんだ???? ?
 その言葉には、重い響きがあった。
 シマや地位、金よりも大切なモノを欲している??? そんな意味合いが織り込まれているように感じられた。
? ????? ?
 言ってはみたものの、斉田は、柴垣を満足させるような返答が返せない自分に気付いた。
 何も答えれられない。 逆に、沈黙してしまった。
 柴垣は言った。
? 金では、買えねえモンがあるって事を、あいつは気付かせてくれたんだ??? 答えろ、斉田???! オレを、納得させてみろ! ?
 顎をしゃくったままの矢野の額から、汗が滴り落ちる。
 搾り出すような声で、矢野が言った。
? し?? 柴垣???! オレは??? ?
? てめえは、黙ってろッ! ?
 矢野を制する、柴垣。
 茶色のメガネの中心を右手で押し上げ、斉田は、静かに答えた。
? オレは、組の飼い犬だ??? おめえが、何を望もうと??? オレは、組の為に動くしかねえ???! ?
 スーツの内から拳銃を出し、撃鉄を起こす、斉田。
 コッキングする、チキッと言う音に気付き、柴垣は、少し後を振り返るとニヤリと笑い、言った。
? ???やっぱ??? てめえは、いいヤツだ??? ?
 短刀を構えたまま、矢野の体に体当たりする、柴垣。
? うぐぉっ??! ?
 矢野の体が、後にあったビルの壁に押さえ付けられる。
 尚も、柴垣は、その刃で矢野の体をえぐった。 激痛に耐えかね、柴垣の背中を掻きむしる、矢野。 スーツが裂け、シャツがはだける???! そして、1発の乾いた銃声が、牡丹の花に散った。
? ???祥?? 子???! ?
 柴垣は、がくりと両膝を地面に突き、矢野に覆い被さるように、ゆっくりと崩れ落ちた。
 辺りに硝煙の匂いが立ち込め、外灯の薄明かりに、わずかな煙が棚引いている。 息を呑んだような、一時の静寂が周りを包み、斉田の指示で成り行きを見守っていた男たちも、微動だにしない。 スキンヘッドの男が、小さく言った。
? ??さ、斉田の兄貴???! ?
 斉田は、銃口から煙が立ち上がる拳銃をゆっくりと下し、大きな息を吐くと、言った。
? 車を回せ???! 急げっ! ?
 斉田の指示に、男たちは、弾かれたように駐車場へと走り出した。
 1人、残った斉田。
 拳銃を片手に持ったまま、折り重なって倒れている矢野と柴垣の側に、方膝を突いてしゃがみ込む。
 ???赤く染まる、牡丹???
 斉田はスーツを脱ぎ、その真紅の花に掛けると、しばらく間を置き、小さく呟いた。
? ゆっくりと、話も出来なかったな??? 柴垣よ ?
 1人の足音が、近付いて来る。
 加賀だ???!
 斉田は、チラリと加賀を見た。 しゃがみ込んでいる斉田の前まで来て、立ち止まった加賀。 スラックスのポケットに両手を入れたまま、じっと、スーツを掛けられた2人を見つめている。
 やがて、加賀は言った。
? 有望株の若手に、経験豊かな中堅??? お互い、駒を1つ、失ったな ?
 加賀の方を見やる、斉田。
 何か、言いた気であったが、何も言わず、視線を戻した。
 加賀が続ける。
? 戦争は、お互いに不益だ??? 今夜は、何も見なかった。 何も知らなかった??? そうしておこう ?
 その言葉に、斉田は再び加賀を見やったが、すぐに、動かなくなった2人の方に視線を戻し、吐き捨てるように言った。
? ???勝手にしやがれ ?


 相殺された、2つの命???
 一部始終を目撃していたなつきは、しばらく呆然としていた。
 やがて、斉田に、車でマンションまで送ってもらう事になった、なつき。 その間も、無言でいた。 斉田も、何も話し掛けなかったが???
( また、月が見てる )
 車の窓からは、相変わらず、細い三日月が見えた。
 愚かにも、果てない『 共食い 』を繰り広げる人間たちを、月が見ている。 じっと。 ただ、じっと???
( いいわね、アンタは。 そこでそうして、あたしたちを見ているだけなんだもん??? )
 薄く黄色が掛った色で、夜空に浮かぶ、三日月。
 こうして、千夜一夜のように繰り広げられて来た人間の争いを、一体、どれだけ見て来たのだろうか???
 最後の願いを、掛けた者もあろう。 志半ばにして倒れ、最後に目に映した者もいよう???
 ただ、夜空にある、月。
 なつきは、薄黄色の輪郭を通し、誰かが語り掛けて来ているような雰囲気を感じた。
( 誰???? あたしを諭そうとしているのは、誰? それとも、ただ、あたしを見ているだけなの? いつものように??? )
 月に問い掛ける、なつき。
 しかし、それはある意味、自分自身に問い掛けているのと同じ事であろう。 なつきの心は、消えた3つの命の狭間で、揺れ動いていた。
 ???もし今、自分が死んだなら???
 両親は、悲しむだろうか? 久方、会っていない級友たちは、どう思うのだろうか? 眞由美や、斉田たちは???? なつきの心に、正岡の顔が浮かぶ。
( 修一郎さん??? )
 もし、正岡に『 裏 』の顔があったら???
 車の、窓ガラス越しに揺れるネオンに重なり、正岡の笑顔が、浮かんでは消えて行く。
 なつきは、正岡に会いたいと思った。 正岡が、なつきの事を、どう思っていようと構わない。 とにかく今、自分がいる世界とは、無関係な人間に会いたかったのだ。 しかし、現実には、なつきの周りに存在するのは、夜の世界で生きる者たちと、裏の顔を持つ者たち???
 実際、『 人殺し 』に送られている、自分。
 これも、何という現実だろう。 だが、『 殺人者 』という認識は、なつき自身、斉田には感じられなかった。 ただ『 義務 』を果たしただけの、一組員。 そう感じられた。
( あたし??? 感覚が、マヒしちゃったのかなぁ??? )
 義と偽り。 夢と未来。 愛?現実???
 色んな情報が錯綜し、色んな経験が想い巡り、なつきは分からなくなった。 自分の指標?夢?希望??? 行き着く所さえ、見出せない。

 マンションの玄関前で、車から降りた、なつき。
 車の窓を開け、斉田は言った。
? 全て、忘れろ ?
 ???人の命を、忘れろと言うのか。 存在の記憶も、声も顔も??? 彼らの生きた意味は、何だったのか???? 彼らとの巡り会いは、なつきの人生に不要であったのか????
 走り去る、斉田の車の、赤いテールランプ。
 なつきの脳裏に、真紅に染まった牡丹の花がシンクロする。
『 あたしの彼さぁ??? 背中に、牡丹が彫ってあるの 』
 祥子の声が、なつきの耳に甦った。
( 祥子さん??? )
 目から一筋の涙が溢れ、頬を伝う。
 やるせない気分が、なつきの心を包む。 今は??? 誰かに会いたい??? 誰かに甘えたい???!
 そんな心境になる、なつきであった。