ねこを燃やす。

明日、抜け殻を燃やす。










君は5000円だった


店の人にアメリカンショートヘアに雑種が混じってるからだと言われた


目つきが悪く、目やにも出て、兄弟の方は可愛かったのに先に売れて君一人だったね


あーあ、あの可愛い子は売れたのかぁ



残念に思ったのを覚えてる


この子でいいや。


妥協した


可愛くないけど、不憫に思った


連れて帰らないのはかわいそうだと思った


その、妥協だった






君がきたのは私が19になってすぐの時だった。
だから君は20年ちょっと生きたことになる



君は私に一切懐かなかった




ほどなくして実家に帰り、君はわたしの母に懐き、私には見向きもしなくなった


私を見ると威嚇した


隠れた


そんな君を私も探した




だけど、なぜかこわかった。
近づくことが。


息を飲むほど、緊張した



何をしても近寄らせてくれず、優しくしても引っかかれた


美味しそうな餌をかってきても、どれだけ丁寧に撫でても、君は私に懐かなかった



母と一番目の弟と三番目の弟は、君をたいそう可愛がった


私はまた家を出て、たまに帰るとすぐに隠れた



可愛いとか、愛しいとか、正直よく分からなかった


その感覚が持てないことに悩んだ。



攻撃されることが怖くて、実は自分にしか意識が向いてなかったのかもしれない



母も弟も、あんたがいるとねこのストレスになる、何十回も私にそう言った


うん、そうだね、分かってる…


胸の中になにか圧迫感があったけど、私が懐いてもらえるような可愛りがり方をしてないからこうなった


ずっと、そう思ってた


ねことわたしの相性は最悪になった











ねことのあいだに、大きな隔たりを感じながら



その隔たりの正体を知ることもなく何年かたった





実家に帰った直後、時を同じくして飼ったうさぎがいた


うさぎは、だんだん自分の手足をかじるようになった


爪もなくなり、肉をかんでた


白い毛が血で染まっていた


病院に連れて行くと、寂しかったりストレスだったりするとうさぎは自分を傷つけることがあると言われた



どうすることもできず見守るしかなくて


その姿に、何かあのねこのときのような圧迫感を胸に感じ


再びその姿を見て


心が痛くて痛くて


痛くて痛くて痛くて痛くて


痛いんだけど何かそれ以上分からなくて




そのうち


わたしが飼ったから


わたしのところにきてしまったから


わたしじゃなかったら


そう思うことで、その苦しさを片付けてしまったような気がする。









うさぎはわたしの腕の中でしんだ



最後の最後にカッ!と目を見開き、大きな声で鳴いた



動物霊園に行って火葬した




明日、そこへ行く。











あるとき、ねことの隔たりが何かに気づいた



ある日閃いたように、でもそれしかないと、ねこが死んだ日に思った







わたしはねこの中に自分を見ていた





ねこに対し心底かわいいと思えないこと

ねこが自分をいつも威嚇してくること

どう接していいか分からないこと

近寄らせてくれなかったこと

優しくしたいのに拒絶され続けたこと





自分に対し心底かわいいと思えないこと

自分が自分を威嚇していること

自分にどう接していいかわからないこと

自分に歩み寄れなかったこと

優しくしてほしいのに拒絶し続けたこと







わたしは…




わたしを


こんなにも愛してなかったんだ…







ねこに出会ってからずっと


わたしは得体の知れない緊張感を持ち続けていた




思えば、ねこに近づくときは

 
わたしはいつも息を止めて


ものすごく緊張して


ものすごく怖くて


そんな手で触れようとしていた








ねこがもうだめだというので会いに行ったら


結婚して自分の家に連れて行って世話してくれていた弟がその日も甲斐甲斐しく世話をしてた



もう立つことも動くこともできず、2キロしかないねこ


触れると冷たかった


体温が下がってきてて30度ほどだという


よだれが時々垂れ弟はティッシュで丁寧にそれを拭いていた


弟はここ数日2時間おきに起きて様子を見、仕事から帰ると自分の体温でねこを温めた


毛艶もなく恐らく口腔内の状態も良くなく、異臭がした



かつて太りすぎて地面につきそうだったお腹は、臓器に触れられるほど肉が落ち、ふっくらでまんまるしていた顔はキツネのように三角になっていた



次の日、弟が、もうねこの血は黄疸のせいで黄色くなっており、赤くないと教えてくれた


今日か明日、先生がそう言ってたと。


だけど、とてもおだやかに過ごしているんだと。



わたしはここに書いたことを全て弟に話した



泣いて、何を言ってるかわからなかったけど、溢れてくるままに話した



母や弟が、わたしがいるとねこがストレスを感じると言った時、私が感じてた胸の圧。




それを言われると、ねこに申し訳ないという気持ちと、それとは別に表現できないような苦しさがずっとずっとあったこと



そしてそれは自分を愛せない苦しさだったこと


ねこの中に愛せない自分を見てたこと


そのような自分に触れることはとてつもない恐さだったこと


ねこはその役割をしてくれてたこと









弟は泣いていた



わたしも、泣いた。








ねこは、私達がその話をした夜明けに死んだ



夜遅くに会いにきた母を最後に…







4時半に起きて確認して
6時に起きたら息をしてなかったと








今日ねこの棺に入れる花を買いに行った


お正月の花も買ったしお供えの花も買ったしいずれ訪れるであろう春の花も買った



可愛くて小さな菊や、カラフルなチューリップ、フリフリした花、ゴージャスな花。

少しでも多く色を選び種類も選んだ。


そのたくさんの花を次々と手に取り売り場を眺めてたら。



私は罪滅ぼしのために花をたくさん買っているのか?



そんな気持ちがわいた




たくさんの花を入れてあげることで何か罪滅ぼしをしようとしてるのか?




気分が悪くなり、その考えを一旦横に置いてみた


その考えがなかったらどんな気持ちで花を買っただろうか?




答えは、純粋に、ねこの周りを花で埋めてあげたい、それだけだった






最近の出来事や自分の生きてきた道、起きたこと全てがねこもその一部だと気づいたとき



涙がこみ上げてきた



でもまだ泣けなかった…







こみ上げそうな涙を


喉元にこみ上げてくるそれらを


つばと共にぐっと飲み込み押し込んだ




レジを済ませて足速に店を去った








ねこの亡き骸に触れたとき、ねこはもうここにいないと思った



ねこの体だけがここにあるように感じた




だから明日、君の亡き骸を燃やす。





ねぇ、ねこ。


ねこ

ねこ

ねこ

ねこ…

ねこ…


ねこっ…!



君は寂しくないのかい


わたしは…


わたしはめちゃくちゃないているよ


君のかわいい姿を思い出して…



私たちの間にあった思い出が


例え酷いものが多かったとしても、


それすらも丸飲みできてしまうくらい


きみはかわいいねこだった



ねこ…



私は、きみに、どうやったって、最後には感謝しかできないようになってるんだ…




だから明日は…



敬意を持って君を送り出すよ











ねこへ





ねぇねこ。


わたしもっと頑張るよ


時間がかかるかもしれないけど。


でも自分を愛する方向に頑張るよ








そしてねこ。




何年後かわからないけど




もしよかったら




君さえよかったら








わたしは






 また君に会いたい







令和元年12月27日  永眠

君に哀悼の意を捧ぐ。