相変わらずコロナ旋風が猛威を奮う中のこの酷暑。
まるでサウナですね。
本当にたまりません。
十分に水分補給しましょう。
身体を休めるのも大事ですぞ。
少し落ち着いたので。
ここからはちょっとプライベートな話をします。
去る7月28日(火)15時32分。
親父が永眠しました。
享年75歳。
病院に居た妹からLINEが届いて知りました。
妹からLINEが届いたのは7分後の39分。
ちょうどその頃、hoodの場当たり中で、自分の出番直前でした。
場当たり中は何かよく分からない状態だったんですけど、場当たりが終わってゲネプロまでの休憩中が本当にヤバかった。
実感が沸いてきたんでしょうね。
気を少しでも赦すと色んなモノが溢れてきちゃいそうだったんで冷静を保つのに必死でした。
ただ、これから本番も控えてるという事もあって、プロデューサーの亮にだけは話をしました。
で、よくよく考えたらこの日、不思議な出来事があったんですよ。
一つは親父が亡くなる日の朝。
5時半頃だったかな。
何気なくふと目が覚めた時、サササッと何かが去っていく音がしたんです。
その時は何も気に止める事無く二度寝しようと思ったんですが、結局寝る事が出来ず、そのまま起きてました。
もう一つは親父が亡くなった時間、楽屋の時計を二度見したこと。
この時も「もう3時半かぁ」程度でしか思ってなかったんですよね。
ただ親父が旅立ったって知って時、この二つの不思議な出来事は親父が知らせてくれたのかぁと笑。
親父が亡くなる前日の夜、最終稽古の帰りに実家に寄って親父の容態を聞きました。
その三日前から自力での呼吸が困難で酸素マスクを着けたと聞いていたんで心配だったんだけど、母に「きっともうそんなに長くないよ」って言われました。
それを言われた翌日、親父が旅立ったんで、何が何だか分からなくなって、知った直後の事はよく覚えてません笑。
この仕事をしているとよく、親の死に目に会えないって言いますけど、本当ですね。
身をもって体験しました。
おまけに通夜は31日、葬儀告別式が1日。
当然の事ながら、本番真っ最中なんでどちらも参列出来ず。
仕方ないとはいえ、本当に親不孝者だなぁと。
何とかして最期に親父に会うことは出来ないかと、葬儀の時間と睨めっこしてたら、葬儀前だったら何とか行けると思ったんで、亮に親父に会いに行かせてほしいとワガママを言ったら「開場する直前までに来てくれたら大丈夫なんで、是非行ってあげて下さい」と言ってくれました。
素直に嬉しかった。
おかげで最期に親父に会えました。
親父は直腸がんでステージ4。
所謂、末期ですね。
腫瘍はこぶし大ほどの大きさで、一部は足の付け根にあるリンパにまで達してました。
それが判明したのは昨年の9月。
一昨年の暮れ辺りから腰が痛いと言っていて、昨年の夏前くらいから急激に痩せ始めて、心配になって受診させたらそう診断されました。
あれから入退院を繰り返しながら、人工肛門の手術を受けて、抗がん剤治療を受けて。
でも痛みとサヨナラする事は出来なかったみたいで、主治医に何とか痛みだけでも取ってくれないかと頼み込んだ事もありました。
主治医は腫瘍が小さくなったら一気に取りましょうと言ってくれましたが、親父が入院していた病院ではその手術が出来ないから転院して手術をするという話をでした。
でもその転院先はコロナ指定病院に認定されていた関係で、結果、転院は出来ず、更にコロナ感染防止で家族ですら面会謝絶。
それからは本当にあっという間の出来事。
そう考えると二年近く、痛みと同居していた親父。
しんどかっただろうなぁ。
よく耐えたなぁ。
痛みって本当にストレスですもんね。
そう考えると、旅立って痛みとも完全におさらば出来て、本当に良かったなと思いました。
でもねー。
舞台をやってる日数より、やってない日数の方が圧倒的に多いのに、何もわざわざ少ない日数の方で旅立たなくてもいいのに。
手を合わせながら毎回親父に言ってます笑。
役者を始めて今年で27年目。
その役者を親父は否定はしてなかったけど、決して肯定もしてなかった。
現に、身内はみんな舞台を観に来てくれてるけど、親父は一度も観に来たことがない。
過去に一度、観にきてほしいと誘った時も、行けたら行くと言ってて、結局来る事はなかった。
あれから誘うのを躊躇うようになったけど、でも意固地にならずに誘い続けてたら良かったなぁと居なくなってから気づく後悔。
そんな俺も気づけば間もなく50歳。
奇遇にも、親父が脱サラして自営業を始めたのも今の俺の歳くらいでした。
朝から晩まで仕事一貫だった親父。
忙しそうだったけど生き生きしてたのは事実。
だからと言う訳じゃないけど、俺ももう一度、地に足着けて、とりあえずは還暦までの10年、チャレンジしてみようと思います。
何が出来て何が出来ないのか分からないけど、先ずは一日一日を精一杯生きてみる。
親父が生き生きしてたように。
と、長々と綴ってしまいました。
最後まで読んで下さった皆さま、有難う御座います。
思いついたまま綴ったんで語彙力もなく、めちゃくちゃになってますが、本当に一段落ついたので、もう大丈夫です笑。
先ずはこれからの10年。
精進に精進を重ねて精進します笑。
陰ながら応援して頂けたら幸いです。